茣蓙(ゴザ)と荒ら屋
縞間かおる
<これで全部>
母親はもうずいぶん前から臥せったままだ。
娘は生まれ落ちた時から満足に物を口にしていないのか、落ちくぼんだ目をギラリ! とさせて……屋根の隙間や壁の割れ目から差しむ夏の日差しを避けて敷かれたせんべい布団の脇で蠢いている。
ようやく日が暮れて煮炊きも十分ではない
「おっかあ! 物乞いなら
「暗くなってからの物乞いはおめえには無理だ。 先に寝てろ! 」
◇◇◇◇◇◇
夜四つも過ぎた頃に母親は戻って来て、骨ばった太ももやひしゃげた臀部をボリボリと掻きながら汲み置き水を使い、せんべい布団の端っこで丸まっている子供を押しやって、やっとの思いで寝床に潜り込んだ。
朝、娘が目を覚ますと、母親は目を見開き口を半開きにさせたまま寝ていた。
厠から帰ってきても母親はまだ口を開けっ放しだったので「おっかあは息が苦しいのだろう」と和紙布団を首の辺りまで折り返して、自分は小さな手で拭き掃除などを始めた。
翌朝になっても母親が起きて来ないので娘は仕方なく、この小屋を貸してくれている“旦那様”の所へ行く事にした。
“旦那様”は、行けば必ず飴をひとつくれるからだ。
娘の話を聞いた“旦那様”は“若い衆”を荒ら屋へやって見に行かせた。
「
「うん」
“旦那様”が顎をしゃくると……下働きの者が持って来たのはツヤツヤと光る白米の
「慌てんでも誰も取りゃせん」
笑いながら娘に語り掛ける“旦那様”に戻って来た“若い衆”が耳打ちした。
「そうか、ちょうどいい。小屋に火をかけてみんな燃やしてしまえ! 」
そんなやり取りなど露知らず、娘は3つ目の塩むすびに手を伸ばす。
「それ食ったら湯あみしような。きれいな
数日を“旦那様”の元で過ごした娘は綺麗な着物を着せられた。
「ほんに良かったのう~あんな大旦那様の所へ行く事になって! 相模屋様にお目にかかったら『
「はい! “旦那様”!
「おお、おお、ほんにお人形のようだよ。この着物は「四つ身」とは違うからのう~相模屋様がお前の為に特別に誂え下さったものだよ。だからお前も大旦那様の“お言いつけ”はしっかりと守るんだよ」
娘を町駕籠乗せると使いの者がズシリと重い小判の包金を“旦那様”へ手渡した。
「ただ
「大旦那様はこう仰っておられる『小僧は麦のごとく踏み、牛馬のごとく使役せよ。こうして“碾き臼”で挽いた後に残った“ふすま”にこそ算盤を与えよ。
「ほっほっほっ 長きに渡って使役され生き血を吸われ続けるか、生け花として儚く身を散らすか……この様に
「その物言い! 旦那様の懐はまだまだ重くはなりませぬか? 」
「夜鷹などを沢山飼っておるに、懐は軽くなるばかりでのぅ……相模屋様には
いよいよ出立となり、茣蓙を手で押し上げて顔を覗かせた娘がこちらに向かって手を振る。
「旦那様! お世話になりました! 」
「おお、達者でな」
左手は懐の中の金子を愛でながら右手を大きく振り……“旦那様”は満面の笑みで娘を見送った。
<了>
茣蓙(ゴザ)と荒ら屋 縞間かおる @kurosirokaede
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