ROOMS

第1話 赤い部屋

6年前、一人の男がここで死んだ。

死因はナイフで心臓を一刺し。

血が壁と床に。

幾度、何か月、清掃しても血痕は消えないらしい。だから、そこの大家は部屋を赤く塗ることにした。

そのまた10年後。

トタンの屋根が外階段についたツタだらけの事務所の２階。

さび付いた金属を引きずったような低音を喉の奥から響かせるここの家主。

175㎝、年齢不詳、右半分が髪で隠れている短髪、筋肉質かつ細身の青年風の見た目。

名をイオという。

「あの、ここで合ってますか？」

「ええ、木星不動産へようこそ」

客は女性、やや小柄な20代前半といった所か。

「よかった、ある部屋の情報を知りたくて」

「ん？「あちら側」のお客でしたか？」

見たところ、彼女には足がない。

幽霊が部屋を探す、そんなことがあるとすれば

１、魂のよりどころ、「霊道」を探している。

２、「部屋」自体に未練がある

３、それ以外

家主はどんな部屋を探しているかと客に尋ねた。

「ええ、赤い部屋を探しています。そこに行けば、

殺された兄の魂があるかもしれないんです」

「いくつか、ありますよ。ほかに具体的なご要望は？」

「赤く塗られた部屋がいいんです、さまよった先で聞いたのですが、

なるべく「後に」赤く塗られた部屋です」

ああ、あの部屋か。数年以内に老朽化で解体される噂がでていると伝えると

「もう、入れないんでしょうか？」

「まだ、噂ですよ。今なら間に合います、「内見」いかれますか？」

「はい、ぜひ」

鯨のキーホルダーがセンターミラーについた車高の低いクラシックカーを走らせ小１時間ほど。

全部、寸分の狂いもなく天井の廻り縁まで赤い部屋のど真ん中に客と二人。

はっきりと黒く渦をまいたものが部屋の四隅の一角で大きく牙を向け、

口を開けている。

人は時にそれを「霊道」と呼び表す。

客は目にまぶしいかつての小さな兄の姿を見た。

二つの目がとてもきらきらして波のように揺れている。

次の瞬間、口が彼女を飲み込み、ゆっくり咀嚼していく。

どうやら、彼らは会えたらしい。

口がまたゆっくり開く。

「何故、お前は私が見えている？」

口がいや、牙が人の言語を操り始めた。

霊道が見える？とんでもない、俺は

16年前、とっくに死んでいる。

―死因はナイフで心臓を一刺し。

「でも、お前には足がある。記憶を引き継いでいるのか」

「どうだろう？彼女の兄はなぜ殺されたのか聞いてもいいか？」

「質問に質問で返すな」

「なら、ここから早急に消えたほうがいい」

会話が成り立っていない。いや、成り立たせてはいけない。

一歩間違えれば死は確実、牙の口車、

「彼女の兄」の霊に引きずりこまれてはいけない。

「元の最初の家主か？」

「、、、」

「肯定と見るぞ」

「彼女はお前を殺した。少なくともお前は彼女を憎んでいる。

だから捕食した、違うか？」

黒い渦を伴った口がより一層大きく口を開く。

「黙れ」

―黙れ。そう言われたのなら、少し考える。

16年の間にこの部屋は誰にも貸していなかった。

かといって、「彼女の兄」が俺を殺したか？

黒い渦を伴った口が今にも頭を覆いそうになったその時。

不動産屋の家主は最後の質問をする。

「その時、部屋はすでに赤い部屋で何度清掃しても、血が浮かび上がる部屋だったか？」

牙がぴたりと止まった。

「いいや」

否定が返ってきた。

「2番目の家主だな？」

「もう、食べる気は失せただろう？それにもうじきここは無くなる」

「そうか、情報ありがとう」

途端に2番目の元家主に興味が失せたらしい。

黒い渦を伴った口が小さくなり、やがて「霊道」は閉じた。

かつて、仲が良い兄と妹がこの部屋で暮らしていた。

妹は兄に情景を抱いた。

妹は後から秘密を知った。

「兄とは血が繋がらない」ことを。

兄は最初から知っていた。

「妹とは血が繋がっていない」ことを。

故に「兄」として振る舞うことを忘れなかった。

そして、「妹」が針に赤い糸を差してこちらに向けた時。

兄は抵抗した。

故にねじれて、事故物件になった。

―妹は「兄は殺された」と自らの行いを否定し続けて、

　各地をさまよって。

―兄は「妹」に「兄」として叱り、「妹」がここに来た時のみ現れ、

食らうことを決意して。

その後、部屋全てが赤くなるとは少なくとも彼は知らない。

事務所に戻った不動産屋の家主は一つ知り合いの建設解体業者から

電話を受けた後、あの事故物件のファイルに赤字のサインペンでこう追記した。

―「３年後、解体予定」と。

あと、3年。

部屋は赤く塗られていても血痕の痕は消えさせはしない。

俺を殺したやつは誰なんだ？