パラレルスコープ

川北 詩歩

平行世界の俺たちへ


 鈴木孝晃すずきたかあき(29歳、無職)は、ネットの海を漂うのが日課だった。冷蔵庫には賞味期限切れのヨーグルト、部屋には空のペットボトルが転がる。そんな彼の聖地は、怪しい通販サイト「damason」。詐欺臭プンプンの商品群に心躍らせ、彼は運命のアイテムを見つけた。


『パラレルスコープ ¥3,480(送料別)』


 説明文には「平行世界の自分を覗き見! 万華鏡を覗くだけで、別の人生が丸見え!」とある。見た目は子供のオモチャみたいなカラフルな万華鏡。レビューは「星5:人生変わった!」「星1:目がチカチカしただけ」とカオスだが、孝晃は即カートへ。送料1,200円に軽くイラッとしたが、ポチった。


 届いたパラレルスコープは、100均の玩具そっくり。プラスチック製で、回すとカタカタ音がする。「安っぽ…まあ、3,480円だし?」と孝晃は説明書を読む。


≪スコープを覗き、『パラレル!』と叫ぶだけ≫


 早速、部屋の電気を消し、ワクワクしながら叫んだ。


「パラレル!」


 スコープがキラキラ光り、映像が浮かんだ。そこには…高級スーツの孝晃! タワマンのオフィスで、社員に指示を飛ばすCEOだ。


「うおっ! エリートだ! 俺、こんな成功者になれたの!?」


 高級車のカギをジャラつかせ、自信満々の笑顔。孝晃は興奮でスコープを握り潰しそうになった。


 

 それ以来、孝晃は連夜、スコープにハマった。


 次は「ロックスター孝晃」がモヒカンに革ジャン、スタジアムでギターを掻き鳴らす。


「うっひょー! 俺、カッコよすぎ!」


 さらに「シェフ孝晃」「冒険家孝晃」と、輝く自分を次々発見。毎晩「パラレル!」と叫び、夢のような人生に酔いしれた。



 だが、ある夜、事件が。

 いつものように「パラレル!」と叫ぶと、スコープに映ったのは…ボロアパートで、床に寝転がる自分。画面の孝晃は「またハロワで門前払い…」と呟き、空の冷蔵庫を眺める。


「待て待て! 俺の今じゃん! 平行世界どこ行った!?」


 慌ててスコープを振るが、映像は現実のまま。説明書の隅に「※たまに現在地を表示」とある。


「おい、damason!ふざけんな!」


と孝晃は叫んだが、スコープは無情にも惨めな自分を映す。


 翌日、気を取り直して覗くと、「大富豪孝晃」が登場。豪華な別荘でワインを飲む姿に「よっしゃ、これだ!」とテンションアップ。だが、よく見ると大富豪なのに…なんか孤独。広すぎる家に一人、執事ロボットだけが相手。「金あっても寂しいじゃん…」とポツリ。


 次は「家庭人孝晃」。妻と子供に囲まれ、幸せそうな笑顔。だが、家計簿とにらめっこで「ボーナスまでキツいな…」とため息。


「普通も悪くねえけど、地味に大変!」


 さらに「忍者孝晃」「宇宙パイロット孝晃」と、ぶっ飛んだ自分からリアルな自分まで、スコープは容赦なく見せつける。しまいには「引きこもり孝晃」が登場し、老いた親に「働け!」と怒られる姿に「うわ、黒歴史!」と悶絶。


 ある夜、疲れ果てた孝晃はスコープに呟いた。「…どの孝晃も俺だろ? 成功しても失敗しても、結局俺じゃん。」すると、スコープが突然暗くなり、キラキラ文字でこう浮かんだ。



『お前、気づいたな。合格!』



「は!?」


 次の瞬間、スコープが勝手に光り、映し出したのは「ちょっと頑張る孝晃」。

 バイトをこなし、夜に資格勉強をする地味な自分を見て、思わず苦笑した。


「…まあ、これが今の俺に近いのかもな。」


 それ以来、彼はパラレルスコープを机の引き出しにしまった。時々、輝く自分を覗きたくなるが、「今の俺でいいや」と笑えるようになった。どの世界の孝晃も、結局は自分自身なのだから。



(終)

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