『失踪者ダンジョン──地下鉄で消えた人を追って』
@Shibaraku_shiba
【第一話】「消えた乗客」
雨上がりの東京の空は、灰色の雲がまだしつこく張り付いていた。
俺――
加賀谷蓮(かがやれん)
は、駅の改札を抜けながら腕時計を見た。午後五時四十五分。放課後のラッシュにはまだ早い。だが、ここ最近この路線では奇妙な噂が流れていた。
「電車に乗ったまま人が消える」。
ただの都市伝説だと笑い飛ばす者も多い。だが、実際に行方不明者届は増えている。昨日もニュースで、会社員男性が帰宅途中に姿を消したと報じられていた。監視カメラは駅に入る姿を捉えていたのに、出てくる映像はなかった。
俺は小さなノートを取り出し、メモを走らせる。
――「駅構内カメラ記録:途切れなし」
――「家族証言:事件性は不明」
――「乗客失踪:半年で七件」
その瞬間、背後から軽快な声が飛んできた。
「また探偵ごっこ? レン、ほんと好きだよねぇそういうの」
振り向けば、制服姿の幼馴染、
白石結衣(しらいしゆい)
が腕を組んで立っていた。栗色のポニーテールを揺らし、半ば呆れ顔だ。
「ごっこじゃない。本当に人が消えてるんだ」
「それ、警察も調べてるんでしょ? レンが首つっこむことじゃ――」
「結衣だって警察学校行くために訓練してるんだろ。だったらこういう事件、興味あるはずだ」
図星だったのか、結衣は口を尖らせた。彼女の父親は現役の刑事で、結衣自身も警察官を目指している。
俺が探偵志望なのも、半分は彼女に引っ張られたせいだ。
そんな会話をしていると、発車ベルが鳴った。俺たちは同じ車両に飛び乗る。
車内はまばらに人がいるだけ。サラリーマン、学生、買い物帰りの主婦。ありふれた夕方の風景だ。だが、空気が妙に重い。息苦しいほどの圧迫感を覚える。
「……感じないか? 結衣」
「何を?」
「この空気。変だ」
言葉を交わした直後だった。
――照明が、一瞬だけチカッと明滅した。
電車がトンネルに入ったのかと思ったが、窓の外は真っ暗。
次の瞬間、俺の目に異様な光景が飛び込んできた。
座席に座っていたサラリーマンが、音もなく掻き消えた。
「なっ……!?」
「……っ!?」
結衣が声を上げる。だが他の乗客は気づいていない。まるで最初からそこに誰もいなかったかのように、視線すら向けない。
俺と結衣だけが、「人が消えた瞬間」をはっきりと見ていた。
「やっぱり……本当だったんだ」
「ど、どうするの!? レン!」
答えようとした瞬間、俺の足元に奇妙なものが浮かび上がった。
黒い円形の紋様。駅のタイルには不釣り合いな、複雑な模様が渦を巻いている。
――ゴウッ。
強烈な風が巻き起こり、身体が吸い込まれる。
気づけば視界がぐにゃりと歪み、電車の床が消えていた。
「レンっ!」
「結衣!」
俺たちは同時に闇の中へと落下する。
---
目を開けた時、そこは電車でも駅でもなかった。
無数の階段が絡み合う迷宮。コンクリートの壁には蛍光灯が埋め込まれ、薄青い光を放っている。
まるで地下鉄とダンジョンが融合したような異様な空間。
「どこ……ここ」
「……たぶん、これは失踪者が消えた原因のダンジョン…そう…”失踪者ダンジョン”だ」
俺の胸は高鳴っていた。恐怖と興奮が混じり合う。
けれど、目の前に浮かぶ文字列を見た瞬間、その感情は凍りつく。
《第一探索者:加賀谷蓮/白石結衣 登録完了》
まるでゲームのシステムメッセージのような表示が、空中に浮かんでいたのだ。
【第一話・完】
『失踪者ダンジョン──地下鉄で消えた人を追って』 @Shibaraku_shiba
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