第12話 星はまだ息をしている
魂を揺さぶるビートと重低音が満ちている。
歓喜と熱気が混ざる観客たちの視線は、ステージ上で踊る4人に釘づけだ。
フロアの中央へ躍り出たOZに呼応するように、CHIKAが続く。
視線を合わせたのは、一度きり。
けれど、それで充分だった。
息を短く吐いて、ひゅ、と浅く吸う。
半拍ほどの静寂。のちに、一糸乱れぬ複雑なルーティンを決める。
わっ、と上がる歓声に一瞬音が飛んで消えてゆく。
OZもCHIKAも、呼吸をするのと同じように互いを感じて45秒を踊り切る。
「……3、2、1——Change! Next up——SHO-Z & 瑛斗!」
対するSHO-Z & 瑛斗が、余裕の笑みで踊り出す。
音を蹴り上げるような軽快な
SHO-Zが繰り出すウィンドミルが観客の歓声を誘い、瑛斗の繊細で豪胆なステップワークが更に観る者を熱狂させる。
2年ものブランクがあったOZが、決勝まで来れたのは、すべてCHIKAのおかげだ。
CHIKAを勝たせたい。だなんて、烏滸がましい思いだけれど。
せめて、足を引っ張らないように。
2ラウンド目は、持てる技を出し切って攻め続けた。
もっと、もっと、踊っていたい。熱い感情を爆発させて踊り切る。
その思いは、OZとCHIKAだけじゃない。
SHO-Zと瑛斗もまた。アレンジしたムーブを返して、会場を沸かせ続けた。
そして——
「Last round——終ー了! 最後まで出し切って戦ったOZ & CHIKAとSHO-Z & 瑛斗に——Make some noise!」
——終わった。すべて、出し切った。
2年前、バトルの終わりを告げるコールを聞いたとき、OZはどこか他人事のように聞いていた。
勝敗の行方なんてどうでもよくて、ただ、自分のダンス人生が終わってしまった喪失感でいっぱいだった。
けれど、今は。
「……CHIKA、ありがとう」
「ちょっと。そういうの、勝ってから言ってよ」
「はは……そうだな」
笑ったOZの肩は上下して、呼吸は荒いまま。思わず俯いて息を吐く。
きっと、心拍数は180を超えているだろう。
OZがチラリと視線を上げる。
SHO-Zと瑛斗は余裕の笑みで肩を組み、ジャッジを待っていた。
「Judge’s decision——2 to 1……Winner is……SHO-Z & 瑛斗ーーッ!! Big shout out to OZ & CHIKA! Respect for your vibe!!」
負けた。
会場は大きな拍手と歓声に包まれ、勝ったSHO-Zと瑛斗だけじゃなく、負けたOZとCHIKAの健闘を称えている。
優勝を勝ち取ったSHO-Zと瑛斗と固い握手を交わす間、OZの目の前は真っ暗だった。
隣に佇むCHIKAの顔を見ることができない。
「SHO-Zと瑛斗は流石だった。スキルだけじゃなく、会場の沸かし方もわかっている。本当に素晴らしかった。……バトルとして順位をつけなければならないのが悔しいくらいのいいバトルでした。2位ではありますが、CHIKA。君の動きはまるで即興の詩のようだった。音を聴くんじゃなく、“感じて”いたね。独創的で、迷いがない。それを引き出したOZの——……」
ジャッジのコメントが遠く聞こえる。
なにを言われているのか、まったく頭に入ってこないまま、OZはCHIKAと支え合いながらステージを降りてゆく。
ステージ上では、もう一度盛大な拍手を貰うSHO-Zと瑛斗が、嬉しそうに手を振っていた。
ステージを降りて控室に向かう途中。
OZはCHIKAに抱きつかれ、薄暗い通路の端にずるずると座り込んでいた。
CHIKAが泣いている。ぼろぼろと。
愛嬌のある瞳を涙に濡らし、まるでこぼれ落ちてしまいそうなほど。
「悔しい……っ、くやしい〜〜〜!」
OZに縋りついて泣くCHIKAは、奥歯を噛み締めながら悔しさを吐き出した。
その悔しさを受け止めるように、OZがCHIKAの背中を抱きしめる。
会場の音も、歓声も。もう、なにも聞こえない。
じわりと染み込み溶け合う体温に、互いに必死でしがみつく。
啜り泣くCHIKAの呼吸と、押し黙って耐えるOZの呼吸が、同じリズムで揺れていた。
「OZと優勝したかった……っ!」
それはOZも同じだ。CHIKAと一緒に勝ちたかったから。
悔しい、悔しい。……どうしようもなく、悔しかった。
深く息を吐き出して、CHIKAを抱く腕に力を込める。
——ダンスでこんなにも悔しい思いをしたのは、はじめてだ。
負けたことよりも、CHIKAを勝たせてやれなかったことが胸に突き刺さる。
OZは、すん、と水気混じりの音を立てて鼻を啜った。
そうして、CHIKAが落ち着いて笑顔を見せるまで。
ずっとずっと抱きしめて、背中をさすっていた。
「惜しかったな、二人とも」
敗北による悔しさを振り払って立ち上がったOZとCHIKAの背中に、柔らかな声がかかる。
振り返ると、yu-maとSOARがステージと控室を繋ぐ通路に立っていた。
yu-maの姿を見つけた途端、CHIKAが飛ぶように駆け寄った。
「うう〜、勝てなかったぁ……! ねぇ、yu-maさん。おれ、今期はもう出番ない? ほんとにない?」
OZに縋りついて泣いていたCHIKAとは、まるで別人だ。
誰もがよく知るCHIKA——明るくて愛嬌のあるCHIKAに戻っている。
「惜しかったよね!? 決勝ラウンド出れたってことは、勝ったも同然じゃない!? えっ、違う?」
「……惜しくはあったが、結果は残した。ジャッジにも高評価だったな。CHIKA、スランプ抜けたんじゃないか?」
「えっ。……そうかも、スランプ抜けたかも!」
感情の赴くままにはしゃぐCHIKAは、まるで太陽みたいだ。
そんなCHIKAを見て、yu-maが眉を寄せてニヤリと笑っていたから。
OZは誰よりも早く、ホッと胸を撫で下ろした。そうしてCHIKAを柔らかな視線で見つめながら、yu-maの言葉を待つ。
「CHIKA、4月の最終ラウンド。出れるか?」
「出る! 出れます! ……やったー!」
CHIKAはyu-maに即答して、両手を高く天井に突き上げていた。
よかったな、という思いが湧く一方で、OZの胸にはチクリと刺さる棘のような思いが生まれた。
——別に、俺じゃなくてもよかったんじゃないのか?
——俺じゃなくてSOARさんとなら、CHIKAは優勝できたんじゃないのか?
OZの表情に影が差しそうになったときだった。
yu-maとSOARが、OZの肩を叩いたのだ。
「お疲れ、尾褄。お前もよくやった。熱いダンスだった、良かったよ」
「OZ、ありがとう。君のおかげでCHIKAも本来の自分を取り戻せたみたいだ」
「yu-maさん、SOARさん。ありがとう、ございます。……っ、でも!」
振り払ったはずの悔しさが、また込み上げてくる。
思わず奥歯を噛み締めて、吐き出しそうになった言葉を呑み込んだ。
OZの視界が暗くなったのは、無意識に俯いたからか。
それとも、悔しさが募って握りしめた拳が、今にも砕けそうだったからか。
そんなOZを見て、yu-maが笑った。眉を寄せてニヤリ、と。
そうしてyu-maがゆっくりと口を開いた。
「リベンジのチャンスはいるか? ……Valtis Ignitionは今、SPダンサー枠が余っている」
yu-maの言葉に、OZは息を呑んで顔を上げた。
隣にはいつの間にかCHIKAがいて、OZを支えるように肩を抱く。
真っ暗に閉ざされたと思っていたOZの——尾褄の道に、一筋の光が差し込んだような気がした。
【第1部・完】
星はまだ息をしている 七緒ナナオ @nanaonanao
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