第4話 異世界の生活事情
昼寝から覚めた後、晩ごはんにしようとアレスと一緒に下に降りた。
夕食はメニューは決まっているらしいので頼まずともお金を払えばいいだけだ。
アレスが翻訳してくれたところによると、部屋に持っていって食べて、食器は食べ終わったら返しに来るらしい。
今回のメニューはパンに卵焼きにサラダ一皿。
アレスの分として二人分もらって、私は上に上がる。
『いただきます』
二人で一緒に唱和して、食事をとる。
気になるお味は、それなりに美味しかった。
やはり普段作ってる人が作ったほうが良い物ができる物だと感心する。
日本の素材で私が作ればこれと同じくらいになるだろう。そう思えば、現代の農業の凄さがわかってくる。技術って大事だ。
量は多くないので、二人共早めに食べ終わり、満足気分で私はベッドに横になる。
ぼけーっとしていると、昼間と同じく、風呂に入ってないことを思い出して体がムズムズしてきた。
なんだか耐えられなくなって、私はアレスに顔を向ける。
「ねぇ、お風呂とかって無いかな?」
食べ終わって床に伏せていたアレスは、私の言葉に耳をピクリと動かすと。
少し考えてから応えてくれた。
「風呂はないな。温泉地帯ならともかく、大量のお湯は手間がかかるからな」
当然の返答が返ってきた。じゃあ、ここの人は体を拭くのだろう。一定期間に何回とかのペースで。しかも、それがお湯だとは限らない。
お湯は難しいか、と思った一瞬思ったが、アレスはだが、と付け加える。
「水くらいなら私が温めてやれる」
「本当!?」
本当不思議生物ってありがたい。
私は急いで立ち上がり、アレスを急かして下へと降り、『タオルと水を貸して』という文言を一度で憶え受付に走った。
「『タオルと水を貸して!!』」
私が早口でそう言うと、受付さんは勢いに圧倒されたのか体をのけぞらせながら頷いて。そそくさと後ろへ入っていく。
「やけに覚えるのが早かったな」
誰もいなくなった受付を前に、アレスが私の足元でそう言った。
その声は今までは本気じゃなかったのかと聞きたそうだ。
「偶然よ。三度目だし、ちょっとだけ発音にも慣れたもの」
嘘ではない。文言を覚えるのは三度目、発音にも少しは慣れた。
まぁ、何よりも体がムズムズするのに耐えられない故の気合もあるが、それは目先のご褒美に釣られたようで恥ずかしいから秘密にしようと思う。
そんなこんなで少し待っていると、受付さんが水の入った桶とタオルを持ってきてくれた。
受け取って、満足気分で私は方向を変える。
瞬間、私は後ろから肩を叩かれた。
「はい?」
後ろを振り向けば、受付さんが催促するように手を出していて。私は何をしてしまったのかとドキリとした。
そして、数秒考えた結果。レンタル料だということに思い当たった。
そりゃあそうだ。祖母が子供の時は使い古した服を縫ってタオルにすると聞いたことがある。つまり布はそれなりの値がする。レンタル料があってもおかしくない。
「アレス」
私は足元に声をかけた。
私の声に気づいた彼は頷いて、上の階に上がっていく。しばらくして、戻ってきた彼は、お金の巾着を持ってきてくれた。
受付さんの言った代金をアレスに出してもらう。
行商さんの時と同じように、しゃがんでコインを拾い、受付さんに渡す。
受付さんは数を確かめた後、言っていいよと言うように私達から視線を外す。
本当に大丈夫か何度か振り向きながら、部屋に戻った。
部屋に戻って桶を置いた私は、ベットに座って息を吐きながら胸をなでた。
呼び止められて緊張した私の胸はまだ少し音を立てている。
「びっくりしたぁ」
そうつぶやきながら。私の足元のアレスに抱きつく。
モフモフの毛皮に抱きつきながらお礼を言う。
「お金ありがとー」
「いや、私も気づかなかったよ」
そう言って、アレスは抱きつく私に顔を擦る。
いやはや、何をしてしまったのかと思った。
さて、と気を取り直して、桶を間に挟んでアレスと座る。
「お湯にするのって、火を吐くの?」
そう問う私にアレスは首を振った。
「いいや、体の一部を発熱させる」
ああ、戦うミツバチみたいな芸当をするということか。
でも、アレってお湯を沸かせるほど熱ができるのだろうか?
いや、アレスが言うのだできるのだろう。私は信じてみていることにした。
アレスの尻尾がいくつも別れ、棒状になって伸びる。伸びた尻尾の先が水につかると、一気に振動音をたてた。
水が少しだけ揺れている。大きく揺れないのは棒の振動が大きくないからだろう。
しばらくして、湯気が出始めた水に私は驚きで口を開けていた。
「できたぞ。温度は五十度くらいだ」
アレスに言われて桶に手を入れてみる。
その暖かさに私は感嘆の声を上げた。
「すごーい!」
その声に、アレスは自慢気に変化させた尻尾をふる。
私は早速タオルをお湯に浸し、絞ったあったかタオルで顔を拭く。気持ちいい。
これはいいと私は服に手をかける。ジャージの上を脱いだところで、私ははっとして上半身を隠した。
「どうした?」
アレスが不思議そうに首を傾げる。
気づいてないであろう彼に、私は頬を書きながら伝える。
「その犬外見のアレスに言うのも何だけどさ……その」
それで言わんとしたことを理解してくれたらしい。
わかったと頷くと、そのまま背を向けて、器用に扉を開けて出て行ってくれた。
私はゆっくり腕を体から外す。
自分でも言っていたとおり、犬の外見のアレスに言うのも何だ。でも、恥ずかしかったのだから仕方がない。言葉の通じるアレスには、なんだか見せたくなかった。
ただ、このまま恥ずかしさでゆっくりして、アレスを待たせては悪い。私はタオルを手にとって、体を拭いていく。
拭き終わったら下着を着て、頭を桶につけてゆすいだ後、ズボンとシャツを着て、扉を開けた。
アレスは扉の前でおすわりして待っていた。
私が開けて顔を覗かせると「終わったか?」と確認にして部屋に戻っていく。
「気持よかったか?」
「もちろん!」
使用したお湯を見ながら聞いてきたアレスに私は頷いた。
そうか、とアレスは短く答えて、少し悩むように唸った後、自分も入ってみると言いだした。
「いてもいなくてもいいぞ」
そう、アレスは言ったが、私は追い出したのに、アレスの時は残るというのはなんだか悪い気がして、私は外で待つことにした。
外で扉に背をつけて待つ間、結構色々体験したものだと、勝手にそう思った。
此処の一日は日本でのそれに比べてかなり落差が有る。
野菜は硬いし、電気ではなくランタンだし、タオルはレンタル料がかかるし、家は全部木造。それに、とどめを刺すように、トイレはボットンだ。
私は一つ一つ思い出しながら、日本での生活に今更に有り難みが湧いてきた。
でも、それをもう一度味わうことがあるかどうかもわからないのが少々残念だ。
もし帰れなかったらと想像して、色々と不便を考えて。
「でも、アレスがいるし大丈夫か」
そう、私は呟いた。
脳天気だと、言った後に自分でそう突っ込む。
でも、死にかけた私に命を助けてくれた彼は降って湧いた奇跡のようで、その信頼に似たものが、私の中で何があっても大丈夫という安直につながっていた。
きぃ、と扉が開いて、スキマからアレスの顔が覗く。
「終わったぞ。桶を返しに行こう」
そう言うアレスに返事をして部屋の桶を取る。
桶とタオルを返して、外を見ると、ちょうど日が山に沈みかけている所だった。
明かりを消して、ベッドに横になる。
目の前で昨日のように丸くなったアレスを見ながら私はまぶたを閉じる。
日本では考えられない早寝は、二日目になればもう慣れたようで、私は空へ昇るような気持ちで眠りに落ちていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます