第3話禁断の巻物と小さな奇跡

「……おはよう」

7月1日月曜日、朝7時40分。いつもより30分以上早く投稿した私。

教室に入るなり、隣のチビ女が目に入った。相変わらず返事は帰ってこない。既に机の上には新しい巻物を広げ、2Bの鉛筆でガリガリ書いていた。今度のは赤い巻物だ。

てか絶対に私が1番乗りだと思っていたのに、もういるのかよ。早く来た意味ないじゃん。


「ねえ伊賀忍。あんたさぁ、いつからいんの?」

また顔にダラダラ汗をかいている。人形のような綺麗な顔をしてるからか、それとも私が慣れたのか。不思議と不潔なイメージはない。ハンドタオルで顔を拭くとようやくこちらに気づいたようだった。

「う、うぇ、おはよう桜井美沙」

いつのまにか呼び捨てになっている。私も呼び捨てにしてるし、まあいいけど。


今日は足の調子が良くない。早く行かなければと焦ったのか、ズキズキと痛みが波打っていた。

私がなるべく膝を曲げないように机に腰を下ろすと、途端に強烈な視線を感じる。

伊賀忍だ。何も言わず期待を込めた笑顔で、「渡せ」と手を出してくる。

予想通りだ。こいつの性格なら絶対に催促してくると思った。それが嫌だったから先に教室で聞きにくい空気を作ろうと思っていたのに、全部先回りされていた。

私はためらいつつバッグの中から巻物を取り出すと、待ちきれない犬のように巻物を奪う伊賀忍。乱暴に広げると早速自分の世界に入ってしまった。


先週金曜日、伊賀忍から受け取った巻物。もとい禁書。

伊賀忍は自分の書いた男同士の恋愛小説を私に読めと言い、あまつさえラストシーンにあたる主人公のセリフを私に一任してきやがった。

「言っとくけど、期待されても困るから。私国語苦手だし、こういうのよくわからないし」

予防線を張る私には全く興味はないのか、鼻息をふんふん言わせながらラストシーンを読み進めていく。

その無言の1分間が地獄だった。やがて彼女はピタッと硬直し、数秒固まったあと、目の前の虚空を見詰めながら呟いた。


「【たとえお前が戦国時代にいても、必ず私が探し……】」

「やー!!やめろやめろやめろ!声に出すなあ!!」

反射的に巻物を取り上げる。呼吸が一瞬で乱れ、今度は私の方が顔に汗をかきそうだった。

こいつ、何考えてるんだ。こういうのは配慮するのが女子のマナーだろ!

文句を口に出そうとする直前、言葉が詰まった。伊賀忍が大きな瞳でまっすぐこちらを見ている。

「……隅々まで読まないと、このセリフは出ない」

伊賀忍がぼそっと呟いた。

「桜井美沙。あたし、嬉しい」

これまで不気味なにやけ顔しかできなかった彼女が、初めてナチュラルな笑顔を見せた。巻物を大事そうに胸に抱え、喜びのエネルギーを一切の惜しみなく、私に向けていたのだ。


「あ、いや、まあなんか面白かったし?えっと、ありがとう」

なんかよくわからんが感謝していた私。実際面白かったのも事実だった。いや、凄く面白かった。こういうジャンルに疎い私でも、読む手が止まらなかったくらいだ。

小学生の頃、バレーを始める前。自分も好きでこういう作文みたいなのをノートに書いていたのを思い出していた。


けどなぜか気恥ずかしくなってしまい、顔を背けてしまった。にも関わらず伊賀忍はおかまいなしに喋りかけてくる。

「ねぇ、桜井美沙。今度あたしの家に来てよ。まだいっぱい見せたい小説、あるんだ。きっと気に入るもの、あるよ」

「なによそれ。それってもしかして全部巻物?あんた名前通り忍者じゃん」

「にんじゃじゃん」

「うるさい」

こいつ急に距離感縮めてきたな。なんかオタクって感じ。


窓の外ではちらほらと、登校してきた生徒たちの声が聞こえてきた。もうすぐこの教室も生徒たちで埋まっていく頃かな。

私はふと、自分の左膝を見た。いつの間にか、痛みは引いていた。

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伊賀のマキモノ じろ @pink_sjiro

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