あなたを狂おしいほどに

文月結

正しい人

安心、それが人間の最も近くにいる敵である

           ~シェイクスピア~


◇◇◇


 「皆さんこんにちは。生徒会長に立候補したこの人の応援演説を務めます。片岡悠希です。


今日は涼太くん、風見涼太の素晴らしくおr―—―失礼しました。やっぱり全校生徒の前とになると、緊張するものですね。少し噛んでしまいました。まぁ私も初めてのことなので、少し大目に見てください。


今日は✕✕高校の全校生徒の皆さんに、風見涼太について知ってもらおうと思って来ました。こんな機会でもないと、大勢の人の前で話す機会なんてないですからね。


皆さんはぜひ、この数分間で存分に彼について知ってください。


彼の長所は、どこまでも正しくあろうとすることです。誰かとすれ違えばあいさつをする。ごみを見つければ拾う。困っている人がいれば助けます。私も、彼に助けられたその一人です。誰に言われるでもなく、進んでそう振る舞っているんですから、もう本当にできた人だと言うしかないですよね。


彼に初めて出会ったのは―――(咳き込む音)…失礼。


入学式の日、道に迷ってしまっていた私に、彼は優しく手を差し伸べてくれました。その時はとても驚くと同時に、私の胸に何か熱いものがこみ上げてきたのを覚えています。


彼のおかげで、引っ込み思案だった私もこんな風に行動ができるようになったといってもある意味過言ではないですね。


高校に入ってからも彼は周りの人を助け続けました。その証拠に、入学してからの2年間、彼は委員長やサッカー部の副部長となり、今もしっかりと役目を果たしています。中学でも生徒会長を務めたんですよ、彼は。


中学の文化祭の劇でヒーローを演じたり、いじめっ子をやっつけて、女の子を守ったりもしましたね。あとは…


———あれ、そんなセリフは台本にないって言いたげですね?というか、なんで私がそんなこと知ってるんだって顔ですねえ。ふふっ、そりゃあ知ってますよ。あなたのことはほとんど全部。実は、あなたが思っているよりも前に、私たち出会ってるんですよ?———


私が風見涼太に初めて出会ったのは、中学2年生の時でした。親友を通して私は彼を知り、あの日以降、私は彼を自然と目で追うようになりました。


彼は努力家ですから、色んなことが出来ました。スポーツ、勉強、コミュニケーション、容姿、生活。それでいて、謙虚で。けれど自信にあふれた行動をしました。


本当に完璧な人。人は、中途半端に自分より優れている他人を見て妬み嫉みを抱くことはあっても、完璧すぎる人を見るともはや自分と比較しようとすら思いません。彼はそういう人です。


男女分け隔てなく明るく話すあなたは男子からはもちろん女子からも人気で、当然モテモテでした。


私の親友だっためいちゃんも、彼のことが好きでした。


めいちゃんも優しい人だったから、涼太くんと付き合ったらお似合いだろうな。なんて思ってたんですけど―――まぁそれは叶いませんでした。


めいちゃんとは小学生のころからの親友です。サキちゃんは小学生とは思えないくらい利発な子で、大好きだったし、尊敬していました。


それと比べて。私は引っ込み思案だったといったように、小さいころから気が弱く、よくサキちゃんっていう子にいじめられていました。


中学に上がるとそれはもっとひどくなって、おばあちゃんの形見のお守りがノートと一緒にトイレに浮かんでいた時には、あぁ、もういいか…なんて生への執着を手放そうとしたこともありました。


そんな時、めいちゃんは私を助けてくれました。私がいじめられないように、めいちゃんが代わりにいじめの標的になりました。


けれど、私と違って聡明な彼女は周りの女子たちを説得して、勧誘して、取引して、時には脅して、サキちゃんの立場をきれいに奪って見せたのです。


もう私をいじめないように。彼女はクラスメイトに、サキちゃんを無視するよう仕向け、サキちゃんが行ったいじめをそのままやり返しました。


めいちゃん、「早乙女いろは」は、そういう人でした。自分の周りの人にはとことん優しいけれど、それ以外の人には容赦しない。博愛主義的な涼太とはある意味対照的な…


―――ふふっ、涼太くん、ようやく気付いたんですね。そうです。私は早乙女いろはの親友だった、佐藤悠希です。両親が離婚して苗字が変わったとはいえ、眼鏡をはずして、髪形を変えて、お化粧をするだけで、こんなに気づかないものなんですね、びっくりしちゃいました。どうしましたか。涼太君。少し顔色が悪いようですが・・・あっ、すみません。めいちゃんのこと、冗長に話し過ぎましたね。大丈夫ですよ。ここからは涼太君の話ですから―――


めいちゃんにとって一つ誤算だったのは、サキちゃんの見た目が可愛かったことです。


サキちゃんは、自分のクラスのみんなや、他のクラスの女子ではなく、涼太君を頼りました。どんなに完璧な涼太君も、やっぱり男子ですね。可哀想で可愛い女の子に頼られて、すっかり惚れこんでしまいました。


サキちゃんが見せかけだけはとても良い子だったこともあったのでしょう。彼は彼女にのめり込みました。そして、めいちゃんを強烈に敵対視するようになりました。


か弱い女の子をいじめ、クラスの和を乱す悪を彼は粛清しました。めいちゃんが彼に抱いていた恋心を利用して、ある日、涼太君は山にめいちゃんを呼び出し、彼女を糾弾しました。好きな人からの強烈な非難を受けて混乱し錯乱した彼女と彼はもみ合いになり…めいちゃんは山の斜面から突き落とされました。


涼太君と出かけるのだと心底嬉しそうに言っていためいちゃんを、こっそり見守っていた私は、その光景を、そして突き落とした彼の目を目撃しました。


それは、恐ろしいほどに平静で、ただいつも通り。正しいことをしたのだと疑っていない、自信に満ちた目でした。その目を、私は一生忘れないでしょう。


気が動転していた私は、結局何もできず震えながら家へ帰り、翌日、彼女は死体で見つかりました。すぐに発見されたのは、涼太君がすぐに、山で遊んでいた時に彼女が足を踏み外してしまったのだと、先生に説明しに行ったからだそうです。


生徒会長だった彼の言ったことなので、皆疑いもなく信じました。サキちゃんの立ち回り方もあって、めいちゃんは完全にいじめっ子と認識されていて、めいちゃんの死を悲しむ人は驚くほど少なく、水面下ではむしろ歓迎するような雰囲気が漂っていました。


そしてクラスには平和が戻り、私には地獄が訪れました。恋は盲目とはよく言ったものです。涼太君もめいちゃんも私よりもずっと賢いのに、どこまでも愚かに恋に狂わされて。


いじめが私の日常に戻ってから、私は必死に勉強しました。いじめてくるやつらと一緒にいたくなかったから。


そして、奇跡的にもこの県下一の高校に合格することができ、喜んだのもつかの間。入学式の日、涼太に会いました。優しく、俺が正義だというかのように、私に手を伸ばす彼を見て。あの時と同じ、自信に満ち溢れたその目を見て。私は言い表しようのない憎悪を抱きました。


この人は何も変わっていない。自分の正義でこれまでに傷つけてきた人のことを歯牙にもかけていないんだ。そう感じ取れてしまったから、私はあなたへの復讐を決意しました。


ふふ。1年半、私があなたの隣にいた間。私が偽りの笑顔であなたといた間。一時も、あなたへの憎悪を絶やしたことはありません。


私があなたに、「応援演説やらしてよ!」って偽りの笑顔で言って、あなたがそれをなんの疑いもなく快諾した時。あなたの運命は決定的に決まってしまったのですよ。



―――ねえ、愚かな涼太君。楽しかったですか?偽りの正義は」

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あなたを狂おしいほどに 文月結 @yui_fuzuki

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