ベンチに座ることしかできない大学生と“海を歩く”と言い張る謎の旅人クッキー。
現実とファンタジーの境界が揺れる、面白くて……少し切ない物語です。
舞台は幕張という実在の町。
見慣れた風景のはずなのに、クッキーがいるだけで世界が不思議な色合いを帯びていく。
彼女の無邪気さと危うさに主人公が振り回されていく中で、読んでいるこちらまで一緒にペースを乱されていくような感覚になります。
大げさな事件があるわけではないのに(ある意味クッキーのマシンガントークが事件なのか……?)、海の匂い、湿った風、夕焼けの照り返し……その景色を思うだけで、胸の奥がじんわりと切なくなるんですよね。
そして何より、この二人がどんな結末へ向かうのかが気になってしかたない。
“歩き出せない青年”と“歩き続ける少女”の物語が、この先どこへたどり着くのか……続きを読むのが楽しみです。
空虚な生活を送る主人公と、現実をファンタジーに置き換えたかのように生きる少女の交流を描いた、現代ドラマ作品です。
主人公はとあるできごとのせいで、無気力になってしまった大学生。
日がな一日をベンチに座って過ごし、ついには留年も確定してしまいます。
生活が追い詰められても、知り合いに叱咤されても動かない身体。
しかし、愛用のベンチに置かれていたある物を始点に、奇妙すぎる少女との交流が始まりました。
少女は言動全てが突飛。この世をファンタジーそのものであると知覚しているかのように、ハチャメチャで羞恥の欠片もない行動を繰り返します。
最初は隙を見て突き離そうとした主人公も、その引力に逆らえず、無気力とは程遠い毎日を過ごすことに。
二人の交流は、どんな結果を生み出すのか。
ぜひ読んでみてください。
入学した大学へ行かず、公園のベンチに座って過ごし続ける青年、葛和田日鷹(くずわだ ひだか)。未来への不安を抱えつつもただ人生をやり過ごして――いくことにはならなかった。突然現れた不可思議な少女、自称旅人のクッキーと関わってしまったせいで。
“クズ”を自認した日鷹さんは「クズだからダメでいい」という、ある種の安寧を得た青年です。ガキ臭さを激烈に抉らせた人物像ですが、反感ではなく共感を覚えるのですよ。私自身、青春時代に正しい成功体験が積めずに抉らせたおじさんなので。そしてだからこそ、クッキーさんに苛立つわけです。彼女は常にパワフルで楽しそうで前向きで、どこかへ行きたくて必死です。どこへも行かないことに必死な日鷹さんの対極存在なのですよね。この対比が本当にすばらしい。
で、そんなふたりが綴るドラマはやっぱりままならなくて……でもその紆余曲折こそが、辿り着くエンディングのすっきりとした心地よさを映えさせるのです。
際立ったキャラクターが魅せる深煎りテイスト、ゆっくり味わってください。
(新作紹介「カクヨム金のたまご」/文=髙橋剛)
過去にとらわれたまま動き出すことのできない主人公が出会ったのは、おしゃべりでやたらとテンションの高い不思議な「旅人」。彼女にかかれば幕張の街が異世界のような冒険の舞台へと変わる。まるで街自体が生き物のように色々な表情を見せる。
対照的に見える二人が、ときに引きずられ、ときにぶつかりあう中で、お互いの足りない部分を補うかのように心を通わせていく。その過程が、ぶっきらぼうで壊れそうなほど繊細な言葉と、美しくうら寂しい情景とともに丁寧に描き出されている。
自分にとって大切な何かを発見することが冒険であるなら、それは日常の風景の中に潜んでいるのかも知れない。悩みながらも海を歩き出す旅人たちの背中をそっと押したくなる物語。