第17話 勇者様は今日も公務員

大魔王殺し、それは全ての魔王の頂点に立つ大魔王を倒す為に作り出された最強の魔剣。

 誰が作ったのかも分からないその剣は、只一点、大魔王を退治する事が出来る武器だと言う事だけが判明していた。

 だがあまりにも強すぎる力は災いを招くと造り手が考えたのか、大魔王殺しは己に相応しい主を見極める為の英知を与えられた。

 それは逆に、大魔王殺しを振るう事の出来る者が現われない時代が続いた証明でもあった。

そして数百年が経ち、遂に大魔王殺しは俺の力を振るうに相応しい勇者とであった。

 新たな勇者は大魔王殺しの望みどおり大魔王を撃退する。

 古来より人々が待ち焦がれた誇り高き勇者として。


「おおおおおぉぉぉぉぉ!! 我を打ち倒す為に鍛え上げられた聖剣! 貴様が当代の真の勇者か!!」


「…………勇者絶技『大魔王斬り』!!」


 全身全霊でユーシャは大魔王に必殺の一撃を叩き込む。


「グァァァァァァァァァァァ!!! おのれ、おのれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!! 何度封印されようとも、我は必ずや復活してこの世界を……」


 PIPIPIPIPIPI!!


 戦場にアラームが鳴り響く。


「あ、定時になったんでお先に失礼させて頂きます。本封印の方は宜しくお願いしますね」


「あ、はい」


 残された魔法系勇者が。倒された大魔王の封印を開始する。


「大魔王との会話はちゃんとしていかんかぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 ……こうして、古来より人々が待ち焦がれた誇り高き勇者として、大魔王の封印に成功したのである。


 ◆


 夕暮れの町をユーシャが歩く。

 大魔王を倒したというのに、世の中はいつも通りであった。

 いつも通り、大魔王が復活した事さえ無かったかのような雰囲気。


「お、ユーシャさん! 今日は活きの良い魚が入ってますよ!」


 商店街に入ると、なじみの魚屋が魚片手に声をかけて来る。


「ではそれを一つ」


「毎度!!」


 いつものように商店街を歩いて。


「あらユーシャちゃん、今日はにんじんがおすすめよ!」


「ではそれとキャベツを半玉で」


「はい、毎度ありがとうねぇ」


 いつものように買い物をして。


「さて、帰りますか」


 いつものように家路に着く。

 

「結局勇者ってなんなんですかね?」


 勇者一人呟く。

 かつて己を救ってくれた少女の薦めに従って勇者となった自分。

 何年も魔王と戦い、遂に大魔王まで退治した。

 だが、そこまで戦っても尚、ユーシャには勇者とは何かが分からなかった。

 メランコリックな気分に浸りながら夕日を見れば、いつもの様にリタが魔王の手下に誘拐されていた。


「……………………っ!?」


 ◆


「今日も、魔王の……生贄に、される……ところだったみたいですね」


 慌ててリタを救出しに行った為に、呼吸が荒れる勇者。


「い、いつもいつも申し訳ないべ勇者様」


 いつも通りの受け答え。

 ふと勇者はいつも攫われるこの少女に勇者とは何かを尋ねたくなった。


「リタさんは勇者って何だと思いますか?」


「それってどういう意味だべか? 勇者様は勇者だべ?」


「勇者とは魔王と戦う者、弱気を守り、悪しきを挫く者。ですがそれを出来る者は必ずしも善人ではありません」


 それはかつての己に対しての言葉。そしてコレまで出会ってきた勇者達の姿。

 名誉を求める者、金を求める者、愛を求める者。様々な欲を持った者達がいた。

 己を善なる者と律してきた者達が魔王の策略に嵌り堕落する姿も見てきた。

 己の愉しみと実験の為に勇者と戦わせる者達も……いや、それは今は良い。

 ユーシャにとって勇者という言葉とその現実は乖離していた。知れば知るほど遠ざかってゆく勇者という言葉。

 勇者として在る者はもはや勇者ではない。

 それがユーシャの結論となっていた。


「善人でなくても勇者になれるのならば、それは只の強者でもかまわない筈。だとすれば一体何を以って勇者と認識するのか? 私にはそれが分からない」


 ユーシャはリタを見つめる。己を納得求させる答えを求めて。


「えーと……なんだかよく分からないんだべが、勇者様は何をしたら勇者って認められるのかってことだべか?」


「そう考えて頂いてかまいません」


「そうだべなぁ……」


 リタが首をひねって唸る。

 その様を見たユーシャは、目の前の少女でも答えを示してはくれないのかと失望した。

 歴戦の勇者が、何処にでもいる少女に、毎回毎回助けている少女に己の求める答えを期待する。

 それはよく考えなくてもおかしな光景だ。

 だがなぜかユーシャは、目の前の少女の言葉に期待してしまったのだ。


「どんだけ考えてもコレしか思いうかばないべー」


「かまいません、教えてください」


それでも、質問した者として答えだけは聞かねばならない。

 

「助けてもらったから勇者だと思うじゃダメなんだべか?」


「…………は?」


 予想外に当たり前の答えが返ってきた。


「だって、助けを求める方は誰でもいいから助けて欲しいんだべ。そんで誰も助る事が出来なかった所で勇者様が現われて助けてくれれば誰だってその人が勇者様だと思うべ」


「……つまり、助けてくれれば誰でも良いって事ですか?」


「そうだべ、別に助けてくれた人が本当に勇者様じゃなくても、その人にとっては勇者様だべ。私にとっても勇者様は勇者様なのと同じだべ。勇者なのに鎧も着ずに書類持って、かっこ悪い必殺技で魔王を倒しても勇者様だべ!!」


 必殺技がかっこ悪いといわれてちょっと傷つく勇者であったが、それに以上に彼は驚いていた。


「では私は国営勇者として働いていなくても、リタさんを助けていれば私はリタさんの勇者だった」


「そうだべ!」


「私が勇者でなくても、彼女を助けた私は彼女にとって勇者だった。だから彼女は私を勇者と呼んだ」


 自分でも驚くほどにすんなりと言葉の意味が染みこんで来る。


「勇者様?」


「ふ、ふふ、ふははははははははははははははははははははははっ!!!」


 可笑しかった。

 可笑しくて可笑しくて笑いが止まらなかった。


「勇者様!?」


 大笑いをするユーシャを見てリタが驚きの声を上げる。

 道行く人々がその姿に信じられないものを見たという顔をして足を止める。


「ふは、ふくく、くはっ、誰でも、誰でもよかった。助けてくれれば誰でも勇者…………ははははははははははははっ!!」


 雪解けの瞬間であった。

 長い長い回り道をした勇者は、漸く己が納得の行く答えを見つけ出した。


「ありがとうございますリタさん。漸く答えが見つかりました」


「え、あ、はい。どう致しましてだべ」


 答えを見つけた勇者は足取りも軽く帰路へと付く。


「ああ、せっかくですからウチで夕飯でも食べていきませんか? 質問のお礼です」


「え、ええええええ!?」


 これまた通行人が驚きで足を止めた。


 ◆


「そうかー、辞めちゃうかー」


 市役所のデスクに置かれた紙束を見て上司が残念そうな顔をする。


「はい。答えが見つかりましたから」


「そりゃあ残念。いや、君にとっては良い事か。だがウチとしては損失だなぁ。君レベルの勇者はそうそういるもんじゃなにのにさぁ。特にあのご老人達が残念がる」


「それに関しては別の勇者にお任せします。今後一切!!」


 それに関してだけははっきりと拒絶の意を示すユーシャ。


「それに、勇者はいくらでもいますから。助けられた人の数だけね」


「そうかい、そこまで言うならもう止める事は出来ないな。今までお疲れ様。次の仕事は見つけているのかい?」


「いいえ、ですが暫くは旅に出ようと思います。とりあえずは世話になった人達に挨拶をして回ろうかと」


「そうか。それはいいね」


 上司が優しく微笑む。

 暗い心の迷路を長く彷徨ってきた部下の門出を心から祝う。


「けど退職届けが受理されるまではウチの勇者だから。後任が見つかるまでは責任を持って働いてね」


「…………」


 どれだけ感動的な理由があろうとも、社会人の世界は非常であった。


「じゃこれ、今日の分の仕事ね。いつもの村からだから」


 上司が笑顔で書類を見せて来る。


「いつもの村ですね」


「そ、いつもの」


 その書類にはイーナカ村と書かれていた。

 依頼主は言わずもがなである。

 ユーシャはため息をつきながら言った。


「それでは魔王退治の出張に行って参ります」




勇者様は公務員~完~



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