第6話 水晶の人形と赤い鬼
俺は言葉を失ってしまった。あの藪酒の眼帯の奥にはキラキラと輝く水晶のような球体が埋め込まれていた。悪役面の顔の皮膚が左目を中心に放射状に裂けていき、その水晶のような球体……彼の顔の半分ほどもある大きさの球体がコロリとテーブルの上に落ちた。
その球体も表面が放射状に開き、その中に水晶で出来ている小人がいたのだ。その美しい水晶の小人は、あの悪役面とは似ても似つかない愛らしい容姿だった。
「これが俺の本体だ。いわゆる鉱物系の人類ってやつだ」
その声も可愛らしい。
「セナ、お前の姿も見せてやれよ」
「わかった。驚かないでね」
セナの皮膚は赤黒く変色していき、額と頭頂部に計五本の短い角が生えてきた。その姿はまるで昔話に出てくる赤鬼のようだった。
「やっぱり驚いてる。開いた口が塞がってないわね」
驚かないでと言われてもやはり驚いてしまったようだ。俺は右手で顎を押さえて口を閉めた。
「言葉を失っているな。じゃあこの世界について何を知っている?」
藪酒に質問されたのだが、実は特に意識した事が無かった。非常にリアルでゲームのような世界だと思うのだが、俺がどうしてここに来たのか、ここで戦っている理由は何なのかよくわかっていなかった。
「いや、よくわかっていない。構成員にPCとNPCがいる事は分かっているんだが……整備員や事務員のほとんどはNPCで、パイロットは全てPCだ。これはまるでゲームの世界だよ」
「よくわかってるじゃないか。まるでゲームではなく、ここはゲームそのものだよ」
可愛らしい水晶人形が喋っている。しかし、語っている内容は突拍子もない。
「しかし、俺がここに来た理由はよくわからないし、ここに来る前の記憶も曖昧だ」
「普通はそうだよ」
「普通は? じゃあ普通じゃないヤツもいるのか?」
「ああ」
藪酒……いや、可愛らしい水晶の人形がセナを指さした。
「彼女は普通じゃないのか?」
「そうだな」
セナも頷きながら微笑んでいる。赤鬼が笑っているのは少し気味が悪いかもしれない。そのセナが口を開く。
「そもそも、ここが何故存在しているのか? その理由を知りたくないの?」
「知りたいさ。自分の存在意義がはっきりわかるだろう」
俺はセナの問いに即答した。セナは話を続ける。
「宇宙にはたくさんの星がある。そこには様々な種族が住んでいる」
「そうだろうな。じゃあ、君たちはその異星人という理解で良いのか?」「ええ、そうね。そしてその種族の科学技術や精神性は全く違っている。中には数億年も進歩している先進種族がいるの。ここはね、その先進種族……彼らはアロストタリスと名乗っている……が作り出した享楽の世界。ゲームの世界なの」
「ゲーム……このリアルな戦争がゲームだというのか
「ええ」
アロストタリス……先進種族……それがどんなものなのかは分からないが、恐らく闘犬や闘牛などを行っている人間と同じ感覚なのか、あるいは、蟻や蜂などのテリトリーを重ねて戦わせるような行為かもしれない。
「何故それを知っている?」
俺の問いに対し、セナは額に生えている角を撫でながら微笑んだ。
「この角はね。ちょっと特殊なの」
「特殊?」
「そう。人の心を見ることができるの」
「心を見る? どういう意味だ?」
「そのままんまよ。見えるの。心がね」
ちょっと理解が追い付かない。しかし、目の前にファンタジー世界の住人であるかのような赤鬼と水晶人形がいるのだ。ここは信じるしかないだろう。
「恋人が失踪したの」
「君の恋人が異星で……という理解で良いのか?」
「ええ、そうね」
彼女の話は続く。
要は失踪した恋人を捜索する過程で、この世界……異界アルスという……に辿り着いたらしい。
彼女の恋人は戦士であり武術の達人だった。しかし、彼はとある戦役で負傷し半身不随となった。その、半身不随の彼が失踪したのだ。
「探した。そして捕まえたの」
「恋人を?」
「いえ、彼をそそのかした人物をね」
「意味が分からない。失礼な言い方だが、戦士としては終わっているんだろ?」
「そう。意味が分からない。最初は臓器の提供や献体かと思った」
「だろうな」
「でも違っていた。彼はここ異界アルスの戦線に志願したの。彼の体を元に戻してくれるという条件で」
「そんな事が可能なのか? いや、先ほど先進種族と言ったな。それなら肉体の再生も可能という事か?」
「そういう事ね。戦争で手足を失った兵士の体を元に戻して再び戦えるようにする。そんな条件でスカウトしているのよ」
宇宙が誕生して130億年経過しているらしい。ならば、俺たちより数億年進歩している先進種族がいても不思議ではない。その先進種族に俺たちは遊ばれているという事か。
「名目上は宇宙の平和を守るため」
「宇宙の平和? 遊びで戦争をしてか?」
「ええ。裏宇宙からの侵略を阻止するためだと。体が欠損していたり死にそうになっている兵士は、世界を、宇宙を守るためならと、もう一度立ち上がる者が少なからずいるの」
「もしかして俺もそうなのか?」
「そうね」
ゲームのような世界だと思っていた。しかし、こんなSF世界の中に自分が放り込まれているとも思ってもみなかった。
蒼空の死神 暗黒星雲 @darknebula
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