第16話 復活大魔王

 その日、世界に激震が走った。


 ◆


 フレムの町の上空高くに、黒い影が浮かび上がる。

 その影は人の形を模していき、そして色が走る。

 長く揺らめく髪は海の底に沈み逝く様を想起させ、その肌の黒さは命を狩る鉄の死神を連想させた。

 ちろちろと燃え盛るかまどの火のような口の赤が不安を掻き立て、何より邪悪な金色の瞳は、見る者の魂を奪い去ろうかとしているようだった。


「我が名は大魔王デマオン。長き眠りより目覚めし破壊の王也」


「何だいつもの魔王か」


 人々は普段の生活に戻った。


 ◆


「困った事になったねぇ」


 部長がため息をつく。

 市井の人々が思う以上に彼等役人は、いや勇者達は大魔王デマオンの存在を脅威に感じていた。


「大魔王デマオン、あらゆる魔王よりも強く、あらゆる魔王よりも狡猾な存在。近頃厄介な魔王達が連続して復活したのも彼の仕業だろうね」


 部長はユーシャに一枚のカードを見せ。


「ユーシャ君。全勇者に召集だ。内容は…………」


 よどみなくその言葉を口にした。


「大魔王退治」


 ここに全人類の存亡を賭けた戦いの幕が上がった。


「出張費と特別手当は出るんですか?」


 …………戦いの幕が上がった!!!


 ◆


 大魔王デマオンを倒す為、ユーシャは伝説の聖鳥ホーリーバードの息子であるシャイニングバードに乗って敵の本拠地を目指した。


「あ、シドさん。申し訳ありませんが魔王組合の本部に寄って貰えますか?」


「大魔王の城へ一直線じゃないんですかっと?」


「ええ、ちょっと受け取る物がありまして」


「了解ですよっと」


 光り輝く神鳥は進路を変えた。

 一体ユーシャは何を受け取るというのか?


「あ、領収書は勇者組合でお願いします」


 とりあえず領収書は受け取る様である。 


 ◆


 大魔王デマオンの城を囲む様に勇者達が集結する。

 勇者達は皆、全身を鎧に包み、その手には神剣、聖剣、魔剣といった力ある武具を手にしていた。


「勇者集合率75%、これ以上は待つだけ無駄ですね」


 副官と思しき勇者が指揮官に報告を行う。


「仕方ない。これ以上時間をかければ、我々の存在が発見されてしまう。総員戦闘準備! フタサンマルマル時に大魔王城へ突入、大魔王を封印する」


 指揮官の命令を移動能力に秀でた勇者達が伝令して回る。

 通信魔法を使えば容易に終わるのだが、それは同時に通信を傍受される心配があった。

 それゆえのスニーカーオフラインメッセージ。

 夜の闇に紛れ、勇者達が動き出す。


 ◆


「申し訳ありません、本日の業務は終了いたしました」


 魔王組合本部の夜間窓口で職員が申し訳なさそうに言葉を紡ぐ。


「非常事態ですので即時対応をお願いします。その為の本部でしょう?」


 ユーシャは一枚の書類を取り出した。


「申請内容は、大魔王殺しの使用許可です」


 ◆


 勇者達が夜闇に紛れ、大魔王城へと向かう。

 だが敵も馬鹿ではない。

 索敵に特化した魔物と魔族が、潜入任務になれない勇者達を発見し、仲間に警告を送る。

 大魔王城から魔物達の集団が出撃する。


「くそ、見つかった」


「俺たちゃ勇者なんだ。隠密行動は専門外なんだよ!」


 遠距離攻撃を専門とする勇者達がいっせいに攻撃を開始する。

 だが敵も大魔王直属の魔物達。

 その力は並みの魔王を凌駕する。

 勇者の攻撃を相殺する魔物。

 その隙をぬって敵に肉薄する近接型勇者達。

 聖剣が魔物の鱗を切り裂き、肉を断つ。

 魔物が勇者の鎧を破壊する。

 指揮官の魔族が勇者に向けて大規模攻撃魔法を放つ。

 勇者が聖なる盾の力を解放し魔法を受け止める。

 精霊に愛された勇者が雷精の槍を放ち魔族を焼き尽くす。

 邪悪な儀式を積み重ねた魔族が勇者達に与えられた加護を無効化する。

 一進一退、両者の力は拮抗していた。


 ◆


「大魔王殺しねぇ。君、ちょっと先走り過ぎなんじゃないの? まだ本物の大魔王だと確定した訳じゃないし、集結した勇者達が敗走したって報告も来ていないよ。そんな事よりも、君も決戦の場に行くべきだと私は思うね」


 本部担当者は明らかに危機感が足りていなかった。

 前線任務でないが故に、彼は戦場の空気という物を理解できていない。

 それは戦場で戦う勇者達が肌で感じる直感をないがしろにしているという事だ。

 直感とは言葉で説明できるものではない。だが確かに勇者達はその直感に何度も救われてきたのだ。

 神のご加護、精霊の導き、呼び方は色々ある。

 大事なのは、その直感には即座に従う必要があると言う事だ。

 そしてユーシャは己の直感に従って大魔王殺しの使用許可を求めた。

 自分専用の勇者装備の使用許可を。


「そんな事言ってもねぇ、先生許可を出すのにどれだけ時間と許可がいると思っているの? 大魔王殺しだよ。普通の神器とは違うんだよ。君、大魔王殺しの使い手に選ばれたからって調子に乗ってない?」


 本部担当者は面倒くさそうにユーシャの申請をゴネる。

 大魔王殺しを使用するには15の審査を通す必要があるのだ。

 しかも審査担当者は彼よりも上役、この様な時間に審査申請を行えば間違いなく目を付けられる。

 キャリアを目指す彼としてはなんとしても避けたかった。


「申し訳ないけど、出直してくれるかな? そもそも君がこんな非常識な時間に来るのが悪いんだけどね。これからは申請するなら朝から来て貰える?」


 そう言って、本部担当者が退席しようとした、その時だった。


「係長、お電話です」


 部下とおぼしき人物が魔導連絡機の子機を持ってやって来る。


「こんな時間に一体だれだ!? もしもし、君常識ってモノを知って……え?」


 居丈高に連絡機の向こうに居る人間を非難しようとした本部担当員が、突然顔色を青くする。

 その光景を見て、ユーシャは薄く笑った。

 その間にも電話の相手と現場担当官の会話は進んでいく。


「はい、はい、勿論です! 皆様のお役に立てるのでしたら、私喜んでお手伝いさせて頂きます。はい、はい畏まりました!!」


 話が済んだらしく、現場担当者がユーシャに視線を送る。


「君に代わって欲しいそうだ」


 ユーシャは無言で子機を受け取る。


「もしもし?」


『おー、頼まれた通りに言っておいてやったぞ。感謝せぇよ!』


「ありがとうございます。大賢者スゴ=イー様」


 そう、連絡機の向こうに居たのは。大賢者スゴ=イーであった。

 大賢者、それは世界に莫大な貢献をした者だけがその名を授かる事の出来る、魔法使いの頂点を示す称号。

 魔王組合にとっても彼等は決しておろそかに扱ってはいけない存在である。

 ユーシャはあらかじめ彼に連絡する事で、申請を有利に進めようとしていたのだった。


『お礼に今度リタちゃんとのデートをセッティングして……』


「手助けをして頂きまことに有難うございましたスゴ=イー様。ではコレで」


 ユーシャは容赦なく通信を切った。

 どうせ丁寧に対応しても無駄話が続くだけだからだ。

 ユーシャは本部担当員の目の前に数十枚の書類を突き出し、ゆっくりと宣言した。


「それでは大魔王殺しの使用許可申請をお願いいたします」


 ◆


「はぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


大魔王城へと突入した勇者達が待ち構えていた精鋭魔族達と剣を交える。

精鋭魔族達の力は歴戦の魔王にも等しく、多くの勇者が打ち倒されてゆく。

だが彼等とて勇者、ただではやられない。相打ち覚悟で禁じられた奥義を使い、魔族達に大きな痛手を与えて仲間に託す。


「絶神奥義! フォールンストーム!!」


 上空から不可視の力が魔族達を押しつぶす。その様は強力な下降気流による災厄、ダウンバーストを髣髴させた。


「ぐっ……」


 力尽きた勇者が崩れ落ちる。


「大丈夫か!?」


 まだ健在な勇者がすぐさま駆けつけ彼を保護する。


「俺はもう無理だ。魔力を使い切っちまった。ポーションももう無い。俺を置いて先に行ってくれ」


「戦えなくなったお前を置いていけるかよ! 魔力回復の出来る勇者を……」


「だめだ。回復勇者は大魔王との決戦に必要な存在だ。なに、大魔王を倒せばなんとかなるさ。俺達は脚をやられて動けなくなった勇者達と合流する。あいつ等と一緒なら身を守る事くらいは出来るからな」


 それは明らかに強がりであった。

 だがそれは必要な強がり。彼等は見捨てられる必要があったのだ。

 勇者として。


「分かった。後で迎えに来る。……必ずな!!」


 動ける勇者達が魔族の包囲を突破し、大魔王を目指して疾走する。


「逃すな! 追え!!」


 魔族達が抜け出した勇者達を追おうとするが、そこに負傷した勇者達が壁となって道を塞ぐ。


「ここから先は行き止まりだ」


 それは、悲壮な覚悟の防衛線の始まりであった。

 決して生き残る気のない防衛線の。


 ◆


勇者達は遂にたどり着いた。

コレまでとは明らかに存在感の違う扉。間違いない、魔王の間への入り口だ。


「回復をする。全員装備を点検しろ」


 回復勇者達が主力勇者達を回復する。


「げっ、ポーションないか? 少しの請ってるから一つやるよ」


「俺のも持っていけ、二つは欲しいだろ」


「サンキュ」


「くっそ、この血糊とれねぇぞ!」


 勇者の一人が聖剣に付いた血をふき取ろうとするが、なかなか落ちない。


「聖剣の切れ味は血糊程度じゃ落ちない。戦いが終わったら磨ぎ師にでも預けろ」


「くっそ、覚えてろよあの魔族野郎」


 何時まで経っても血糊が取れない事に毒ずく勇者。


「休憩は終わりだ。往くぞ」


 回復が終了した事でリーダー格の勇者が指示を出す。

 全員が頷き。扉の前に立つ。


「魔力を使い切った回復勇者はここで待機、危険を感じたら逃げてかまわん」


「了解」


 唯それだけで理解しあう。

 生きて合う事は無いだろうと。

 そして勇者達は魔王の間への扉を開けた。


 ◆


魔王の間に入った勇者達を待ち受けていたのは、光を通すことの無い暗闇の世界だった。


「ライト! ……魔法が発動しない!?」


「違う、光を通さない闇の魔法だ。破魔の魔法を使え!」


 勇者達が魔法破壊の魔法を唱えようとしたその時だった。


「ようこそ勇者達。君達の来訪を歓迎しよう」


 暗闇の中、声が響いた。


「大魔王か!?」


「そう、その通り! 私こそが大魔王デマオンだ!!」


 その声に従うように、闇の帳が落ちていき、大魔王デマオンが姿を現す。


「なっ!?」


 だが勇者達が驚いたのは大魔王デマオンの姿に対してではなかった。

 そこに居たのは魔王。

 見渡す限りの魔王。

 魔王、魔王、魔王。

 フロアには、この世の全ての魔王が集まっていた。


「彼等は私に忠誠を誓った部下。私に勝ちたければ彼等を突破してくると良い」


 大魔王デマオンが玉座に座りながら宣言する。


「最終決戦、開始だ」


 ◆


 勇者達が大魔王デマオンとの決戦に臨んでいる頃、城内にて防衛線を行っていた勇者達は、遂に力尽きようとしていた。


「ぐぁっ!」


 一人の勇者が崩れ落ちる。


「大丈……ぎゃあっ!!!」


 仲間を気遣って近づこうとした勇者が魔族の攻撃を受け、倒れる。


「くそ、ここまでか」


「諦めるな! 最後まで戦い抜くんだ!!」


 くじけかける勇者を仲間の勇者が叱咤する。だがその言葉には、自分でも理解できるほど重みの無い言葉であった。


「ふははははははは!!! どうやらここまでの様だなぁ」


 勇者達を囲んでいた魔族が嘲笑の声を上げる。


「さぁ、これで終わりだ!!」


 魔族の指揮官が一斉攻撃を命じ、魔物達がと飛び掛る。

 勇者達が反撃を試みるが、圧倒的な数の差に押しつぶされるのは火を見るよりも明らかだった。


「畜生っ!!」


 反射的に倒れた仲間をかばう勇者。

 彼はそんな事は無駄だと理解していても、そうせずには居られなかった。


「…………?」


 しかし何時まで経っても攻撃は来ない。

 こちらが希望を持って目を開くのを待っているのだろうか?

 勇気を振りしぼって勇者は目を開く。


「……っ!?」


 そこには信じられない光景が広がっていた。

 勇者達を包囲していた魔族達が、全員地に倒れ伏していたのだ。


「なっ!?」


 驚く勇者の耳に金属の音が響く。

振り向けば、青い全身鎧を身に纏い、手に輝かしい剣を携えた男がいた。


「お待たせしました。ナッカー地方担当、フレムの町勤務の勇者、ユーシャです」


 勇者の参戦である。

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