―― スノワー(英雄) ――

 抵抗組織ヴァランデノータが見守る景映面メプネーンに突然、大きく『[Ⅻ]一〇アイン』(十進法ウーインコフヨーでは一二)という数字が現れた。

 抵抗組織ヴァランデノータの面々はその意味を知っている。戦団ダーナー灰色雫デールポリンの残機数だ。幾つかの画面に分割された景映面メプネーンには、生き残っている敵の一二機の灰色雫デールポリンが全て映っていた。

 灰色雫デールポリンがまた一機撃墜される。

 数字は『[Ⅻ]bイェーイク』(十進法ウーインコフヨーの一一)に変わった。

「見ろよ、後[Ⅻ]bイェーイクだ」

 ヴェロンズィが言った。

 また一機撃墜される。

[Ⅻ]aウーイン十進法ウーインコフヨーの一〇)!」

 誰かが数字を読み上げた。

[Ⅻ]九オートゥン!」

 今度はコーリンだ。

[Ⅻ]八イール!」

 いつの間にか、合唱になった。

[Ⅻ]七フェア!」

[Ⅻ]六ウヴェン!」

 敵が撃墜され、数字が変わるたびに、全員で読んでいく。

 リアサターセとスフォーセネ、そしてプミアィエニが部屋に現れたことを誰も気に留めない。

 数字はまだ下がる。敵は更に減る。

 決着は近い。

[Ⅻ]五ホー!」

[Ⅻ]四ウェイン!」

 この光景をプミアィエニは、ただ眺めていた。

 彼女はもはや灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスを操作していない。それらは既に入力された組立命令スフィルカムをただ忠実に実行していた。臨機応変の判断はもう要らない。

[Ⅻ]三ユー!」

[Ⅻ]二オウ!」

[Ⅻ]一アイ!」


 そして、

 抵抗組織ヴァランデノータの五機の輝光盾ユールクウェスと六機の灰色雫デールポリンが同時に放つ光射小銃ルースハークが残った一機に集中する。あらゆる方向から一一発の攻撃を受けた最後の灰色雫デールポリンは呆気なく爆発した。

 もう景映面メプネーンには敵はいない。

 数字は最後の変化を遂げる。


「……[Ⅻ]〇スネウ‼」


 真実になるはずがなかった光景に、起こるはずがなかった結果に、誰もが言葉を失ったその場で、ようやくリプがその数字を読んだ。


 これは現実なのか⁉


 敵がいなくなった景映面メプネーンに六機の灰色雫デールポリンが現れた。濃灰色ウォルデールでなく、ハイシーアのライン、『正義と平等エナイ・サ・セレンネ』のアヤンだ。六機は一つに固まって垂直上昇。スモークによってまっすぐな柱が生まれた。そして五機が、花が開くように水平方向に拡散する。最後の一機は五機の軌跡と直角に、螺旋を描いてゆく。

 所謂いわゆるアクロバット飛行だが、戦団ダーナーでは文化として代々伝えられている。

 これは【勝輝華舞アイリーファーメム】。簡単に言えば『勝利の舞い』だ。

 景映面メプネーンからは『[Ⅻ]〇スネウ』が消えた。代わりに現れたのは数字でなく文字。


完 全 勝 輝クンツーファイリー


 ……

 それまでの興奮とは打って変わって広間は静寂に包まれる。

「俺たち、本当に勝ったんだよな?」

 シュピヤーがおずおずと切り出した。ジワジワと近付き、そして現実になった『勝利』。彼等にはまだ信じがたかったからだ。

「勝ったんだよ」

「そうだ。勝利を手に入れたんだ!」

 仲間同士で勝利を確かめ合う。そして『勝利』の実感が人から人へと伝播していく。

 ようやく勝利を実感した抵抗組織ヴァランデノータ正義と平等エナイ・サ・セレンネ』は一転して、静寂から興奮へと変わった。

「勝ったぞ!」

「俺たちは戦団ダーナーを倒したんだ!」

 広間は興奮と騒乱に包まれた。

 飛び上がる者、抱き合う者、誰もがそれぞれの形で勝利を喜ぶ。

「リアサターセ! スフォーセネとプミアィエニも!」

 三人に気付いたヴェロンズィが声を掛ける。

「見てただろ! 俺たちが勝っ、」

 言い掛けて、その視線がプミアィエニに向けられる。

「プミアィエニ⁉ お前、何で操作筒ネルースなんか?」

「彼女が功労者なのよ」

 スフォーセネの言葉が全ての答えだ。


 喧騒が徐々に消えていく。

 いつの間にか、誰もがプミアィエニに注目していた。

 それは、あるはずのなかった『勝利』と同じくらい、信じがたいことだった。

「嘘だろ⁉」

「でも本当だっていうなら、他の仲間はどこだ? 何者なんだ?」

「彼女が一人で全てを操作していたよ」

 そんなリアサターセの説明は到底信じられるものではなかった。

「みんなの気持ちは分かるわ。あたしたちマサルーセイ人は貴種天人リイェイッカよりも反射速度が速いから戦団ダーナー射剱・第五型フーイメア・ホースレイ大気粒子フゥアイリヒン』を操作している者も少なくないわ。でも、これほどの実力者なんて聞いたことがない」

 スフォーセネの言葉を引き継いでリアサターセが続ける。

「みんなが『信じられない』と思っているのは『これほどの実力者』だろう? だけど結果がある以上、存在するのは確かだ。だったら、それが彼女だとしても不思議ではない」

「でも、プミアィエニは確か貴種天人リイェイッカでは子どもだろ?」

 ここにいる知的生物ナーサイムルートの半数以上が抵抗組織ヴァランデノータに参加する前から貴種天人リイェイッカと接していた。だから貴種天人リイェイッカの体を見て大人か子どもか分かる。

 しかしリアサターセがその意見を否定した。

「プミアィエニは貴族イユーセだ。生まれついての熟練者なんだ。大人か子どもかは無意味だ」

 それが事実であるという実感が徐々に仲間たちに浸透していく。その場の全員がプミアィエニを見ている。彼等の視線には強い期待が込められていた。全員の視線を受けたプミアィエニがここで口を開いた。

「これからわたしが闘うから。だからみんなは灰色雫デールポリン輝光盾ユールクウェスを操作しないで。わたしだったら死なないわ」

 もう誰も死なせない。

 それがプミアィエニを動かした理由、彼女の強い願いだった。

 もちろん彼女は不死身でもなければ無敵でさえなかった。現に伊佐那 潤を死亡させた地球での戦いでは負傷している。

 それでも、こう言わないとまた犠牲者が出る。だからプミアィエニは全ての危険性リスクを独りで背負うと決意した。彼女自身も死ぬつもりはない。

 ≪真実の紺紫石ホヨースニー・エイナローセ……≫

『これでいいんだ』と御守りミエニレイを握り締めたプミアィエニは、聖帝崇国アーナサイデクと闘う決意を固めた。

 プミアィエニの言葉に仲間たちは種族スネプスィごとの身振り肯定の仕草を示した。

「プミアィエニ、お前って本当は凄い奴だったんだな! こんなこと、予想もしなかったぜ」

 ギードが興奮してまくし立てる。

「ミア、凄い凄い!」

 リプが大はしゃぎでプミアィエニの手を取ってね回った。

英雄スノワーの誕生だ。違うか、リアサターセ?」

「そうだ。彼女はまさしく我々の英雄スノワーだ」

 シュピヤーの問いにリアサターセが答える。そして声を大きくして全員に告げた。


 「みんな、今日は祝おうではないか。

 我々の勝利と、

 そして英雄スノワーの誕生に!」


 知畜使具ゼレスィツヴォカが支配者貴種天人リイェイッカに対して初めて反乱を起こしたのは、地球の暦で言えば西暦一五九八年。欧州では宗教改革が収束した頃、日本では慶長三年、徳川幕府発足直前だった。それから四〇〇年の歴史の中、戦団ダーナーの完敗など前代未聞だった。

 広間は抵抗組織ヴァランデノータ全員の歓声であふれ返った。それは喜びと、そして希望エプリに満ちていた。

 今ここに、『正義と平等エナイ・サ・セレンネ』の、

 いな聖帝崇国アーナサイデク全土の希望エプリとなり得る英雄スノワーが誕生した。

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