無問題
望月おと
無問題
エアコンの設定は二十八度。生ぬるくてよくない。鳥が鳴いている。朝から元気に。けたたましく。うるさい。天気はいい。だから、癪に障る。曇天だったなら、少しは、私の気分にも言い訳が立つのに。晴れているから、私が不貞腐れていることに、妙な罪悪感が生まれる。晴れた日の陰鬱は、なんだか人間性を問われている気がして、嫌だ。無理だ。私には問いに答えられるほどの器はない。少なくとも、キッチンの棚には見当たらなかった。
何もしていないのに、疲れている。いや、何もできない自分に呆れているだけか。やらなきゃいけないことは山ほどあるけれど、やりたいことがない。だから、暇だ。ふっと、消えてしまいたい。そういう柔らかい怠惰に、私は優しく包まれている。
やさしい人間になりたい。人を傷つけず、微笑みの似合う、そういう人物に。でも、やさしくない人を見ると、何故だか苛立ってしまう。なんでそんなことができるのだろう、と内心で軽蔑している。底辺から見下しているのだから、器用なものだ。感心する。意地悪な人が不幸になったとき、私の中の誰かが笑う。「ざまあみろ」と。その誰かを飼っている限り、私は、やさしさをただの鑑賞物としてしか見られない。
嫌いな人がたくさんいる。もし会ったなら、たぶん、笑う。にこにこと、ヘラヘラと、下手な役者みたいに。誰にも怒られたくないし、嫌われたくもない。言いたいことは、全部、飲み込んでいる。中身がどんなに腐ってようと、服を着ていれば無問題。吐き出してしまえば、みんながびっくりしてしまうからね。隠していた方が幸せなんだ、私も、みんなも。家に帰って、一人きりになって、膨れた腹を見下ろす。そのときに思うのだ。「ああ、自分、大嫌い」と。
でも、あなたには嫌われたくない。これが一番始末が悪い。
幸せは、怖い。いつか終わると、知っているから。だから、いつも少し、構えている。楽しいことは、好き。笑うのも、好き。でも笑ったあと、必ず疲れる。楽しい時間の裏には、広すぎる天井と、静かすぎる部屋と、喋らないスマートフォンがある。孤独が、やけにべたべたとまとわりついてくる。それが、たまらなく嫌いだ。
愛してほしい。こんな私を。こんな私などと吐き捨てる前に、肯定されたい。毎日そう思っているのに、いつも先に「期待しないで」が出る。だって、裏切るのはいつも自分だから。もう、習慣になってしまった。
私は、普通じゃない。ずっとそう感じている。劣っている。生まれつき。
ウチはウチ。ヨソはヨソ。
実家ではよく聞いた言葉だけれど、今の私には効かないらしい。優秀なみんなが、前に進んでいくのを、私はただぽかんと突っ立って見ているだけ。
あの子は私よりやさしいし、
あの子は私より賢いし、
あの子は私より綺麗だし、
あの子は私より真面目だし、
あの子は私より面白いし、
あの子は私より気がきくし、
あの子は私より純粋だし。
みんな、何かしらを持っている。なのに私は、何一つ持っていない。全てが中途半端。少し手をつけては、投げ出す。根性?そもそも根がない。落ち葉。ガラクタ。どうしようもない。
劣っていても、認められたくて。
劣っているから、泣きたくなって。
劣っているから、逃げ出したくて。
劣っているから、それを隠して。
劣っているから、全部が怖い。
あなたは笑っている。私の前で。その笑顔が崩れる瞬間がよぎって、一緒にいるのに一人のような気持ちになる。
たまにね。
助けてとも、分かってとも思わない。
ただ、期待しないで。裏切るから。
でも、やっぱり、どうか見捨てないで。
一人になると「消えたい」などと口走って、感情に浸るくせに。朝が来れば、ちゃんと目を覚まして、顔を洗って、お腹を鳴らして、きちんと満たして。それなりに生きる準備は整えている。怠惰はいつも、ほどよく現実的だ。
ああ、滑稽、滑稽。
誰か拍手のひとつでも送ってくれないか。
無問題 望月おと @m_oto_o0
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