26話 夏の約束
──夏祭りの夜。
浴衣姿の人であふれる参道を、私は結城先輩と並んで歩いていた。
屋台の明かり、金魚すくい、焼きそばの匂い。
どこを見てもきらきらしていて、胸が高鳴る。
「ほら、遅せぇぞ」
人混みをかき分けながら、結城先輩が私の手を強く握る。
繋いだまま離さないその手に、心臓が跳ねた。
「す、すみません……」
「謝んな。……もう離さねぇから」
冗談みたいに言いながらも、その瞳は本気だった。
思わず顔が熱くなる。
風鈴の音がかすかに響く。
屋台の灯りが二人の影を長く伸ばしていた。
この手を繋いで歩くたびに、世界が少し変わって見える気がした。
あの日の体育館も、放課後の廊下も、今のこの夏の夜に続いていたんだ――。
⸻
──広場。
夜空に花火がひらく。
鮮やかな光が結城先輩の横顔を照らし出した。
「なあ」
彼がふっとこちらを見た。
「俺、やばいわ。……お前のこと、好きすぎる」
胸の奥がいっぱいになって、笑顔と涙が混ざる。
「……私もやばいです。……大好きです」
震えながらも、やっと言えた。
「翠」
名前を呼ばれた瞬間、肩を抱き寄せられる。
花火の音にかき消されながら、唇が重なった。
──世界が花火に包まれても、
私たちの時間はそれ以上に鮮やかだった。
(あのとき、もし勇気を出せていなかったら)
(この景色も、今の私も、きっとなかった)
怖かった日々も、全部この瞬間につながっていたんだ。
⸻
少し離れた場所。
浴衣姿の莉子が、りんご飴を手に微笑む。
「やっとだね」
隣の大和は苦笑しながらも、まっすぐ二人を見つめていた。
(……わかってたよ。結局、翠ちゃんの心はずっと結城さんにあったんだ)
胸の奥が痛む。
でも、その痛みを飲み込むように笑って言う。
「ま、俺は翠ちゃんの味方だから。これからもずっと」
莉子は横目で彼を見て、小さくため息をついた。
⸻
一方、美月は参道の灯りの中で一人立ち止まっていた。
煌大の笑顔、その隣にいる翠の姿。
胸が締めつけられる。
でも次の瞬間、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
(……これでいい。私だって前に進める)
夏の夜風に吹かれながら、凛とした瞳で歩き出した。
遠くでまた花火が上がる。
その光の下で、四人の想いはそれぞれの形でひとつの季節を終えていく。
痛みも、憧れも、恋の始まりも――全部、同じ夏の中にあった。
⸻
──花火の音が空に響き続ける。
結城先輩と私の指はしっかり絡まったまま。
「これからも、ずっと一緒にいような」
真っ直ぐな声に、胸が熱くなる。
私は笑顔で頷いた。
──夏の夜に交わした約束は、胸の奥に永遠の光を刻んだ。
こうして、私と結城先輩の恋は始まった。
たくさんの想いがすれ違い、少しずつ重なって、やっと辿り着いたこの場所。
でも、これはまだ“はじまり”。
このあと私たちは、
恋をすることの難しさや、誰かを想う強さを、もう一度知ることになる。
⸻
【追記】
これで第1部は完結です。
ここまで読んでくださった皆さま、
本当にありがとうございました!
このあと、作品はいったん「完結」にいたします。
第2部(翠と煌大が付き合ってからの“その後”のお話)の構想はあるものの、
しばらく間があいてしまいそうです。今後の状況を見ながら、続きを書けるタイミングを探していけたらと思っています。
楽しみにしてくださっていた方がいらしたら、本当に申し訳ありません。
もし再開できるときがきたら、近況ノートでお知らせします。
君のとなりで、恋をする 森谷るい @rui_moriya
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