第5話 旅道中



 空が白みだした頃、次の街に続く街道をにて、私は背筋を伸ばした。


「よし、行こっか」


 私はそうアレスに言う。


「ああ」


 静かな返事が私の隣についた黒毛の馬から聞こえてくる。

 先ほど変身した彼は、先程までの犬の姿は影も形もない。本当に不思議生物とは便利なものだと感心する。

 それはそれとして、ここからはアレスの背中で私は過ごすことになる。

 こんなに楽でいいのかとも思うが、アレスがそうしろというのだからしかたがないのだ。


「で、どうやって乗ったらいいの?」


 乗馬の経験なんて無い私は正直にアレスに聞いた。

 こんな高いところに私の脚力では乗れるわけないし、そもそも普通に乗ったら股に食い込みそうだ。


「鞄に大きな革が一枚入っていただろう? それを敷けばいい」


 そう言われて鞄を探ってみる。あった、底の方にそれなりに分厚い革が丸めてあった。

 これを敷いて、乗る。それは分かった。が、それ以上が私には無理だ。


「アレス、腰って下ろせる?」


 私のその問いかけにアレスは首を傾げた。そして、少し間を置いて腰を下ろしてくれた。


「すまない。美奇には少々高かったか」


「うん、どう頑張っても、横っ腹にしがみつくまでしか出来ないわ」


 謝罪するアレスの背にまたがりながら、私は皮を敷いた。

 うん、これなら背骨が食い込むことはない。


「出発進行かな?」


「ああ、明日には着くはずだ」


 アレスはそう言って腰を上げて歩き出す。

 いつもより高い視界はずっと先まで開けていて、なんだかワクワクする。

 自転車やバイクよりなんだかずっしりした安心感に揺られながら私は異世界での初めての町から出たのだった。


    ****


 つまんない。そう思ったのは、出発のワクワクも冷めてきたお昼ごろだった。

 朝ごはんも済ませて、そこからずっと揺られたまま、何もない。

 小説のようにモンスターが出たりしないし。盗賊も出てこない。平和すぎてあくびが出てしまう。

 いや、平和じゃない場所に道なんて作らないのだろうからこれで正しい。でも、せっかく別世界に来たんだからもっと色々あるかと私は期待していたのだ。

 暇で暇で仕方がない。そんな暇に飽きた私はアレスに向けて声を出した。


「ねぇ、アレス。この世界ってさ。動物って何がいるの? 幻獣っている?」


「動物はそちらと共通だ。幻獣に関しては、一応いる」


 私の問いかけに、アレスは前を見たまま短くそう答えた。

 私はやったと小さく声を上げた。私の世界と異世界違いを見つけて、朝のワクワクがまた戻ってきた。

 少し興奮しながら私は早口で喋る。

 

「どんなのがいるの? ユニコーンとか?」


「竜や火蜥蜴もいるな」


「へー!」


 そうそう、こういうのが欲しかったのだ。

 命が一番大事だが、やっぱりこういう冒険っぽいのもほしい。


「どこに住んでるの?」


「森の奥、火山の火口の中、洞窟の奥、人の手が入りにくく、環境が変わりにくい場所が多い」


 おおー、それっぽい。私は勝手にテンションを上げながら、そのまま突き進んで期待を口にする。


「此処で見れるかな?」


「無理だな」


 そして、バッサリ斬られて撃沈した。


「嘘ぉー」


 私は明らかにがっかりして肩落した。

 それを感じたのか、アレスが愉快そうに笑う。


「此処に出てこられたら大パニックだからな」


 そりゃそうだ。竜が出てきても火蜥蜴が出てきても、火災待ったなし。もれなく死者が出るだろう。

 それが普通だし、そうなっているのは安全でありがたいということか。残念ではあるが、仕方ないだろう。

 でも、そういう生物ってどうやって生まれたのかという部分に私は新しい疑問を憶えた。私の世界と動物が共通なら、彼等と幻獣の出生の違いは何かと言うものだ。

 でも、この世界の住人でない私に想像がつくはずもなく、素直に聞くことにした。


「じゃあ、その幻獣って他の動物となんで違うんだろう?」


「環境の影響だ。特に魔力によるものだな」


 魔力! ついに来たと私は思った。


「魔力って、どんなものなの?」


 少し前のめりになりながら聞いてみる。

 アレスはどう答えたものかと少し唸った後、言葉を選んでゆっくり話してくれた。


「簡単に表すなら生命力だな。星も、動物も、万物は魔力で構成されている。それがあれば生きているし、無くなったら死ぬ」


 へー。私はそんな感嘆詞を漏らした。

 だが、そこからどうやったら幻獣が生まれることに繋がるのか。

 一応聞いてみることにする。


「幻獣は?」


「動物が持つ魔力は少ない、故に外部の強い魔力の影響を受けやすい。彼等は森や火山の奥にいることで、星の魔力に繋がって形を変えたんだ。

 そうだな、妖精や精霊に近くなったといえば想像しやすいか?」


 私は頷く。妖精や精霊、マンガや本では自然の化身なんて言われるものだ。

 動物が変身して自然の力を持ったものが幻獣そういうことなのだろう。


「じゃあ、星と繋がってるってことは星の魔力を使うってことね」


「その通りだ。彼等の魔力が尽きることはなく、討伐が難しい。故にその体の一部は高額で取引され、星との繋がりを持ったその一部を使用した物品は強力な力を持つ」


 まさしく夢にまで見る不思議な力だ。私はドンドン興味が湧いてきた。

 私の世界での幻獣との違いについて、口がどんどん良く喋る。

 気づいた時には喋り込んで夕方になっていた。


「そろそろ、旅行者用の小屋が有るはずだ。この調子なら野宿は回避できる」


「ホントに? やった!」


 野宿も覚悟していた私にはその知らせは嬉しかった。

 彼の言うとおり、しばらくすれば道の傍に小さな小屋があって、薪はないが、囲炉裏があって、井戸があって、不便は感じない。

 燃やすものだけ探しに、近くの森に入ることにした。


「太い生木は煙が出る。細い落ちている枝を探す」


「わかった」


 虫や爬虫類は大丈夫な方だ。私の家が田舎だったのもあるからだろう。

 夕方なので少々暗い。方向がわからなくなると困るので、見つけられる範囲で見つけて戻ることにした。


「おまたせ」


「ああ、背中に積んでくれ」


 戻った先には先にアレスがいて、彼の背中には私の二倍ほどの枝が積まれていた。

 私より短い時間でよく見つけたものだと思ったが、犬になれば鼻が利くし、夜目が効く動物もいる。それに変身すればいいだけだと気がついた。


「アレスの体って便利ね」


 私は素直にそういった。


「怖がられるから人前ではしゃべれないがな」


 アレスはそう言う。肩をすくめる姿が容易に想像できた。

 小屋に入って火を付ける。火炎放射を使えば火打ち石いらずでとても便利だ。

 夕飯を適当に食べて、揺れる日を眺める。


「明日も早いぞ早めに寝たらどうだ?」


 犬の姿に戻ったアレスが私にそう言った。


「うーん、まだ眠くない」


 私は歩いていないのだから。でも、日本ではないから暇つぶしもない。

 やることといえば、もう寝るだけだ。


「でも、仕方ないか」


 私は渋々納得して寝ることにする。

 と、そこで有ることに気づく。


「ねぇアレス。寝袋ってある?」


「寝袋?」


 アレスが不思議そうな顔をする。しばらくして二人同時にしまったと声を上げた。


「しまった」


 アレスは不意打ちのショックで尻尾を下げて落ちこんでいた。寝袋が必要ないからすっかり忘れていたそうだ。

 いやいや、それなら私だって、忘れていたのだ。自分のことなのだから、本当なら私が自分で言い出さなければいけないことだ。

 正直、床で寝るのは避けたい。寝れないわけではないが、起きた時の地獄が目に浮かぶようなのでやめておきたいところだ。

 二人で少々悩む。そして、悩んみつかれた私がアレスにもたれかかった時に、それは降ってきた。


「アレスを布団にしていい?」


「なんだって?」


 私の質問がわからないというふうに、アレスが聞き返す。

 私はアレスのモフモフの毛を撫でながらもう一度言う。


「アレスってモフモフなんだし、私を包めるくらい大きい生物に変身して、布団になってくれない?」


「いいのか?」


 いいって何が? と私は聞く。


「私の性別は……一応オスだぞ」


「なにそれ初耳」


 いま明かされた衝撃の真実。

 私は目をパチクリさせてアレスの顔を見る。

 ああ、なるほど私は人生初めて父親以外の男と一緒の部屋で寝たわけだ。


「それでだな、一緒の部屋は仕方ないとして、同衾するようなことはだな。

 一応美奇も女性なのだし」


 アレスは少し慌てた風に言って、顔をそらす。なんだか可愛かった。

 その反応を見て、私は確信する。このまま押し切れば布団が手に入ると。


「私はいいよ別に」


「いや、だがな」


「だって、私。アレスを信じてるもの」


 笑顔でそう言い切る。何かを返そうとしたアレスの言葉は彼の口の中でモゴモゴと沈んでいっていた。

 勝った。私は心のなかでほくそ笑む。


「じゃあ、何になってくれるの?」


 そう言って、とどめをさした。


「熊」


 短い答え、頭をどけて、アレスの変身シーンを眺める。

 黒くて丸い包みみたいになった彼は、そのまま体積を大きくし、包を内側から破ることで変身を終えた。

 出て来たのは大きな黒い熊。体長は三メートルはあるだろう。

 アレスはごろりと床に寝て、私に向けて両手を開く。

 モフモフの毛皮ぶとんがそこにあった。


「お邪魔しまーす」


 私はそこに転がり入って、アレスの両腕を枕代わりにする。

 あったかモフモフで気持ちがいい。私はご満悦でアレスに笑顔を向ける。


「なんだ?」


「ありがとう」


 私の笑顔に、アレスはすこしばかり口ごもる。

 どういたしまして、と短く聞こえたのに満足して、私は目を閉じた。

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少女と獣の異世界記 面無し @turanasi

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