喰らえ仔の恨み! 呑め‼︎ 藤戸の海に融けこませし、とこしえの邪念を

この人(日暮さん)は藤戸の海に憑かれているようだ。。
わたしの直に目にしたことのない海はきっとそれほどうつくしいのだ、人が憑かれてやまぬほど。
そこはちょっと(ものすごく)羨ましい、ねたましくもある。
前作「流刃秘抄」に登場する藤戸の地の特徴も興味深かった。
湾を入江をかたちづくる、長の時に侵食されし地形はファンタジーと相性がいい。東京湾でこの話は思いつかないし、伝承がお能にまで引き上げられることはまずない。九十九里浜でもそりゃ無理だろう。
内海の持つロマンが、物語作りの発熱機関(ダイナモ)を圧縮・燃焼させ起動して幾多の伝説を出産させるのだろうか?
もちろんそれは人という邪な精神を宿す存在がいてこそだけど。
物語の物語性には、この邪な……いかがわしさに惹かれてやまぬ……人間精神の業が必要だ、コクを出すために。藤戸の海水を煮詰め、魚介のアラ(怪しい)も惜しみなく放り込んだ特製の出汁が必要だ。
うちの亡き師匠(中島梓)もよく小説の書き方を料理作りに喩えたなあ……懐旧……クトゥルーものを読もうとすると、特に海系の"神"が出てきそうになると、強く、悍ましき独特な異臭、邪神の体臭が嗅ぎとれる特異体質になってしまった。(←なんでも偉大な師匠の責任にするな!)

読み手の方は、この藤戸の風光明媚(に違いない)の景観から、作者の筆を溢れるあやしい潮の香の変容から、メインディッシュ(巨濤竜料理)までを味わってほしい、つぶさに。


それでも私はラストの、惨たらしい歴史をも穏やかな波に隠しぬいてなおうつくしい時の女神の嗤い面(がお)が好きかな。それが書き手とリンクするから……。