第41話『ルイーズ・エキャルラット』は思うがままに人生を謳歌する

 ――心から私を愛してくれる人と結ばれて、思うがままに人生を謳歌する。

 そんな、私が望んでいた人生が今、始まろうとしている。


 だから、今目の前で起こっていることがすっかり頭から抜けていた。

 いや、もう終わっていることにしていたから、放置していたというのが近いのかもしれない。


 イヴァン様と正式に夫婦になって1か月後、かつての婚約者であるヴィクトルが私のもとに来訪したのだ。


 本当に、今更何の用なのかしら。もう話すことなんてないのに。

 

 「それで、どうして今更私に会いに来たのですか。第二王子殿下?」

 「元婚約者に対してなんだ、その態度は。」


 久しぶりに会ったら、なんとも思わないと思っていた。


 今はイヴァン様と時を過ごして、彼の思いを受け止めている。

 だから、気にすることもないと想像していたが、やはり苛立つものは苛立つのだ。


 『その態度は何だ?』、そう言いたいのはこっちの台詞だ。

 

 ただでさえ事前に碌に連絡せずにやって来たのに、対応がちゃんとできていなかったら理不尽に怒る。

 

 責任を全て他人に押し付けるところは本当に変わっていないのね。


 「リュミエールに戻ってこい。母上も俺もお前のことを許してやる。だから……」

 「私のこと、どこまで舐めていらっしゃるのですか?」


 虚を突かれたように目を丸くするけど、当たり前に決まっているでしょ?

 誰が好き好んで地獄に飛び込むか。


 本当にどの口で言っているのかと、しみじみと思う。

 彼がどれほど都合のいい頭をしているかなんて考えたくもない。


 捕まってから潔く自供したマルダーの方が何倍もましに見えてくる。

 いや、そもそも変な理由で執着していた時点で同類か。


 「もちろん、お断りさせていただきます。私はもうあなたの『婚約者奴隷』ではありませんので。」


 目一杯の笑みを浮かべて、まだ呆然としている彼にはっきりと伝える。


 さてと、彼がまだ固まっている間にさっさと出ていってしまおう。

 これ以上彼のために時間を使う理由など、一切ないのだから。


 「ま、待て。どうして、そんなにあっさりと断るのだ。リュミエールの王族の仲間入りできるという名誉を放棄するのか。」


 まさか引き下がってくるとは思わなかった。

 だけど、今自分がどこにいてその発言をしているのか理解なさっているのかしら?


 できていたら、単身で隣国である大国の宮殿に突撃なんてしてこないか。


 『名誉を放棄』ねぇ。

 本当に彼の妻になることが名誉なら、あのパーティーで連れ立っていた女性は失踪していないはずよね。


 風の噂で聞いたけど、彼女は王宮に来て1か月もしないうちに彼のもとを去ったらしい。

 

 「名誉を手に入れられても、自分らしく生きることを否定される場所に行くなんて嫌ですわ。それに、私はあなたと結婚すること以上の名誉を得ていますので、なびくことは決してありません。」


 部屋のドアが静かに開き、現れた人物のもとに私は駆け寄っていく。


 「イヴァン様、話が長引いてしまい申し訳ございません。早々に去りたかったのですが、足止めを食らってしまいまして。」

 「途中から聞いていたが、災難だったな。でも、伝えるべきことはしっかりと言えたのであろう?」

 

 イヴァン様が優しく問いかける言葉に大きく頷く。

 本当に、これ以上あの男と喋ることなど全くないのだ。


 未だに素っ頓狂な顔をしているヴィクトルに見せつけるように、優しく私の腰に手を添える。


 まだ、私が言ったことを呑み込めていないようね。

 それならば、最後に一言だけ彼に告げよう。


 「私は私が思うままに人生を謳歌するの。あなたが『リュミエールの妃になること』を名誉にするのなら、私にとっては『大切な人と共に人生を歩める』ことが名誉よ。」


 「だから、ごめんなさいね」、そう一言を残しイヴァン様と共に部屋から出ていった。


 宮殿の衛兵たちに拘束されるヴィクトルを視界の端に捉えながら。



 「『あなたと結婚する以上の名誉』か。随分と嬉しいことを言ってくれるじゃないか。」

 「そこから聞いていたのですか?!……でも事実、そうではないですか。」


 私が自由に生きると言う意志を思いだせたのは、間違いなく隣に立つイヴァン様がいたからだ。


 自分らしく、思うがままに人生を謳歌することは最も名誉なことだ。

 その素晴らしさを知ってしまっては、もう二度と手放す気になんてなれないのだ。


 「大切な人とこうして街を歩くことの楽しさも、共に2人で笑い合う喜びもあなたと一緒になって初めて知ったのですから。これは、十分に名誉なことでしょう?」


 富も名声も立派な名誉であることは確かだ。

 でも、それと同じぐらい大切な人と共に人生を歩めるということも、また一つの名誉である。


 フリーギドゥムに来て過ごしてきた日々の中で、しみじみと相応思うようになった。


 それにしても、イヴァン様の反応がないけど一体どうしたのだろう?


 「そうか……。俺も大切な君と一緒にいられることはとても幸福なことだ。」


 見上げると、彼の顔は少し赤くなり視線を向けると恥ずかしそうに目を逸らす。

 周りを見渡すと、街の中の人々が微笑まし気に私たちを見ていることに気づいた。


 もしかして、今大胆な発言をしてしまったのかしら?

 

 でも、変に気にする必要はない。

 だって、私が声にしたことは全部事実なのだから。


 「ルイーズ、君は今楽しいか?」


 私と目を合わせながら問うイヴァン様。

 初めて会って話した時も似たことを聞かれたような気がする。


 あの時はすぐに言えなかったけど、今は返す答えはもう決まっている。


 「楽しいですよ。だって、私らしくいることを見守ってくれるあなたがいるのですから。」

 

 そう言って握られていた彼の手をしっかりと握り返す。

 二人一緒に歩く私たちの顔には笑みが浮かんでいた。


 これから、思うようにいかないことも辛いこともいっぱいあるのかもしれない。

 でも、今一緒にこうやって笑いあえているのなら、きっと大丈夫なはずだ。


 そう胸に希望を抱きながら、街の中を歩いていく。

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鮮紅令嬢は人生を謳歌したい~波乱万丈な人生に異国の皇帝を添えて~ ほっとけぇき@『レガリアス・カード』連載 @hotcakelover

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