切ない届け物【1分で読める創作小説2025】

東音

第1話 

 齋木祥太は、駅に着いた時、頭を抱えた。これから彼女との交際1周年記念デート。だが、渡す予定のプレゼントを、会社のデスクに置いてきてしまったのだ。


 今から取りに戻れば遅刻は必至。祥太はため息をつき、彼女に携帯で連絡することにした。


「あ。ごめん、約束の時間に少し遅れてしまいそうなんだけど……、え? 何だって……?」


 祥太は電話の向こうの彼女の言葉を信じられない気持ちで聞いていた……。       


 短いやり取りの電話を終え、祥太が呆然と立ち竦んでいると……。


「あ! いたいた! 齋木く〜ん!」

「……! 玉田先輩!」


 眼鏡をかけたスーツ姿の女性がこちらに手を振って駆け寄って来たので、翔太は驚いた。


 彼女は、さっき出掛けに、領収書の不備で祥太に小言を言って来た経理の玉田麻希先輩だ。


 また、何か怒られるようなミスがあったのだろうかと固まった祥太だったがが……。


「ハイ! これ、机の上に忘れていたよ?」


 麻希に見覚えのある紙袋を渡され「えっ」と目を丸くした。それは、取りに戻ろうとしていた彼女へのプレゼントだった。


「彼女さんに渡すプレゼントじゃないかって周りの人に聞いて、慌てて追いかけて来たのよ。改札入る前に会えてよかった」


「ありがとう……ございます……。何とお礼を言えばいいか……」


 思いがけない親切をしてくれた彼女に戸惑いながら、祥太は礼を言った。


「いや、大げさ。 私も買い物に来たついでだから! 早く彼女さんのとこ行ってあげな?」


「あっ。それが、すみません。せっかく持って来て頂いたんですが……」


「ん?」

 

 不思議そうに首を傾げる彼女に祥太は事情を話した。


「そっかぁ……。振られちゃったのか……」


「はい。彼女の好きな曲を入れたオルゴールをプレゼントしたかったんですが……」


 プレゼントの包みを開いて、オルゴールのゼンマイを巻くと、ポロンポロン……とメロディーが流れ始めた。


「最近知り合ったバイオリン奏者を好きになっちゃったんですって。そりゃ、生演奏の方が良いに決まってますよね……」


 祥太が苦笑いしていると、隣からポンと肩に手を置かれた。


「辛い話だね……。でも、彼女さんは勿体ない事したと思うよ。私は、齋木くんの心が籠もったこのオルゴールの音色、生演奏に負けないぐらい素敵だと思うから……」


「玉田先輩、ありがとうございます。忘れ物を届けて下さって」


 祥太は目の縁を袖で拭い、温かい言葉をかけてくれる彼女に、笑顔を浮かべたのだった。

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切ない届け物【1分で読める創作小説2025】 東音 @koba-koba

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