二日酔い探偵はログを見た。
マサモト
二日酔い探偵はログを見た。
久しぶりに酔いに酔った。
仕事明け、平日有給前に甘えて缶どころかボトルもいった。なんなら琥珀色のボトルが転がってる。ちゃんぽんマシマシ替え玉何杯だろう。考えたくない。
でも、昨日は本当に気持ちよかったのだ。
代償が気だるさと軽い頭痛で済んでいるのは運が良い。丈夫な内臓とお父さんとお母さんに感謝。そんな気持ちでごろりと横に転がったら、スマホがぺかぺか光ってた。
さあっと顔から何かがひく。
おそるおそる確認すると、どうやら友人と通話していた。アプリにメッセージログも残っていて、場所と電話番号、今日の待ち合わせ時間と友人の格好が記してある。
覚えてない。
ログのヒントはそこまでで、私は難事件に向き合わされた名探偵――の前で間違った推理をしなければならない脇役刑事の気持ちになった。今から友人に連絡を取って「ごめんごめん、酔ってた!」と軽く始めたら、「仕方ないなー」なんて答えてくれるという気持ちは、続きのログで吹き飛んだ。
「頼りにしてるからね」
思ったより、大きな約束だったようだ。聞けば私の株価は損切りまで落ちるだろう。いやいや諦めるのはまだ早い。
この友人とはそこそこ親しく、最近はご無沙汰。ログを見ると再び会う約束をした。よしよし、随分と冴えている。頭痛もいつのまにか吹き飛んでいる。刑事はここから名探偵に成り代わることだってできるかもしれない。
次に私は部屋を歩き回り、酒瓶を並べる。最初に開けたのはこれ、次はこれ、エアつまみを持ってきて口を開ける。昨日の動きをできるだけ再現すると、ふんわりと記憶が降ってくる。
そうだ、友人は私に恋人の相談をした。
相手は確か「エンジニア」で、「まだ若くて収入不安定」で「でも私は逆プロポーズするつもり」なんて結びだった気がする。よしよし、だいぶ思い出してきた。
なかなか私の脳細胞は頼りになるようだ。きっと友人からの頼みは恋愛相談だ。頭の中の名探偵が自信満々に告げる。
そんなことをしていたら、支度時間を尽きようとしてた。
待ち合わせ場所の友人は少しおしゃれをしていて、私は挨拶の後に適当に頷きながら後をついて行った。流されるままに入ったのは小洒落たカフェじゃなくて、小劇場。
まさかこれは、まさか。フラッシュモブなんて奴じゃないだろうか。舞台役者も周りもグルで、プロポーズなんかしちゃうやつ。これがディナークルージングなら庶民の手は届かないけど、昼の小劇場なら安く借り上げられそうだ。我が友人ながら、頭が良い。名探偵も感心している。
しかし、私は何も分かってない。山場はどこだ。エンジニアの彼氏はどこだ。私はどこで立って拍手をして踊ればいいんだ。
劇から推理するしかない。私は身を乗り出して集中する。アルコールで活性化した脳細胞ならできるはずだ。
汗を光らせる熱意ある役者たち。目を光らせる私に友人はどこか感動していた。
話の内容は、昔のSF映画みたいな宇宙人が地球にやってきて、ニュースで見たことある賢いお猿さんが唯一コミュニケーションがとれて、なんとかなったみたいな、そんな筋書きで終わってしまった。
カーテンコールで、やや顔が濃い目の青年が毛だらけの衣装で頭を下げている。
私は拍手をしながらつぶやいた。
「猿人やん」
約束はシラフでするものだ。名探偵もそう言っている。
二日酔い探偵はログを見た。 マサモト @ri_mist
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