第11話 音の境界線で星を掴む

 観客席にざわめきと歓声が満ちている。

 照明に彩られた特設ステージの中央には、スポットライトを浴びた円形のエリアがひとつ。そのサークルの中で、ダンサー達が技と表現力を競い合う。


 2on2ダンスバトル STREET BEATZ 2on2の会場は、熱気と緊張感が混ざり合っていた。


「Ladies and gentlemen──Welcome to STREET BEATZ 2on2 Final Round! 池袋の夜を焦がすバイブスを見せてくれ! Let’s gooo!!」


 ドッと沸く会場を感じながら、尾褄は深呼吸をして黒縁の眼鏡を外した。

 そっと目を閉じると、身体の底から熱が湧いてくる。

 スピーカーから流れる重低音を肌に馴染ませながら、もう一度深く深く息を吸った。


「……戻ってきた」


 2年振りのダンスバトルだ。と思うと、心臓がキュッと引き締まる。

 ゆっくり目を開けて隣を見ると、ゆったりとした黒のパーカーにオレンジ色のボトムを合わせたCHIKAが、尾褄——いや、OZを見て笑っていた。

 CHIKAに合わせるように、OZはオレンジ色のパーカーに黒のボトムを身につけている。


 2年前。CHIKAは対戦相手だったけれど、今はともに踊る相棒だ。


「……緊張してる?」


 OZが外した眼鏡を眼鏡ケースにしまうのを、OZの背中に張りついてジッと見ていたCHIKAがそう言った。

 CHIKAはOZに胸の内を明かして以来、遠慮と距離感がゼロだ。

 特徴的な黒子と愛嬌のある顔が、窺うようにOZを見る。

 OZは、ふ、と笑って頷いた。


「するに決まってるだろ。2年振りだぞ。……そういうお前は?」

「楽しみしかないね。だって、OZとやれんだよ?」

「お前はそう言うと思った」

「それに、おれだって2年振りなんだよ、ダンスバトル。……あー、なんか久しぶりすぎて緊張してきた」


 OZから離れたCHIKAが、胸を押さえながら深呼吸を繰り返す。

 1回、2回。

 落ち着くまで待ってから、OZはCHIKAの肩に腕を回して引き寄せた。


「やれることは、やった。あとは楽しむだけだ」




 OZもCHIKAも、仕上がりは順調だった。

 特にCHIKAは、予選を通過し、トーナメント戦も勝ち進む毎に調子を上げてゆく。

 ちょっとした動きでも、音に合わせたメリハリのある動き。

 緩急がついて、キレのある踊りは観客とジャッジの心を掴んで離さない。


 そんな絶好調のCHIKAと、あらかじめ組んでいたルーティンを合わせるのが苦しくなってきたのがOZだ。


 ——大丈夫。まだ、大丈夫。ついていける。


 ぼたぼたと滴る汗を腕で拭うOZの息は、どうしようもなくあがっていた。

 ほんの一瞬。音が遠ざかって逃げてゆくような感覚に、眉を顰める。


「大丈夫、OZ? 最後まで踊れそ?」


 心配そうに眉を寄せるCHIKAに、OZは無理矢理口角を上げて笑ってみせた。

 正直なところ、関節だとか膝なんかの感覚はない。

 心肺機能だって、ちゃんと動いているのか不安になるほど苦しい。


「……問題ない。今は一回でも多く踊りたい」


 OZは心の底からそう願いながら、10年と10日分の経験とこれまで聴いてきたすべての音楽を持って、ただがむしゃらに音を掴んで身体全体で再構築していった。

 そうやって勝ち進んだ先に——決勝戦が待っていた。




 決勝戦へ進んだ2人を、見知った声が呼び止める。

 振り返ったOZとCHIKAの視線の先には、


「え、SOARさん! 来てくれたの!? 嬉しー!」

「お疲れさまです、yu-maさん」


 応援に駆けつけたSOARとyu-maが、片手を上げて笑っている。

 yu-maは柔らかな眼差しをOZに向け、労うように背中を叩く。


「いい顔してるなぁ、尾褄。お前のそんな顔、ダンスやってた頃だって見かけなかったぞ」

「……まあ、実際、楽しいんで。CHIKAには大分、助けられてますけど」

「そうか? 好き勝手するCHIKAを、尾褄が支えてやってるようにも見えたがな」


 yu-maの言葉に、OZの胸がじわりと熱くなる。

 しんどくてしんどくて堪らない今のOZが、yu-maの言葉で報われたような気になって、いけない。


 ——まだ決勝ラウンドが残ってる。気を緩めるのは駄目だ。


 OZはふるりと頭を振って、CHIKAを見る。

 CHIKAはリラックスした様子でSOARと話していた。


「調子を取り戻してきたじゃないか、CHIKA」

「うっす! やっぱ、OZとだからですかね!? めちゃくちゃ動けるし、音が入ってくる感じがする!」


 満面の笑みで飛び跳ねるCHIKAを、SOARが保護者の視線で見守っている。

 どうやらCHIKAの体力は底なしらしい。

 そこへyu-maが加わった。


「……すまんな、CHIKA」

「え、なにが?」

「お前のスランプに向き合ってやれなくて、すまん。どうしてもDリーグの次のラウンドの準備を優先してしまう」

「ああ。CHIKAが一番苦しいときに、助けてやれなくてごめんな」


 yu-maとSOARは、申し訳なさそうにそう告げた。

 2人の謝罪をキョトンとした顔で聞いていたCHIKAが、話を呑み込んだ後でニヤリと笑う。


「……そういう意味でいうと、一番のM V Pは本社の筒井さんっすね! 筒井さんが企画立ててくれなかったら、OZに再会できなかったわけだし」


 CHIKAがニヤニヤしながらOZに「な?」と同意を求めたから。

 OZも笑いながら頷いた。


「そうだな。今回のM V Pはヴァルティス社の筒井さんですね」

「だよなー!」


 ダンスとは無縁だと思って就職した先の仕事で、CHIKAと再会した。

 もう二度と踊らないと決めていたのに、今は踊るのが楽しい。

 捨てたはずの夢を、もう一度拾い直して育てている気分だ。


 ——終わりたくない。もっと踊り続けていたい。


 OZは無意識に拳を握っていた。

 硬く握りしめた手に、CHIKAがそっと触れる。


「ついに来たぞ──Final Battle!! 勝ち残ったのは、この二組だ! OZ & CHIKA—— vs —— SHO-Z & 瑛斗! 準備はいいか? Are you reaaady!?」


 決勝ラウンドの開始を予告するMCのマイクに、会場全体の空気が熱気に包まれてゆく。


「……じゃあ、頑張れよ。楽しんでこい」


 OZとCHIKAは、yu-maとSOARの激励を受け取って、ステージに向かった。

 特設ステージに設けられたサークルの中央に、左手からOZとCHIKAが上る。

 白く眩しいスポットライト。OZは思わず手をかざして目を細めた。

 その肩を、CHIKAがぐい、と引き寄せる。


「……OZ、ありがと」


 ステージライトに照らされたCHIKAの横顔は、どこか大人びていた。

 ふ、と笑って、OZがCHIKAの肩を叩く。


「礼を言うにはまだ早い。勝ってから言え」

「おっけー、そうする!」


 そして。

 右手から対戦相手の2人が上がってきた。

 1人はSHO-Zショウジ。ブレイキンを得意とするDリーガーだ。

 もう1人もダンスを仕事にしているプロで、瑛斗エイトという。


「Alright DJs! Turn up that beat! Let’s gooooo!! OZ & CHIKA vs SHO-Z & 瑛斗! Show me what you got!!」


 ステージの床が揺れるほどの歓声が上がった。

 DJが鮮烈な曲を回して、ステージ上にビートが落ちる。

 床に当たって砕けた音を掴み取るように、OZが一歩、踏み出した。


 ——これが今の俺の、俺たちの……全部だ。



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