第10話 卒業してやらない

「自分とは卒業式ほど、退屈な時間って無いよね」


「そうなこと言うもんじゃないって。自分達に番になったら申し訳なさで死にたくなるよ」


「確かにー」


 疲れた表情で笑う内村さん。


 本日の主役である3年生のために否定してみたが、内村さんの言うことは分かる。

 先程まで行われていた卒業式は、ほぼ苦行だった。


 高校からの支配から解放される先輩達のことは、誰1人として個人名を知らない。

 他人と言っても行き過ぎでは無い彼らを心から祝福する気には、さすがになれない。


 校長の話を聞かなくてはならないのは、ギリギリ許容するとして、見たことも聞いたことも無い教育員会のお偉いさんの話を7人連続でされた時は退屈でどうにかなりそうだった。


 知らない人のつまらない話。

 これほどまでに精神が消耗するものがあるだろうか。


 そんな卒業式を消化した内村さんと俺は、教室で休んでいた。

 窓からは、青春をともにした同級生や後輩との別れを惜しんでいる先輩達が見える。


「これからも、会おうと思えば会えるのに今生の別れみたいに泣いてるね」


「実際に2度と合わない人もいるだろうからね」


 もう、気軽には会えなくなる。

 新しい環境での自分のポジションを見付けなればならないのだ。時間と労力を使ってまで会おうとは思いずらいだろう。


 今まで無料で使えていたアプリが、有料化した時の冷め具合と似ている。


「あー。それ分かる。ドラマとか漫画とかを途中まで見せて、ここからは有料ってやつね。お金が無い私達学生からしたら悪魔の所業もいいとこだよ」


「そうしないと表現者が儲からないからねって分かってはいるけど、一気に面倒臭くなるからなぁ」


 それと同じことが、新生活では人間関係に起きるわけだ。

 好きだったけど、卒業してからいつの間にか合わなくなったという現象の正体は、たぶんこれ。


「鍵島くんと私はさ。たぶん進路が別々になるじゃない?」


 ここで、話題が変わる。

 俯瞰から主観へ変わる。


「うん。俺は理系で内村さんは文系だからね」


 大学に進学することは決めているのは一緒だが、得意な科目も、将来のビジョンも違う。


 内村さんは福祉施設の支援員になりたいらしい。

 感動的な理由があるに違いないと思った俺だが、蓋を開けてみたら現実的なものだった。


「私達が働き盛りになる時には、もっとAIが発達してるのは確実。だから、AIの苦手そうなのを仕事にすることにした」


 未だかつて、こんな打算的な理由で福祉業界に飛び込む人がいただろうか。

 でも、いい話に持っていかないのが内村さんらしい。


 優しいし真面目だから、福祉のことを勉強したに違いない。その際に思うところもあったはずだ。

 でも、それを伝えるのを恥ずかしがる天邪鬼なのだ。ウチの可愛い彼女さんは。


 で、俺はといえば公務員になりたいと思っている。


 役所に勤めるのか、教師になるのかまでは決めていないが、とにかく安定して給料をもらいたい。

 公務員はラクだという価値観は古いらしく、なるのも働くのも厳しい職種らしいが、それでもお金が欲しい。


 何故か。


 これは、まだ内村に言っていないのだが、もし結婚した時にお金で動けないなんてことにならないようにするため。


 だから、難しい試験も理不尽な業務にも挑戦しようと思ったのだ。


 内村さんの隣に、これからもずっと側にいるために。


 そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、内村さんは言う。


「私、来年は高校は卒業するけど、鍵島くんから卒業しないからね。ずっと留年する」


 さすが、問題児発言だ。

 でも、内村と一緒にいて俺もタメを張れるくらいの問題児となっている。

 だったら、言い返してやるさ。


「こっちも、内村さんを絶対に卒業してやらない」


 離れろと言われたって、もう遅いからな。

 この厄介な世界を、2人で生きていくと決めたのだから。



-了-

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ひとりぼっち同盟 ガビ @adatitosimamura

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ