神頼み【1分で読める創作小説2025】

相馬みずき

神頼み

「またか」

 もはや溜め息しか出ない。

 手の中のスマホ画面にはテンプレのお祈りメール。これで何社落ちただろう。そうそううまくいくものではないと理解していたつもりだったが、これは想像以上に辛い。

 周囲の同期はどんどん内定をもらっているというのに、どうして自分は駄目なのか。

 自尊心が目減りしていく日々。

 そんな日々のトドメのように、1年付き合った恋人に振られたのが先週の日曜日のこと。


「何もこんな時期じゃなくてもいいだろ……」

 気持ち悪い胃を擦りながら呻いた。

 眠れていない。ヒゲも剃っていない。きっと酷い顔をしているだろう。

 感情が摩耗しているのか、それとも眠れないからとソシャゲとSNSで夜を越したせいなのか、泣きたい気持ちとは裏腹に目玉は乾いてゴロゴロしている。


 トボトボと歩いていると、ふと道の脇に朱色の鳥居が立っているのが目に入った。

 幅の狭い階段が植込みの中を登り、その上には小さな社がある。社の周囲には小さなあかのぼりがはためいている。

 絵に描いたような稲荷神社だ。

「お稲荷さんって商売繁盛の神様だっけ」

 就活に御利益があるかどうかは知らないが、苦しい時の神頼みというやつだろうか。

 とにかく何かに、誰かに頼りたい。

 そんな気持ちで階段を上り、五円玉を賽銭箱に放り込んだ。

 景気づけのつもりで大きく柏手かしわでを打つ。

「助けてくれよ、頼むから」

「よかろう」

「は?」

 目を開けると、賽銭箱の上に巫女装束の少女が腰掛けていた。肩につく長さで揃えられた真っ直ぐな黒髪。眉毛の上で直線を描く前髪。そして頭の横に三角形の金色の耳。

「えっと」

「運が良いぞ、人間。わしがこの社で神様デビューをしてから、うぬが第一号の客じゃ。特別サービスというやつじゃ」

 信じられない。こんな漫画みたいな展開が本当にあるなんて。

「で、何を助けて欲しいんじゃ?」

「あ、そんじゃとりあえず内定が欲しいっす」

「そんなことは自分で何とかせい」

 何だこのクソガキ。

「わしも神様デビューに漕ぎ着けるまでは苦労したものよ。修行もしなければならんしな。しかし、それ故にデビューの喜びも一入ひとしおであったわ」

 誇らしげに胸を張る狐耳の少女を見て、それもそうかと俺は心の中で振り上げた拳を下ろした。

 人間の俺にはわからないが、小さな社とはいえ、一つの社を任される神様になるためには相応の努力が求められるに違いない。

「そっか。何事も修行は必要ですよね。神様デビューするのって、やっぱり試験も厳しいでしょうし」

「試験?」

 少女は薄橙色をした目をパチリとまたたかせた。

「ここは世襲じゃが?」

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神頼み【1分で読める創作小説2025】 相馬みずき @souma-mizuki

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