夏休み1日目

蝉の声で目を覚ました。窓の外は清々しい夏の快晴。


遠くに入道雲が見える。


昨日、色々あったせいかいつものように夜ふかしをせず早く寝てしまった。


普段の休日ならこれは損をした気分になるが夏休み45日のゆとりが違う。


ふと隣を見るとみらいがちょこんと正座をして私を見つめている。


目が合うと「久しぶりにこんなにぐっすり眠れた、ありがとう」


「いえいえ、朝ごはん、食べる?」


「一日、3食も食べられるの!?」


「え、逆に食べないの?」


「私の時代はお水を飲むので精一杯、だから殆ど食べられないよ」ひどく悲しげだ。


「そっか、じゃあ、いっぱい食べよう!」私はそういいながら洗顔のために蛇口を捻った。


その時みらいは「それ、水がでてくるの?」


「え?あ、うん。もしかして、知らない?」


「始めてみた、水って普通井戸から汲むのじゃないの」


「ちがうよー、ほら、触ってみて」


「わっ、冷たい」


「でしょ?これも今の日本じゃ当たり前なの」少々得意げに話した。


次に私は卵とウインナーを取るために冷蔵庫を開ける。


するとみらいは「なにこれ?冷たい」


「冷蔵庫、これも知らない!?」


「うん、冷蔵庫って井戸水で冷やすものしか知らない」


「そっか、」


みらいの時代はさぞ生きるのが大変だろう。


「両親はいないの?」と質問された。


「お母さんは幼い頃には亡くなって、お父さんはもう仕事のために家をでたよ」


「ふーん、他に兄弟は?」


「いないよ、一人っ子」


「さびしいね、」


「まあね、もう慣れちゃったから平気」


「みらいちゃんは、兄弟とかいるの?」


「お兄ちゃんは出兵、お父さんは死んじゃった、お母さんと二人暮らし、だった」


だった、とはおそらくみらいと一緒に死んでしまったのだろう。


「ほら、朝ごはんできたよ、一緒に食べよう」皿に盛り付けながら言う。


昨日もそうだったのだが普段から一人で食事をしている私にとって誰かと同じ食卓を囲む経験は貴重だ。


それにしても、みらいはとても美味しそうに食べているので作った身としても心が温まる。夏の暑いなか温まっても、って感じだが。




食べ終わった食器を洗っていると後ろからそっと服をつままれた。


「あの、ね。食器洗いが終わったら、私の話、聞いてくれる?」


今はじめて、みらいの顔をまじまじと見た気がする。


まつげが長くて目がぱっちり。白い髪の毛は夏の明るい日差しに照らされて透き通っている。


「私さ、過去から来たっていったじゃん?過去は変えられない、つまり私は絶対に死なないといけないの。だからね、どうやったら死ねるのか、もしくはどうやったら生き残れるのか探さないといけない」


「つまり?」


「私が死ぬ、もしくは生きる、ってことは歴史を変えなければいけないの」


「歴史を変える…か」


「死ぬ前の私を助けたら幽霊としての私も存在がおかしくなる、だから、生きるために幽霊になったかもしれないけど、私は死にに行くために過去に行ってるの。

出会ったばかりの人にこんなことをいうのもおかしいと思うけど、私を見てくれる人はあなたしかいないの。だからお願い、過去の私を助けて」


私はこれにひどく心を打たれた。ほんとうに私以外に頼れる人がいないのだろう。


昨夜、私は見ず知らずの人を助けたいなんて気持ちが一ミリも生まれなかったが今は少し助けたいって気持ちが湧いた。


だって、私以外に助けを求められる人がいない、つまり一人ぼっちな姿がいつもの自分と重なったのだから。


私は迷わずこう答える。


「是非。橋の下の歪み、見せてくれる?」


そういうとみらいの顔がパッと明るくなり目に涙を浮かべてありがとう、と言った。


その橋は私の家からそう遠くない場所にあった。


普段は降りない土手を降りると、みらいは小動物1匹くらいが入れそうな小さな穴を指差す。


一見普通の穴。


「ここからが私のいた時代。過去の私に会ってきてください」


そういわれ私は穴に足を踏み込む。


一瞬時が止まる。うるさかったセミの鳴き声も一瞬で静まり体が浮く。


「必ず助けるからね、みらい」そう言いながら意識を失った。

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私の夏休み、幽霊と共に時をかける れけむ @8rekemu8

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