第5話 藪酒とセナ
俺はシャワールームで汗を流し、用意されていた下着と部屋着に着替えた。ワンルームでトイレとシャワールーム付きだがキッチンはない。小型の冷蔵庫の中には缶ビールとミネラルウォーター、コーラなどの炭酸飲料、そしてつまみの缶詰などが入っていた。
水でも飲むかとミネラルウォーターのボトルを掴んだところでセナが部屋に入って来た。手押し車の上には湯気を立てているハンバーグが二皿乗っていた。
「お前も食べるのか?」
「もちろんよ。お腹すいちゃった」
なるほど。システムが作った
セナが食器を二人掛けのテーブルに並べる。ハンバーグとフライドポテトやサラダが盛られた皿とマグカップに入ったスープ。それと大盛りのどんぶり飯と小盛りのご飯だ。
「ほら。ふりかけも用意してあるよ。しそわかめが好きなんでしょ? それ、おいしいよね」
「ああ、ありがとう」
何で俺の好みを知っているんだ?
いや、俺の事などとうに筒抜けになっているのだろう。深く考えても仕方がない。今は食欲を満たす事だけを考えるようにする。
どんぶり飯の上にしそわかめを振りかけて一口頬張る。その後、ハンバーグを箸でちぎってから口に放り込む。柔らかくて肉汁が溢れる上物のハンバーグだ。たっぷりとかかっているデミグラスソースもコクが深くて美味い。
「これ、美味いな」
「でしょ? ここの料理は最高なのよ。あなたがいたティターニア空軍と比較してどう?」
「ハンバーグならこっちが上だ」
「よかった」
セナがニコリと笑う。彼女は小柄でありながらよく食べる。本当に美味しそうに食べるその様は気持ちがいい。
トントン。
ドアをノックする音だ。
俺が返事をする前にドアが開き、あの悪役面の藪酒が入って来た。
「よう。邪魔するぜ」
「呼んでないが」
「気にするなよ」
鷹揚というか横着というか、とにかく厚かましい男だ。ずかずかと部屋に入り込んできた藪坂は、どかりと俺のベッドに腰かけた。そして食事をしている俺たちを見つめながらニヤニヤと笑っている。
「そいつは無理だね。お前みたいな悪役面が傍にいて落ち着いて飯が食えるかって話だ」
「そりゃそうだ。その気持ちは分かるぞ。しかしな、俺の話は聞いといたほうがいい。絶対に得をする」
「ああそうかい」
「ついでに言うと、お前の目の前にいる
「ブッ!」
口の中の物を吹き出しそうになってしまった。幸い、正面に座っているセナに飛び散ったりはしていないようだ。
「脱がなくてもわかるわよ。本当の姿は」
「ああ、そうか。そうだったな」
何故か二人は納得している。俺にはさっぱりわからないのだが。
「お前たちは親しいのか?」
「まあな」
「そうよ」
「どんな仲なんだ?」
二人が肯定した。これは恋人同士なのかもしれない。そりゃそうだ。自分の女が初対面の男と個室で食事をしているなら、その後に何か間違いが起こってしまうのは阻止したいだろう。そういう意味なら、食事中に部屋に入って来たのは納得できる。
「気になるか?」
「もちろんだ。個室で食事してる最中に入って来たんだからな。相応の理由があるに決まってる」
「相応の理由か?」
「ああ。恋人関係とかのな」
「ククッ」
「なぜ笑うんだ?」
「的外れだから。普通の人間の考える事は面白い」
「普通の人間だと?」
「ああ、普通の人間だ。お前みたいな」
俺は自分の事を普通だと思ったことはない。むしろ、戦う事、殺し合いに生きがいを感じている危ない人間だと自覚している位なのだが、悪役面の認識は違っているようだ。ヤツのニヤニヤ笑いは止まらない。
「セナ。食事を済ませたらテーブルの上を片付けてくれ」
「わかった。早速見せてあげるのね」
藪酒はセナの言葉に頷いてから、左目に当てている黒い眼帯を外した。
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