第3話 主人公、ヒロインを置いて逃走

 クレープを食べ終えた俺たちは、ひとまず人の流れに乗って街を歩き出した。  

とはいえ会話が弾むわけでもなく、どこかぎこちない沈黙が続く。


「……こういうの、なんて言うんだったかしら」


「何が?」


「人間で言う“苦行”?」


「お前な……」


 こいつ変な日本語覚えあがって。


「人間世界って不思議よね」


「不思議?」


彼女は首を傾げながら呆れたように言う。


「付き合うだとか、結婚だとか形に捕らわれるのかしら」


 狐娘は人混みの先を見ながら、わざとらしくため息をついた。


「好きなら一緒にいればいいし、嫌いなら離れればいい。それだけのことでしょう?」


「……まあ、理屈はそうだけど」


「それをわざわざ契約みたいに誓って、紙に書いて、宴を開いて……人間って本当に面倒臭い種族ね」


「そういう文化なんだよ。」


「互いにいたいなら一緒に居ればいいだけの話じゃない。なんでわざわざ互いを縛り付けるのかしら」


 狐娘は首をかしげながら、耳をぴんと立てる。


「鎖で繋ぐみたいに、誓いとか契約とか、面倒なだけじゃない」


言われてみればそうかもしれない。


彼氏に彼女。旦那に妻。


それぞれの言葉には相応の責任があり、互いの関係に不相応な行動には社会的にも法的にも制裁が下る。


ただの関係だけでこんなに面倒くさい物はない。


「たぶんちゃんと約束しておかないと、不安になるんだ。裏切られるんじゃないかとか、いなくなっちゃうんじゃないかとか」


とりあえず思いつく言葉をあげてみる。


「ふん。愚かしいわね」


「それはお互い様だ。お前もいつか恋すればその気持ちが分かるかもな」


狐娘の言葉にも納得する所はあるけど、言い負かされたような気がすがするのもいやなので思わず憎まれ口を叩く。


「じゃあ少なくとも後1年は分からないわね」


「それは何より」


「あなたは恋をしたことがあるの?」


「この歳になれば何度かはな」


互いにきつい言葉の投げ合いではあるものの何とか会話としては成立していた。


無言でそこら辺をぶらぶらと歩くよりはまだマシだろう。


そんな不毛なやりとりを続けていると、不意に細い路地の奥から、かすかな泣き声が聞こえた。

 立ち止まった俺に、狐娘が小さく首を傾げる。


「子ども……?」


 声の方を覗き込むと、そこには膝を抱えて座り込む小さな影があった。


 青いぼさぼさ髪を肩まで揺らし、顔には変な仮面をつけていて見慣れない服装――人間じゃない。妖怪だ。


「ど、どうしよう。なくしちゃった……」


 俺は反射的に聞こえない。見えていないふりをして路地を通り過ぎる。


こうゆうのは関わるとロクなことない。


 しかし、隣の狐娘がすっと曲がり細い路地をスタスタと歩いて行く。


「俺は行かないぞ」


立ち止まって彼女を見つめる。


「どうぞご自由に。最初から当てにしてないわ」


冷淡に彼女は返す。


「俺は関わるのはごめんだ」


俺はまた視線を人通りの多い町中に戻して彼女をおいて歩き始めるが少し引っ掛かり足を止める。


「何でお前は助けるんだ?」


狐娘は足を止め振り返らずに答える。


「弱い者が困っていれば強い者が助ける。当然のことよ」


「そうか」


俺は一人町中に消えた。


「何を無くしたのかしら」


お面を付けた妖怪は彼女に近づき膝を屈め目を向ける。


「お姉さんだれ?」


「大妖怪が狐族の強くて恰好良くて美人で可愛い一人娘よ。それでいったい何を無くしたのよ?」


「えっと、友達と一緒に作ったお守り」



 青い髪の小さな妖怪は、仮面の奥から涙で潤んだ目をのぞかせた。


「すっごく大事だったのに……気づいたらなくなってて。あの子に会えないよ」


 狐娘はしゃがみこみ、彼の目線に合わせる。


「なるほどね。じゃあ一緒に探してあげるわ」


「ほ、本当……? でも、お姉さんに迷惑かけちゃうよ」


「迷惑なんて思わないわ。これも私の仕事のひとつよ」


 狐娘は自信たっぷりに微笑みぴんと立った耳が揺れ、その姿は確かに誇らしげだった。


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政略結婚の許嫁は狐でした @Contract

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