【終章 ドメイオ・ナー・ダグ(宿命、そして殺戮)】

二人の進む道

「歴史が動き出したのね」

 一部始終を見ていた少女は独言ひとりごちた。

 ―― そうなのですか? お姉様。 ――

 光でも数億秒も掛かる遠い彼方から、彼等一族でも最年少の弟分が訊ねた。弟分は貴種天人リイェイッカとそっくりな姿をしているが、少女は人類にそっくりなものの貴種天人リイェイッカとは異なる容姿をしている。西洋人にそっくりなのだ。

 しかし彼らの姿は仮の物であり、本当の姿は人類や貴種天人リイェイッカとは似ても似つかない。また分裂でなく交配によって子孫を作るが、性別を持たない。つまり見た目の性別は便宜上の設定でしかないのだ。しかし彼等自身はその性別を演じることを楽しんでいた。

「ええそうよ。でも生まれたばかりでまだレナンも持たないあなたには分からないでしょうね」

 教え諭すように弟分にそう答えた少女、モリガンは膝を抱えて座った姿勢から体を伸ばし、寝転がった。水面からわずか二センチほど浮いたまま、大気の底から宇宙を眺める。夜空は、この惑星の磁気が生み出した輝きによって彩られている。いわゆるオーロラである。

 ここは太陽系ソラリス第三従星ユースレイフルーク『地球』、メツァ湖水ヤルヴィの国フィンランドで最も美しいと言われる南西部。フィンランド神話『カレヴァラ』の発祥地でもある。その地に数十万とある湖水ヤルヴィの一つだ。

「わたくしたちは常に歴史の傍観者に過ぎません。ただ見守るだけです。だからせめてベデュアの如き力を得る一四の特異な準結晶器ミエニキアーファの中でも更に特別な、代償を伴う三つの準結晶器ミエニキアーファ、他の一一の準結晶器ミエニキアーファを遥かに凌駕する二つの準結晶器ミエニキアーファと、ベデュアへと昇華を導く、全ての準結晶器ミエニキアーファの王たる一つの準結晶器ミエニキアーファ、これら三つの集うさまを見届けましょう」


 彼女がこの惑星にやってきた、まだ氷河期だった一万九千年前は、かつてこの欧州で繁栄したネアンデルタール人は既に滅び、生存競争サバイバルの勝者となった現生人類ホモ・サピエンスが闊歩していた。モリガンは欧州中を渡り歩き、クロマニヨン人や、更に後の時代のバスク人の社会に紛れ込み、文明が本格的に発展しだした後もケルト人、ローマ人、ギリシャ人、ゲルマン人、バルト諸族、そして東方からエストニアのヴィロの地にやってきたフィン族の暮らしの中に入り込んだ。

 彼女は常にこっそりとしか人々と関わらなかった。ある勤勉な妻が疲れてうたた寝をしている時は、密かに料理や裁縫を完成させてあげた。またある男が森で遭難した時は、一瞬で仮の家を造ってそこに住んでいる風を装って男に食事とベッドを提供し、寝ている間に男を人里の近くまで運び出した。

 彼女が人類に披露したは常にささやかなもので、人々を少し驚かせたり、少し幸福を与える程度のものだった。にもかかわらず、人々は彼女を崇め、時には恐れた。彼女はある時は『魔女』、ある時は『妖精』、またある時は『女神』とさえ呼ばれた。ブリテン島とアイルランドのケルト人はモリガンを『運命の三姉妹の長女』と見倣し、または神々のおさたる女神ダヌーとさえ同一視した。イタリアでの蜃気楼の呼称『ファタ・モルガーナ』は彼女に由来する。後世まで語り継がれた伝説がアーサー王の物語に取り込まれたことは誰もが知るところである。

 モリガンは生きることに疲れていた。

 だから待ち焦がれていた。

 ベデュアへと加速進化し旅立った創造者ヨールアーが予言した、一組の少年少女、プミアィエニと伊佐那 潤が彼女のもとに辿り着くことを。

 少年と少女は血塗られた宿命ドメイオに翻弄され、ギュースの意識に苦しむだろう。

 だから最後には二人に幸福イーファが訪れるよう、モリガンは創造者ヨールアーに祈らずにはいられなかった。

 しかしながらモリガンは、それでも伊佐那 潤の来訪を、彼の犯すギュースを待ち望んでいた。




 少女プミアィエニは数十億人を殺し、

 少年ジュンはモリガンを殺す。

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真実のエイナローセ 音寝 あきら(おとねり あきら) @otoneriakira

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