第14話 緑の侵略者

 ある日の事であった。

 ナッカー地方は突然発生した謎の植物達に侵略された。

 ある田舎から発生したその植物の成長速度は凄まじく、瞬く間にナッカー地方は植物の楽園となったのだった。


 ◆


「これは例の植物魔王だね」


 珍しく上司が困った様に言う。


「例の植物魔王ですね」


 ユーシャが相槌を打つ。

 ナッカー地方には、ある特殊な魔王が存在していた。

 正しくは魔王のうわさが存在していた。

 その魔王はある日突然現れ、瞬く間にナッカー地方を植物の楽園へと変貌させた。

 その魔王は名前すら知られず、姿を見た者は誰一人いなかった。

 緑に覆われ続けるナッカー地方。

 緑が増えすぎて孤立する町や村。

 闊歩する植物型の魔物達。 

 だが、ある日突然植物達は姿を消した。

 ナッカー地方を覆っていた植物は数時間で枯れ果て、その様を見た人々は勇者が魔王を倒したのだと噂した。

 しかし十数年に一度、その植物魔王は復活し、ナッカー地方を覆う。

 調査をしようにも、魔王が何処にいるのかも分からない。

 草木を刈りながら強力な魔物と戦い、原因を探しても、数日もすると植物は消えてしまう。

 魔物研究者達の中には、コレは魔王の仕業ではなく、全く別の要因による植物の異常発生なのではないかと推測する者も少なくなかった。

 そうした理由から、人々もあまり事態を深刻に考えては居なかった。

 せいぜい数日の我慢だと。

 困るとすれば行商などの移動する必要がある者達だろう。


 ◆


「ユーシャ君、悪いんだけど調査に出てくれないかな。君確かジャンプで移動できたよね」


 流れる様に上司から無茶振りが飛んで来る。


「何処に行けと言うんですか。どうせ数日なのですから、放っておけば良いのでは?」


 だがユーシャも負けていない。


「でもねぇ、何もしないと文句を言ってくる人達も居るからねぇ。それに何も手がかりが無い訳じゃあないんだよこれが」


 それは植物魔王が現われ、実に50年が経過して初めての成果であった。

「例の大賢者様達が開発した魔力計測器の試作品がねぇ、イーナカ村付近の森に高い魔力反応を感知したんだよ」


「高い魔力反応ですか?」


 かの老人達話題が出たにもかかわらず、ユーシャはその内容に注視した。


「そう、魔王復活の反応をいち早く察知する為の装置だよ。そいつが魔王復活レベルの魔力を感知したんだ。魔度1で軽微な魔力溜まり、魔度2で強力な魔物の発生、魔度3で強力な魔族の誕生。そして魔度4で魔王発生レベルの魔力と判断されるんだ。そして今回は魔度5、中級以上の魔王が発生した可能性が非常に高い」


「ではイーナカ村に魔王が?」


「ああ、だから……」


「承知しました。即座に調査に出ますので課長は書類の申請をお願いします」


「え?」


 さらりと書類仕事を押し付け、ユーシャは市役所を飛び出して行った。


「本当に感情豊かになったなぁ、彼」


 書類を抱えた上司は苦笑いとも微笑みとも取れない顔を浮かべながら、駆けだしていくユーシャの姿を窓から見守っていた。


 ◆


 ナッカー地方の空をユーシャが跳躍する。

 既に台地は緑に覆われ土の色どころか川に青すら見えない。

 繁殖力旺盛な植物達は川すらも埋めてしまっていたのだ。


「確かこの辺りにイーナカ村がある筈……」


 ユーシャは大地を見回すが、あらゆる場所が緑に覆われていた所為でイーナカ村の位置が確認できないでいた。

 だが、緑に覆われた大地にあってなお目立つ場所があった。


「アレが植物魔王の城でしょうか?」


 大地を埋め尽くす植物の中にあって、ひときわ巨大な植物の塊が存在していた。


「まずはアレを調査しますか」 


 イーナカ村の位置が確認できない以上、ユーシャは先に原因を判明させる事を優先した。


「先に原因を排除すれば、リタさんが危険に遭う事もなくなるでしょう」


 頻繁に魔王と関わってしまうリタの間の悪さを考えれば、既に魔王と遭遇している可能性すらある。

 それ故ユーシャは魔王退治を優先した。


 ◆


「あれ? なんで勇者様がウチの畑さいるんだべ?」


 魔王の居城と思しき場所にやってきたユーシャが遭遇したのは、正体不明の植物魔王などではなく、イーナカ村の少女リタだった。


「リタさん、何故貴方がここに……いえ畑?」


 確かにリタは自分の家の畑だと言った。


「そうだべ、ウチで育ててる果物さ刈り取り時期になったんだべ。だからコレで収穫に来たんだべ」


 そう言ってリタは手に持った鎌を見せる。

 普段通りのリタの姿に安心とも苦笑とも取れない苦笑いを見せるユーシャ。


「リタさん、作物を収穫したいのはわかりましが、今は危険です。せめて私が魔王を退治するまでは出歩かないで下さい」


 ユーシャはリタを制止するが、リタは大丈夫というばかりで帰ろうとしない。


「畑は村のすぐそばだから心配ないべ」


 ユーシャは仕方なくリタを護衛する事にした。


 ◆


「この巨大植物は……」


 ユーシャはリタの家の畑にそびえ立つ、巨大な植物に戦慄していた。

 その植物は禍々しい魔力を放ち、周囲の植物を邪悪な魔樹に変質させていたのだ。

 ユーシャはリタに付いて来た事を幸運に思った。

 もしリタを放っていたら、彼女は魔物化した植物に襲われていた事だろう。


「成程、この植物から放たれる魔力が原因で、植物の異常繁殖と植物型の魔物が大量発生していたのですね」


「そう、その通り!!」


 突然、正面の巨大植物から雄々しい声が上がる。

 ユーシャはリタの前に出て彼女をかばう姿勢をとる。


「我が名は魔王マッドプランタン! 植物を統べる魔王である!!」


 名乗りと共に巨大な植物、魔王マッドプランタンが形を変える。

 幹に当たる部分から顔が生え、魔王マッドプランタンは朗々と語りだした。


「勇者よ、よくぞここまでやって来たな。まずは貴様の蛮勇を誉めてやろう。だがこの地は我の、魔王マッドプランタンの支配する土地だ。最早貴様に逃げ場はないぞぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 何故か魔王マッドプランタンの語尾が悲鳴に変わる。


「きききき貴様、なんという奴を連れてきたのだ!!」


 動く筈のない植物の体が、後ずさりをする様に葉を震わせる。


「連れてきた?」


 ユーシャが後ろを見るがいるのはリタだけだ。


「気のせいではありませんか?」


 ユーシャは魔王マッドプランタンが何か誤解しているのではないかと思った。

 だがそれは違った。


「居るではないか! 貴様の後ろに!!」


 魔王マッドプランタンが枝を伸ばし、指さした先に居たのはリタだった。


「その娘はあの忌々しい農民共の娘だろうがぁぁぁぁぁ!」


 ユーシャは困惑した。

 魔王マッドプランタンはリタの事を言っている様だが、リタは只の村娘だ。

 とても魔王マッドプランタンが恐れる相手とは思えなかった。


「いい感じに実ってるべー」


 更に当のリタは魔王マッドプランタンの言葉など気にも留めず、彼の体から成っている木の実にくぎ付けになっていた。


「リタさん?」


 恐ろしい魔王を前にしているというのに、リタはあまりにも自然体であった。


「それじゃあ収穫するべ」


 リタが鎌を手に魔王マッドプランタンに近づいてゆく。


「ちょっ、リタさん?」 


「く、来るな、来るなぁぁぁぁぁぁぁ!」


 魔王マッドプランタンが悲鳴と共にリタに蔦をのばす。

 魔王マッドプランタンは植物を支配する魔王。彼が命ずればあらゆる植物が彼の武器となる。彼は歴戦の勇者であるユーシャであっても一筋縄ではいかない、超再生継戦型の魔王だ。

 ユーシャが剣を抜きリタを襲う魔蔦を切り裂く。だが余りにも多い魔蔦を捌くには彼一人ではとても手が足りなかった。

 ユーシャの心に焦りが浮かぶ。このままではリタを守り切れない。

 今は撤退するべきだ。ユーシャの冷静な部分がそう提案する。 


「まーた雑草さ生やして」


 だが、当のリタは魔王マッドプランタンを恐れる事など無く、放たれた蔦を草刈り鎌と鉈で切り刻んだ。

 収穫ショーの始まりである。


 ◆


 魔王マッドプランタンがみるみる間に解体されてゆく。

 鉄の鎧も切り裂く刃の葉を刃の無い根元で刈り取り、恐るべき速度で相手を貫き体中の水分を吸い尽くす根の攻撃を、まるで雑草を刈り取る様にあっさり切り裂いてゆく。

 そして枝を断ち切り、皮を剥ぎ、遂には魔王の命ともいえる実に迫る。

 魔王の顔が絶望に染まる。


「い、いやだ……もう勇者でもない村人に収穫されるのは……嫌だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 ナッカー地方の空に、魔王の絶叫が響いた。


 ◆


「今年も良い出来だべ!!」


 かつてナッカー地方を襲った魔王マッドプランタン。

 彼はナッカー地方を緑で埋め、次なる標的を探していたその時に彼らに出会った。

 彼らは自分の分身である植物を瞬く間に刈り尽し、彼の体から成る実を食した。

 そうして、魔王マッドプランタンの実の余りの美味さに魅了された彼らは、その場所に住み着き魔王マッドプランタンを栽培する事を選択した。

 それこそがイーナカ村の始まりである。

 魔王マッドプランタンは恐ろしい魔王である。

 かつてナッカー地方を制圧寸前にまで至った恐怖の存在。

 だが、長年魔王マッドプランタンを収穫してきたリタ達イーナカ村の人間にとって、かの魔王とその眷属たる植物型の魔物達の存在は、庭に生えたトマトを栽培する程度の認識でしかなかった。

 実を奪われた魔王マッドプランタンの姿を見て、ユーシャは、無意識に黙祷を行った。

 戦う事こそ無かったものの、その最後にはユーシャも思うところがあったからだ。


「ユーシャ様ユーシャ様!!」


 緑の植物汁に塗れたリタがやって来る。割と壮絶な姿だ。


「マッドプランタンの実はとっても美味しいんだべ。勇者様にも是非食べてほしいんだべ!」


 勇者の頬が引き攣る。

 彼の戦いはこれから始まるのだった。

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