真夜中の秒針を聞きながら

植原もにみ



 ここ数年、四季がズレたような季節を過ごしている。


 夏には大雨が降り、9月の下旬まで猛暑が続き、少し秋らしい寒さがやってきたかと思えば、11月の中頃まで35度の猛暑日が続いた。

 しかし、12月になると思い出したかのように冬になる。一気に冷え込んで、通りからは救急車のサイレンが何回も響いていた。

 ……これはある年を例にしただけで、今年の話ではない。

 年号が変わる経験をしてからはこんな日々ばかりを過ごしている。よく生きていられるなと思う。


 生きられなかった人もいる。急激な温度変化で、体を壊してしまったり、持病が悪化したり……等々。

 僕もそういうヒトの類いだけれど、かろうじて生きている。


 寒冷蕁麻疹に耐えながら、ママチャリのペダルをこぐ。おおよそ3キロ先の職場までは、片道30分で辿り着ければよい方だ。


「いやしかし、痛いし暑いし、寒い」


 赤信号で止まっている内に、ウインドブレーカーのファスナーをおろす。

 じっとりとした長袖シャツの下は、毛細血管が赤く線を引いて、荒れたアスファルトのような肌が悲鳴を上げている。

 信号はすぐに青くなる。ぱたぱたとあおぐ間も無く、僕はママチャリをこぎ始める。

 隣町へつながる長い田舎道。車の通りはやや多く、寄り道ができるような店は少ない。

 大型トラックや社用車が走る脇を、せっせこと走っている。

 そうすれば、職場にたどり着く。ここで7時間ほど過ごす。


 それが僕の日常。何もかもを喪って、ことごとくを失なった男の、哀れで幸せな日々だ。


 ※


 今日も仕事が終わり、家に帰ってベッドへ寝転ぶ。顔を洗って歯磨きをして、うがいをして……あとは眠るだけ。そうして起きて、痛い思いをしながら職場へ行き仕事をして、また帰ってくる。

「なんて日々だぁ……」

 今日もいろんなことがあったというのに、ぼんやりと身体の力が抜けていく。

 思慮が夢に溶けていく。目蓋の内側が、暗く甘い眠りに溶けていって……何かが見えてくる。


 今日の夢が、見えてくる。


「こんばんは、籾さん」

 また現れた。僕の事を籾(モミ)さんと呼ぶ金髪ショートウルフヘアの碧目コーカソイドの女だ。

『また出た。君、ゲームで作った自キャラみたいでほんと嫌』

 僕≠籾は中指を突き立て悪態をつく。

「そう言わないで。今日はいかがでした?」

 いつも現れるこいつは、夢の中で今日の出来事を聞いてくる。(夢の種類には、ここ数日の出来事を整理するために脳でおさらいをするものがあるらしい)

『退屈、でも何事もなかった。平和』

「ならよかった。こっちはまた国がなくなっちゃいましたよ」

『大変だね。この前はスリランカって言ってたね』

「今日はアメリカでした。ボクは宇宙コロニーに住んでいるからいいけれど。籾さんと話すのも難しくなるかも」

『えぇ……そりゃ寂しくなるな』

「ボクも寂しいです。──忘れないでいてね」

 彼女の言葉と共に、夢が終わった。



 ※


 夢から覚めた。


 なんの夢だったろう。思い出せない。


 ただ、淋しい気持ちになったのは覚えている。

「なんだっけ……あの子」

 顔はうっすらと、憶えている。だが、名前は覚えていない。いや、名乗りあったか?

 二度寝をしようにも、もうすぐ仕事へ行く時間になってしまう。

 シャワーを浴びて、ママチャリに乗って、仕事をしよう。


 浴室へ入る前に、テレビをみていた。

 朝ドラが最終週を迎えるのだ。次週予告が始まる瞬間、一足先にニュース画面になった。

《速報です。只今東南アジアにあるバルデシネン国に、核ミサイルが発射されました。》

 言葉として、どうなっているのか。国営放送局のアナウンサーが、瞳孔をかっ開き、声を震わせ言い放った。


 →つづく


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