第14話
「ウィーバーです!」
ドアを開けると、そこにいたのは帽子を被った黒人の配達員だった。カミラーは眉にシワを寄せ、威嚇する低い声で聞いた。
「おい、誰だお前は」
すると、予想外の反応だったらしく配達員の彼は首をかしげ、冷や汗を流し始めた。
「え、えっとウィーバーなんですけど...?」
「そんなの頼んだ覚えはないし、さっさと消えろ」
彼は怖い顔の彼女に驚いたらしく、料理が入ったビニール袋を渡したいなやに逃げ出した。
「す...すみません!!」
「......」
カミラーは、しばらくその後ろ姿を眺めた。完全にいなくなったのを確認すると、ビニール袋を両手にドアを閉めて部屋の中に入った。
そして、歩きながらその中身をチラッと見た。少し暖かくて、肉の匂いがした。
「何だ...?これは」
好奇心を抱き、カミラーは部屋の中に進んでいった。何かを手に戻ってきたカミラーを見て、美口 凛は頭に疑問符を浮かべながら尋ねた。
「えっと誰だった...?」
「これなに?」
すると、それが何か気づいたらしく彼女は、ベロをペロッと出した。
「あ!ごめん。ごめん。それ私が注文したやつ」
「はぁ...?」
「本当にごめん!こんなに早く着くとは思わなかった。5分も経たずに到着するなんて、めちゃくちゃ早いね」
「......」
カミラーは少し呆れた表情で彼女のことを眺めた。不審者と思いきや、ただの配達員だったとは。虚無感が押し寄せてきた。真剣に向き合っていた自分が情けなく思えた。
その後、美口 凛はベッドから身を起こし、カミラーから出前が入ったビニール袋を受け取った。そして、感謝の気持ちを込めた声で言った。
「持ってきてくれて、ありがとう」
美口 凛は鼻唄を歌いながら、テーブルの上に出前料理を並べ始めた。カミラーはその様子を傍らでしばらく観察し、そろそろ外へ出ることにした。これ以上、ここにいる理由はなかった。
「えっと、どこに行くつもりなの?」
カミラーが部屋を出るために背中を見せた瞬間、後ろから声がした。彼女は一瞬後ろに振り向き、しばらくじっとした。
「カミラーの分も買ったよ。一緒に食べよう」
「......?」
最初は断るつもりだったが、よく考えてみると食べた方がいい気がした。最近ちゃんとした食事も摂っておらず、何よりこれからのために、今のうちにエネルギーを蓄えていた方がいいと思った。
「わ..分かった」
仕方なくカミラーは、そのままテーブルの方に近づき、一緒に食事をし始めた。メニューは、ネギが入った牛丼と味噌汁だった。よくもこんなところで日本食を見つけ出したなと思いながらも、ますますご飯を口に入れていった。
ご飯を食べ終えた後、カミラーは散歩がてら外に出るためにドアへ向かって歩き出していった。今は、ただ何もせずじっとしていられる場合ではなかった。今も自分を捕まえるために、裏で捜査が行われている。現時点で捜査がどれぐらい進んでいるのかは知る術はなかったが、それまで、ある程度対策を練る必要があった。
彼女は、美口 凛にしばらく離れることを伝えた後、ドアを開き、部屋を出てホテルの廊下に足を踏み入れた。そして、すぐエレベーターの方に向かおうとした。だが、ドアが完全に閉まるとたん、近くにいたある女性が彼女に声をかけた。
「お忙しいところを申し訳ありません。一つお伺いしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
いきなりの質問に、カミラーは声がした方に首を回した。すると、そこには50代過ぎに見える一人の女性が廊下の上に立っていた。カミラーは、予想外の状況に背筋に寒気が走るのを感じ、目を細めて彼女を凝視した。ただの一般人かと思って警戒していなかったが、黒いスーツの服装からしてどうやら普通に人ではないようだった。胸のあたりに吊られている名札からして、ここの職員のようだった。
「何か私に用でも?」
「実は今、ホテルの関係者たちが建物内を巡りながら、ある人について尋ねておりまして、ご協力いただいてもよろしいですか?」
「......あ、どうぞ」
カミラーは不安を抱きながら、彼女の言葉に答えた。その女性は、携帯からある人の写真を見せると言った。
「このような方を、お近くでお見かけになりませんでしたか?」
画面に映っている写真を見て、カミラーは驚かざるを得なかった。その理由は、その写真の人物が頭の中にいる人と同じだったからだ。
「この人は...」
「何か心当たりでも...?」
その女性は、カミラーの目を覗き込むように見つめてきた。無論、今の彼女は40代ぐらいの男性会社員の見た目をしており、海外出張を理由に一人でホテルの部屋を予約したはずだった。美口 凛の写真をなぜこの女性が見せているのか、カミラーには理解できなかったが、もしかすると、既にここまで捜査が進んでいるのかもしれない。まだ、来てから一時間しか経っていないのにだ。それとも、先程の彼女が頼んだ出前が問題を引き起こした可能性もあった。しかし、それはあり得なかった。なぜなら、今の美口 凛の携帯は彼女の斧と繋がっているからだ。インターネットを使うときも、そのまま世界のインターネットに接続するのではなく、斧を一回通して入るため、GPSなどを通じて位置を特定することはできないはずだった。となると、いったいどうしてこんなに短い時間で、ここまで追跡できたのか。思わず焦ってしまうカミラーだった。
二人の間に妙な気流が流れた。カミラーは全く分からないという表情で目をそらし、前の女性に答えた。
「すみません。知りませんね。初めて見る方です」
すると、その女性は不審な顔をしつつ、話を続けた。
「最近、行方不明になった人です。大きな事件と関わっているので、何か心当たりがあれば是非教えてください」
「...すみません」
カミラーは、頭を下げて分からないという意思表明をした。その女性は、仕方ないらしく頭を横に振った。
「かしこまりました。お忙しいところお邪魔してしまい、申し訳ありません。ご協力いただきありがとうございました」
彼女は腰を下げて挨拶し、そのまま足を引き返して自分の道を歩こうとした。カミラーもそれに沿ってエレベーターがあるところに向かい始めた。その時だった。
「この後は、お仕事ですか?」
後ろに振り向くと、先程の女性がこっちを向いて質問していた。カミラーは不思議に思いなががらも、落ちついた声で言い返した。
「そうですよ」
「どんな仕事か聞いてもいいですか?この辺りだと、できる仕事というのは限られていると思いますが」
「......」
カミラーはしばらく考え込んだ。なぜこのようなことを聞くのか、気づくのに少し時間がかかったが、やがてその目的に気づいた。おそらく、怪しまれているのかもしれない。
「貿易係の仕事です」
「どんな物を取引するのか聞いてもいいですか?」
ますます迫ってくる彼女の質問に少し焦りを感じながら、カミラーは相変わらずの態度で答えた。
「詳しいことは話せませんが、医療品に入る素材です」
その女性は答えを聞いてから、間を置いて何秒間話さずにいた。少しして納得したらしく頭を上下に動かした。
「なるほど。分かりました。本当に、すみません。最近不審者が多いものでしてね」
「.......全然」
「それでは、失礼します」
その女性は、今度こそ背中を見せて引き下がりはじめた。カミラーはエレベーターに向かいながら安心し、再び警戒が強まっていることを実感した。
「......」
拳に力が入った。一週間ぐらい泊まれることを予想していたが、実はもっと早いかもしれない。先程の答えは、実際に彼女が仕留めた人の中の一人の情報だった。覚えていたのが救いだった。
美口 凛には、部屋の中で静かにしてと伝えることにした。万が一のことに備えて、部屋の外には絶対に出るなということも。目の前に無数のタブが開かれ、そこでカミラーは、メッセージアプリを開いた。そして、仮想の手で文字をタイピングし、メッセージを送信した。
(送信完了)
その間、エレベーターの近くまで到着したカミラーは、エレベーターが上がってくるのを一人静に待った。やがて、チンという到着音が鳴って扉が開くと、彼女は中に入った。既にもう一人の男性が乗っていたが、気にせず少し距離を空けて立ち尽くした。
エレベーターが降り始めると、カミラーは、絶対に負けないという眼差しと覇気を全身に纏いながら、下へ降りていった。
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そのあとカミラーが向かった場所は、人気のない路地裏の隅っこだった。無論、わざわざここまで来ることもなく、ホテルの部屋でやる方法もあったが、今は一人の時間が欲しかった。
カミラーは掌を広げ、その中から大きい両刃の斧を取り出した。そして、インターネットに接続し、情報を探し出した。
彼女が今探している情報は、あのとき見た軍事用AIヒューマノイドに関するものだった。今まで見たことのタイプだったが、とにかく、いつか対応するための情報が必要だった。
踞ったまま調べていると、そのAIヒューマノイドに関する詳しい情報は殆どで出てこなかった。出てくるのは、モデルの名前と開発された年度ぐらい。それ以上のことは、アクセスすることができなかった。一度、鍵がかかっている情報ページに入ろうとしたが、セキュリティに感知される可能性があった為やめることにした。
その後も引き続いて検索してみたが、役に立ちそうな情報は全くみつからなかった。敵の正体が分からないというのは、それだけで恐怖を引き起こした。なぜか、今回の出来事で初めて死の境界に足を踏み入れるのではないか、そんな気がした。
物事がうまく上手くいかないせいか、それとも、急に虚しくなったせいか、カミラーは、たくさんのページをスワイプしながら深い思索に沈んだ。これを怒りというべきかどうかは分からない。しかし、確かなのは、今まで心の中でずっと置き去りにしていた何かが爆発する寸前だということだった。理不尽さだったかもしれない。
彼女が望むものはたった一つだった。誰にも邪魔されずに生きること。体が強いとか、不思議な能力を持っているかどうかは、どうでも良かった。200年も生きた今では、ただ静かに、そして普通の人たちのように一般の生活を送りたいだけだった。しかし、生まれつきの性質のせいか、社会にうまく馴染もうにも、やはり上手くいかなかった。物事が順調に進んでいると思えば、いつも事故を起こすし、結局何度も同じ生活に戻された。今までようやく親しくなった人を自分の体を制御できず、何度殺してきたか覚えていない。
やっと今は、美口 凛という自分のままでいられる貴重な友達とも呼べる存在を見つけたというのに、相変わらず誰かに邪魔されてしまう人生だった。無論、その原因は知っていた。罪多きの自分のせいだった。しかし、カミラーはそれが嫌いだった。正直なところ、彼女は自分が何を間違えてきたのか、よく分かっていなかった。いや、分からない訳ではない。認められないだけだった。もしかすると、ただ生まれたという事実が罪なのかもしれない。
カミラーは、次に逃げる場所を決めるために周辺の地図だけをざっと確認し、地面から立ち上がった。そして、しばらく散歩しようと、路地裏の細道から歩道へ出たところだった。その時だった。
「俺様の出番だぜ」
遠くから凄まじいエンジン音とともに、ものすごいスピードで何かが近づき始めた。カミラーは一瞬そこに目を配り、それが何かを確認した。すると、数十台のバイクがクラクションを鳴らしながら無慈悲に道路の上を通り抜けていった。おそらく、ここの暴走族なのだろう。よく見ると、その後ろを追って警察のAIヒューマノイドたちが必死に彼らを捕まえようとしており、その暴走族たちは、それを楽しんでいるらしく、スピードを上げたり下げたりと、AIヒューマノイドたちを弄んでいた。まだ誰も武器を使うことはなかったが、今すぐにでも武力戦が起こりそうな雰囲気だった。
やがて、彼らとの距離がカミラーがいるところまで縮まり、空気を切り裂く音が耳を貫いて周辺を完全に埋め尽くした。カミラーは自分とは関係ないと思い、全く気にせず再び歩道の上を歩いていった。それから、約数秒が経った頃だった。群れの最後の方を走っていた暴走族の二人が、追ってくるAIヒューマノイドとギリギリの距離を保ちながら言った。
「おい!野郎共!ついて来れるならやってみろ!できなければ、お尻に炎をぶちこんでやるからな!クハハハハ」
彼らは、ますますスピードを上げ、スピードメーターの数字が200kmを示した。バイクはより大きな音を出し、周りの風景が目で追えずらいほどだった。
車と車の間を縫うように走っているとぶつかりそうになり、後ろ席に座っていた彼は目を大きくしながら前の仲間に心配そうに言った。
「うおお、危なっ。おい、気をつけろよ」
それから、声が聞こえないぐらい早い速度で道路を進んでいた彼は、前に何かを見つけたらしく目を細めて言った。
「お、おい。あれはなんだ」
しかし、ヘルメットを被った運転手は聞こえないらしく、バイクは止まることを知らなかった。追ってくる警察をはぐらかすために、より速度を上げた。
「このままだとぶつかるぞ。おい!!!」
彼は、最後に太ももを叩きながら何か言ってみたが、状況は変わらなかった。
やがて、AIヒューマノイドたちの猛追跡により攻撃を避けるためにハンドルを回すと、スピードを制御できず、バイクは車道から脱線して歩道へ向かい始めた。
カミラーは、変な音に気づいて後ろに振り向いたが、その時はもう遅かった。
爆発音とともに、大きな炎が燃え上がり始めた。黒い煙が瞬時に路上全体を満たし、その光景はまるで一つの災難を連想させた。
走っていた車は動きを止め、周辺にいた人々は心配する顔で遠くからその光景を眺めていた。
爆発音を聞いて、後ろに戻ってきた暴走族の仲間たちも、絶望した表情でますます大きくなっていく事故現場をボーッと眺めた。
その瞬間だけは事前に約束したかのように、誰も逃げようとも、逮捕しようともしなかった。
しかし、そんな中。ただいま焚き付けを入れたかのように燃え尽くされる煙の中で、二つの赤い瞳だけが光り出した。
「誰だ...私にこんなことをした愚かな奴は…」
全身が炎に飲み込まれながら、カミラーは怒りに満ちた声でそう言った。
ゲームチェンジャー カゲカゲとかげくん @KAGEKAGEtokagekunn
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