第15話 甘い魔王

 魔王シュガーパウダー、かの魔王は甘い物をこよなく愛する魔王であった。

 そして現代、遂にかの魔王の封印が解かれる事となったのである。


「ユーシャ君よろしく」


 遂に内容すら言わずに書類を置いて行く上司。

 ユーシャはため息を吐きながた書類を確認する。


「魔王シュガーパウダーの封印作業と……これは?」


 それは歯車が回り始める瞬間の話。


 ◆


「助かったべ勇者様~」


 もはや恒例行事と化したリタの救出が終わり、ユーシャはリタを連れて魔王シュガーパウダーの居城へと向かった。


「植物魔王を退治できる実力があるのに、何故あの程度の魔物に捕まるんですか?」


 前回の植物魔王の件から、気になっていた疑問をユーシャは口にする。


「何言ってるんだべ勇者様。果物と魔物は全然違うべ」


「……はぁ」


 そう言うものなのだろうとユーシャは納得する事にした。

 事実、勇者界隈にも特定の魔王だけを倒す為の訓練を重ねる勇者達が居る。

 彼等は通常の手段では倒すのが困難な、特殊な魔王だけを専門にしている専業勇者だ。

 イーナカの村の住人達もまた、理由は違えど植物魔王専門の訓練をしてきた自覚の無い勇者一族なのだろうとユーシャは判断した。


「それで、ユーシャ様は魔王さ退治に行くんだべか?」


 リタの問いは本気の質問と言う訳ではなく、確認作業としての問いだった。


「ええ、新しい魔王が復活しましてね。征服活動は行っていないのですが、頻繁に魔王城から恐ろしいうめき声が聞こえるとクレームが入りまして。それで迷惑魔王を封印する為にやって来たんですよ」


「なんて魔王なんだべ?」


「魔王シュガーパウダーです」


「甘そうな名前だべなぁ」


 魔王を想像して涎をたらしそうになるリタを見てユーシャは苦笑する。 


「実際甘い物が大好きだそうですよ」


「へー」


 魔王についてリタに教えながらも、ユーシャは道を開く為に草を切り開いて行く。

 魔王シュガーパウダーの居城は森の奥深くにあるのだ。


「それにしても果物さ多い森だべなぁ」


 リタが森を見ながら呟く。


「そうなんですか?」


「だべ、アレはリンゴで、あっちは柿、あそこで生えてるのはオレンジで……そこに木苺もあるべ」


 ユーシャはリタの観察眼に感嘆した。

 リタは農家の娘だけあって、作物の事に関してはユーシャ以上に敏感だった。


「アレは栗の木だし、あそこにはメロンがなってるべ。あ、パイナップルさあるべ!!」


 リタが眉をひそめながら周囲にある果物を調べ始める。


「どうしたんですかリタさん。森なのですから果物があってもおかしくないのでは?」


 農民ではないユーシャには、リタが何故眉をひそめるのか理由が分からない。


「あったかい所さ生える木と、寒い所さ生える木さ一緒にあるんだべ。しかもどっちも実が生ってるんだべ。おかしいべ。季節の違う実が一緒に生るなんてありえないべ!」


 リタの言葉は半分正しくて、半分間違っていた。

 確かに季節の違う植物が同じ時期に実を作る事は自然界ではありえない。だが温室などを使えば異なる気候、異なる収穫時期の作物を同時に育てる事が出来る。

 事実この世界においても、温室などの概念は存在する。

 しかし、それを考慮においてもリタは目の前の光景がおかしいと判断した。


「ここは普通の森だべ。温室でもないのにこんな事が起きるはず無いべ」


 それがリタの結論だった。農家の娘として感じた違和感が、この森を普通の森ではないと判断していたのだ。


「御明察」


 森に声が響いた。

 ユーシャは即座に剣を構え、リタを守れるように周囲を警戒する。


「この森は魔王シュガーパウダー様の森。魔王シュガーパウダー様がお召し上がりになるお菓子を作る為の森なのだ」


 魔王の食事の為の森と声は言った。それはすなわち、自分達が敵の腹の中に居ると同義語。

 ユーシャは警戒を強め、隠れ潜む敵を探した。


「魔王シュガーパウダー様の畑を荒らす不届き者達よ、その無礼を命で贖え。その血肉を森に捧げる事で魔王シュガーパウダー様の礎となるのだ!」


 森の中に殺気が満ちる。一つや二つではない。大軍だ。

 恐らく森の中に気配察知を阻害する仕掛けがしてあったのだろう。

 ユーシャは己の注意不足を叱責した。


(何処から敵が襲ってくるか分かりません。まずは空に逃げてリタさんの安全を確保しましょう)


 ユーシャが行動を開始しようとしたその時だった。


「この木、病気だべ」


 リタがポツリと漏らす。


「「「何っ!?」」」


 敵の声に激しい焦りが含まれる。


「この葉っぱ、栄養不足で病気になってるべ。ほら、葉っぱが白くなってるべ」


 リタが葉を見せると確かに彼女の言うとおり、葉に白いポツポツが出来ていた。


「コ、コレは何だ!? こんな病気は始めてだぞ!!」


 声の主が困惑する。


「塩葉病だべ。南の方の虫が荷物にまぎれて連れてきた病気だべ」


 塩葉病、それは葉喰い虫と呼ばれる虫が宿す菌が原因で起こる病気である。

 葉喰い虫は本来暖かい地域にのみ生息する虫であったが、南方からの貨物にくっついて付いてきてしまったのである。

 寒い場所が苦手なので北方では生息できないが、近年は暖房や温室の技術も向上した為越冬できる固体が増え、農家を悩ませる迷惑な無視であった。

 これは魔法技術と土木技術の向上によって交通の便が良くなった現代だからこそ蔓延した感染症といえる。

 それ故、数百年の眠りから醒めた魔王シュガーパウダーの部下達は、葉喰い虫の存在を知らなかった。


「ど、どうすれば直るのだ!? この様な不始末が魔王シュガーパウダー様に知れたら我々の命が危うい!!」


 明らかに弱りきった声で声の主がリタにすがる。


「大丈夫だべ。町さ言って塩葉病の薬を買ってくれば一発だべ。薬は葉っぱでなくて、水に溶かして根っこにかけるんだべ。そしたら根っこから薬を吸収して病気を治すんだべ。後は白くなった葉っぱを切って新しい葉っぱさ生えるのを待てばいいべ」


「おお、感謝するぞ娘。おい、急いで薬を買って来い!!」


「は、はい!!」


「お前達は白くなった葉っぱを切るんだ!!」


 魔族達が急いで木々の手入れをしだす。


「勇者様、今のうちにいくべ」


「……そうですね」


 農民も侮れない。ユーシャはそう思った。


 ◆


「お菓子の城だべ」


 リタの言うとおりだった。

 魔王シュガーパウダーの城はお菓子で出来ていたのだ。


「コレは甘そうな城ですねぇ」


 城の柱はチュロスで出来ており、壁はクッキーとチョコレートで出来ていた。床はグミで出来ていて、弾力があり、窓はゼリーがはめ込んである。物理法則がどうなっているのか全く想像できない城だった。


「おいしそうだべなぁ」


「食べちゃだめですよ」


「はーいだべ」


 リタを連れて魔王城を進んで行くユーシャ。


 ◆


「敵が来ませんね」


「だべなぁ」


 魔王城を進むユーシャは敵が全く襲ってこない事を疑問に思っていた。

 さえぎる者の居ない魔王城を踏破するのは容易で、たいした時間も掛からずにユーシャは魔王の間の前にある休憩所へと到達した。


「店員さーん、フルーツパフェ一つだべ」


「干しバナナ一つ」


 ユーシャとリタが商品を注文すると店員が元気良く商品を持って来る。


「はいフルーツパフェと干しバナナ一丁!!」


「それにしてもここは甘い物ばっかりだべなぁ」


「そうですね」


 リタの言うとおり、魔王シュガーパウダーの城の休憩所には、甘いものしか販売していなかった。


「甘いモンばっかりで虫歯になりそうだべ」


「歯磨きしないと駄目ですよ」


「だべー」


 甘い物を食べてついついまったりしてしまう二人であった。


 ◆


 休憩を終えたユーシャ達は魔王の間へと足を踏み入れる。

 そこでユーシャ達は、魔王の城に入っても城を守る魔物達が襲ってこなかった理由を知る事となった。


「チーズケーキ出来ました!!」


「ブルーベリーケーキまだか!?」


「イチゴパフェ急げ!!」


 そこは厨房だった。多くの魔族達が大量の甘いスイーツを作り、盛り付け、部屋の奥へと運んでいたのだ。


「コレは一体?」


 魔王の間には幾つもの調理器具が置かれ、何十体もの魔族が必死で調理をしている。

 彼等は皆鬼気迫る形相で調理を続けており、とても話しかけれる雰囲気ではなかった。

 彼等は侵入者であるユーシャの事など気にも留めずに料理を作り続けていた。

 ユーシャ達は周囲を警戒しつつ。魔族達が料理を運ぶ奥へと進んで行く。

 その先に居たのは、大きな椅子に座った小さな子供だった。

 子供は魔物達から受け取ったお菓子を手に取ると、凄まじい勢いで食べ始める。

 そして食べ終わった直後、新しいお菓子が差し出された。


「どうやらアレが魔王シュガーパウダーの様ですね」


「あんな子供がだべか!?」


 ユーシャ達の視線の先では小さな子供が夢中でお菓子をほおばっていた。  

 その光景はとても恐ろしい魔王とは思えない。

 その瞬間までは。

 突如、魔王の間に重苦しい魔力が満ちる。


「っ!?」


 その瞬間周囲の魔族達が耳を塞ぎ、地面に伏せた。


「リタさん耳を塞いで!」


「え?」


 突然の事にリタは聞き返す。


「早く!!」


 ユーシャの剣幕に驚き耳を塞ぐリタ。

 次の瞬間ユーシャによって彼女は地面へと伏せさせられる。

 そしてそれは起こった。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 轟音。

 魔王城を吹き飛ばさんばかりのその音は城全体を震わせる。


「な、ななななんだべぇぇぇぇ!?」


 それは魔王の咆哮であった。

 魔王は片頬を手で押さえながら、咆哮と共に莫大な魔力を放出したのだ。

 周囲の調理器具が吹き飛び、食材が宙を舞う。

 鼓膜を破壊せんばかりの轟音はそれ自体が魔王の魔力と合わさり、物理的な圧力を持って魔王の間を荒れ狂った。

 そうして、永遠に続くかと思われた咆哮が終わりを迎える。


「と、とんでもない音だったべー」


 リタが目を白黒させながら、自分の耳を手の腹でポンポンと叩く。

 

「なるほど、そう言う事でしたか」


「え?」


 魔王が発した轟音の所為で、周囲の音が旨く聞き取れないリタ。

 そんなリタを置いてユーシャはまっすぐに魔王の下へと向かう。


「魔王シュガーパウダーさんですね」


 突然現われたユーシャに対し、魔王シュガーパウダーは不機嫌そうな顔を隠そうともせずに睨む。


「何だお前は?」


 殺気の篭った声。だがユーシャがそれを意に介さず会話を続ける。


「フラムの町勤務の勇者でユーシャと申します。貴方の城から発せられる騒音が煩いと市役所にクレームが来ましてね。音の原因を取り除きに来ました」


 魔王シュガーパウダーがユーシャの目を見る。しかしユーシャは怯まない。


「貴方の叫び声を止めさせます」


 魔王が笑った。


「はっ! 面白い。この僕を止める? たかが人間が魔王シュガーパウダーを止めるって!?」


 魔王シュガーパウダーが嗤う。

 愚かな人間を、身の程知らずの人間を嗤う。


「良いだろう。お前を今日の夕食にしてやる! 今日のメニューは勇者の蜂蜜漬けだ!!」


 魔王が立ち上がる。


「そんな甘い物を食べたら、ますます歯が痛くなりますよ」


 勇者は魔王の頬を指差してそう言った。


「…………な、何?」


 魔王の顔が青くなる。


「魔王シュガーパウダー、貴方は虫歯ですね」


 ズバリユーシャは真実を突きつけた。


「な、何の事だ!?」


 魔王シュガーパウダーの視線が泳ぐ。


「騒音の原因は、虫歯が染みるからですね」


 周囲の魔族達の視線も泳ぐ。


「魔王シュガーパウダー、貴方には歯医者に行ってもらいます」


「っ!?」


 魔王シュガーパウダーの顔面が蒼白になる。

 かつて虫歯になった者は、歯を抜く位しか治療法が無かった。

 だが現代においてはより効率的で安全な治療法が確立されている。

 たった一つの問題を抜いて。

 それは痛い事だ。歯を削る痛さ。

 麻酔が完全に効いていない状態で開始されるヤブ医者の悪夢。

 子供とは歯医者を恐れるもの。それは魔王といえど例外ではなかった。


「ぼ、僕は行かないぞ、歯医者になんて!!」


 魔王シュガーパウダーが必死で拒絶する。


「ですが治療しないともっと悪くなりますよ。最悪歯を抜かないといけなくなります」


「ふはっ! この魔王シュガーパウダーが人間の言う事なんて聞くと思うのか! どうしても行かせたければ力づくで連れて行くんだな!!」


「ではそうさせてもらいます」


 魔王シュガーパウダーが全身に魔力を漲らせる。

 周囲の魔族達が、慌てて調理器具と食材を魔王の間から持ち出す。

 ユーシャが魔力を練り、魔法をくみ上げる。


「行くぞ勇者よ!」


 魔王が動いた。


「幻惑魔法、【歯医者】」


 次の瞬間、魔王城に精神を破壊する回転音が響いた。

 マジックデンタルドリル、それは虫歯菌に犯された歯を削るマジックアイテム。

 その特徴的な音から多くの子供達にトラウマを植え続けて来た罪深い治療器具だった。


「うわぁぁぁぁぁぁあ!! その音をやめろぉぉぉぉぉ!!」


 魔王シュガーパウダーが頬を押さえてのたうちまわる。実際に痛みがある訳ではなく、その音が治療の記憶を呼び覚ますのだ。

 見れば周囲の魔族達も頬を押さえてうずくまっている。


「治療をしなければ、この音をずっと続けます」


「い、嫌だぁぁぁぁ!!」


 魔王シュガーパウダーが拒絶する。


「魔王様ぁ、治療しちゃいましょうよぅ」


「そうですよ、そのほうが楽になれますよ」


 部下の魔族達が魔王シュガーパウダーに降伏を勧告する。


「ほらほら、部下の方もそう言っていますよ」


「う、煩いこの裏切り者共めが!!」


 魔王シュガーパウダーが怒りと共に全身に魔力を漲らせる。第二段階への変身を行うつもりだ。

「おっとそうはさせません」


 魔王の背後に回りこんだユーシャが魔王シュガーパウダーの耳元でドリル音を全開にする。

 キィィィィィィィィィィンという耳障りな音が魔王シュガーパウダーの意識を埋め尽くした。


「うわぁぁぁ…………!!」


 突然魔王シュガーパウダーが叫ぶのを止め、うずくまる。


「ど、どうしたんだべ?」


 自分の頬を押さえながらリタが問いかけて来る。


「どうやら叫んでいたら本当に虫歯が痛くなったみたいですね。今のうちに仮封印して歯医者に連れて行きますか」


 こうして、魔王シュガーパウダーは歯医者へと連衡された。

 後日魔王シュガーパウダーの部下からユーシャ宛に果物の詰め合せが届く事になる。

 実は市役所に騒音解決の依頼をしたのは、魔王シュガーパウダーの部下達だったのだ。

 虫歯になっても意地を張って歯医者に行かない魔王シュガーパウダー。

 彼の叫び声が原因で部下達は不眠症になっていたのだが、上司である魔王シュガーパウダーに物申す事など出来ない彼等は、藁をもすがる思いで市役所に依頼をしたのであった。

 そんな彼等の心付けを三時のおやつとして頂くユーシャ達。


「これは美味しいですね。ですが、甘い物の食べすぎにも注意が必要」


「そうだねぇ。今回の魔王みたいにはなりたくないものねぇ」


 上司が果物の入った皿を片手にやって来る。


「ええ、それに糖尿病も、部長は大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫だよ。ちゃんと定期健診じゃ安全数値だし」


「その割には恰幅が良くなって来ていませんか?」


「そ、そんなこと無いよ。それよりも例の件だけど、治療した魔王シュガーパウダーから話を聞いたけどやっぱりアタリだよ」


 上司の言葉にユーシャは真面目な顔になる。


「では……」


「ああ、大魔王が復活する」


 嵐の到来が近づいていた。

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