ラーメン

@kazue771

第一話

「早く食え」

白いタオルを頭に巻いた中年店主が、先程提供したラーメンを前にスマホを構える若い男女に口を開く。

淡々とした言葉に、二人はビクッと肩を震わせた。

「「・・・はい」」

店内にはラーメンを啜る音だけ。

楽しく食事をとれる様な雰囲気ではない。

それでも、店外へ並ぶ長い行列を作った客は誰一人文句をいう事は無い。

無言でラーメンを作り続ける店主を背に、若い店員が注意された客の下へ近づく。

「サービスの味玉」

ニカッと笑う店員にぽかんと口を開けた二人は、少しの間をおいて口元を緩ませた。

黙々と食べるしかない客の回転は、他店と比べても驚く程に早い。

次に入店したのは髪の長い女性客だ。

音もなく席に座った女は、無言で食券を差し出す。

「とんこつバリカタ油多めですね」

客は俯いたまま、静かに首を縦に振る。

少し異質な雰囲気の客に首を傾げるが、二人しかいない店員にじっとしている時間はない。

僅か2、3分で出来上がった注文のラーメンを客に差し出す。

「お待たせしました」

女は目の前に置かれたラーメンをじっと見つめていた。

「・・・・・・」



30分程度たった頃だろうか、漸く客足も衰え始め小さく息を吐いた店員は何気に店内を見渡し、一人の女性客に視線が止まる。


「・・・・・・は?」


先程の客。

女は、一口も食べていなかった。

店員は思わず後ろの店主に視線を向けるが、黙々と仕事をしている。

ガタッ

女は立ち上がり、店を出ていこうとする。

「お、お客さ 「ありがとうございましたーっ!」」

声を掛けようとした店員に店主が被せる様に声を上げた。

突然の大声に、ピクリと肩が震える。

「・・・・・・」

女が立ち止まり、ゆっくりと顔を上げた。

「・・・ッ」

化粧もせず少しやつれた顔には、涙の跡があった。

「・・・また、来ます」



「なんだよ」

「いえ、さっきの女性となんかあったのかと思いまして」

じとーっと視線を向ける店員に、ぶっきらぼうに答える店主。

あぁ、あれかと、煙草に火をつけ、暫くして口を開く。

「昔からの常連でな。いつも彼氏と二人で来てたんだが・・・」

煙草をふかし、言葉を続ける。

「半年前に、事故で亡くなってな」

「えっ?」

「それからずっと来てなかったんだが・・・そうか」

また来ます。そう言った彼女の口元が僅かに上がっていた。

手にした携帯灰皿に煙草を押し付け、立ち上がる。

先程迄降っていた雨が上がっている。

空を見上げた店主の口元も、少しだけ上がっていた。

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