25話 屋上の告白
──夕暮れ、校舎の屋上。
冷たい風に揺れるフェンスの前で、私は立ち尽くしていた。
夕陽が沈みかけた空は、赤と藍が溶け合うように滲んでいた。
校庭のざわめきも遠く、世界から音が消えたみたいに静か。
胸の奥では、何かがゆっくりと鳴っていた。
風に髪がほどけて頬に触れるたび、緊張で指先が冷たくなる。
(どうして、私……ここにいるんだろう)
ただ、その背中を追うように歩いてきた。
けれど、今はもう逃げられない気がした。
突然「来い」と強引に手を引かれ、結城先輩にここまで連れてこられたのだ。
「……結城先輩、どうして――」
問いかけるより先に、振り返った結城先輩の瞳がまっすぐに私を射抜く。
「……お前、最近なんで避けんの?」
低く落とされた声。
胸がぎゅっと縮む。
言葉が喉の奥でつかえる。
心臓の音が、耳のすぐそばで鳴っているみたい。
視線を合わせるだけで、息が苦しい。
(本当は、避けたかったんじゃない。怖かっただけ――)
近づけば近づくほど、この想いがもう隠せなくなる気がして。
「そ、そんなことないです」
必死に笑顔を作ろうとする。
けれど、声は震えていた。
結城先輩は一歩、距離を詰める。
「……俺はずっと、お前のことだけ見てた」
「だから……お前の言葉で聞きたい。俺のこと、どう思ってるか」
その真剣な表情に、もう誤魔化せなかった。
胸の奥に溜め込んでいた気持ちが限界を超えて、涙がこぼれる。
「……私だって……ずっと……結城先輩のこと……」
涙が頬を伝う感覚だけが、やけに鮮明だった。
言葉にした瞬間、胸の奥に張りつめていた糸がぷつんと切れる音がした気がした。
結城先輩は何も言わずに、ただその涙を見ていた。
(もう、隠さなくていいんだ……)
風の音と、夕陽の匂いだけが二人を包んでいた。
声にならないほど震えていたけれど、もう逃げなかった。
──そんな私を見つめながら、結城先輩がふっと口元を緩める。
泣き顔を和ませるように、少しだけ軽口を混ぜて。
「……お前、これから大変だな」
「俺、お前のこと好きすぎて離せねぇから」
思わず涙の中で笑ってしまう。
その瞬間、温かな手が頬を包んだ。
沈みゆく光と夜の境目の空の下、二人の距離は自然にゼロになる。
唇が触れ合ったとき、胸の奥でずっと苦しかった気持ちが、ようやく解き放たれていった。
──世界が止まったみたいに、ただ結城先輩だけが近くにいた。
どれくらいの時間が経ったのかわからない。
風が少し強く吹いて、制服の裾が揺れる。
遠くでチャイムの音が聞こえた。
世界が動き出したのを感じて、私たちはゆっくりと顔を離した。
その瞳の奥に映る自分が、少しだけ笑っていた。
もう、逃げない。
──
【追記】
次話で第1部は完結となります。
ここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。
最後まで、楽しんでいただけると嬉しいです。
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