第3話 レッツショッピング




 疲れきっていた私の起床は太陽がお昼を回ってしまった頃だった。

 起こさず好きなだけ寝かせてくれていたアレスには感謝だ。ベッドの上で体をほぐす。ボキボキと小気味の良い音が体から響いた。

 一度深呼吸する。今朝(もう昼だけれど)は気分爽快、体力も回復して気分がいい。


「おはよう。アレス」


「おはよう。美奇」


 ベッドの横でアレスはおすわりしていて、朝の挨拶に合わせて待ちわびたぞとでも言うように立ち上がった。

 今日は買い物と言われていた。ただ、お昼だしお腹がすいている。別世界も三食なのだろうかと思いながら聞いてみた。


「残念だがここは朝夕二食の地域だ。宿の飯はおそらく頼めないだろう」


「あらら、残念」


 無念なり。私のお腹は夕飯まで放置されることになるのか。

 いや、我慢できるのはできるが、今まで口にしたのは干し肉だけだ。やっぱりもうちょっと、欲を言うならもっと欲しい。

 そんな私の残念な感情が顔に出ていたのか、アレスは心配するなと言ってくれた。


「外で野菜を買って、それを料理しよう。私は肉しか持っていないからな」


「いいの? 昨日の見たらわかるかもしれないけど、私、たくさん食べるよ?」


「食べ過ぎなければ良いさ。過食は太る原因だが、消費が追いつくなら問題ない」


 次の街までは二日間歩きだからな。とアレスは付け加えた。ああ、そうなのか、なら問題ない気がする。うん、大丈夫だろう。


「じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」


 私は自己主張をしそうなお腹を撫でながらそう言った。




 アレスによれば、小さいこの町に市場というものはないらしい。三人の行商の人が三日交代で駐留するそうな。

 周りに畑ばかりで商店と呼べるようなものがなかったのもそのせいかと私は納得した。宿屋は行商の人が使うからあるのだろう。

 行商しかない町なんて有るんだと思いながらアレスと歩き、宿屋から行商さんがいるという端まで着くのに家三軒。距離にして二十メートルそこら。

 此処で一瞬の違和感を感じて振り向く。町のもう片方の端が見える。

 それで気づいた。ここは私が考えている以上に小さい町だ。いままでそんなことにも気づかなかった。

 ここは、現代日本での村、しかもその村でもかなり小さいやつだ。ああ、そりゃあ行商しか来ないわけだ。


「何かあったか?」


 ふと、足元から小声で声が掛かる。立ち止まっていた私を気にかけた、アレスが戻ってきていた。

 私は考え事をしていたことを伝える。


「私には色々珍しくて」


「そうだろうな。美奇の世界からすれば此処はあまりにも文明が低い」


「でも、冒険物語にいるみたいでちょっと楽しい」


 昨日の今日で少し余裕ができた私は素直にそう口にした。

 それを聞いてアレスはそれなら良かったよと尻尾を揺らしながら呟いて、行商さんの方へと歩いて行く。私もその後に続いて歩き出した。




 行商の人に言うことを、アレスにもう一度教わる。


『服と食べ物を買います。自分で選びます』


 その文章を覚える。昨日ほど手こずらなかったので少し嬉しい。

 忘れない内に行商さんの前に行って、私は憶えた言葉をゆっくり話す。

 何とか伝わったようで、行商さんは奥から服と食べ物の入った箱をそれぞれ持ってきてくれた。


 服は後で選ぶことにして、まず食べ物の方から覗いてみる。

 中身は干したりして加工した保存食が主で、生は少なかった。当然だけれど、産地の近くでなければ野菜を含めた腐りやすい物は食べられないのだろう。

 ああ、でも一つ良かったことがある。中に入っている物は私が知っているものが殆どで別世界特有の全く知らない食べ物というものはなかった。此処に持ってこれないだけかもしれないが、まだこの世界に慣れていない私にはこの方が嬉しかった。

 明日の道中用に干し肉とパン。今日のお昼に玉ねぎと人参それからピーマンを買った。

 野菜をどう料理するのかは、分からない。アレスが頷いてオッケーしてくれたので大丈夫だと思う。最悪もう一回来て調理器具を買えばいい。


 次は服だ。考えてみればもう四日もお風呂に入ってない。それを考えたら気分は最悪、せめて服は新しいのがほしい。

 と、箱を覗いて私の今まで見てきた服との落差に私は固まった。

 生地が薄いし、飾り気もない、当然といえば当然だ。此処は別世界なのだ。日本のように技術があるわけでもない。一着一着手で縫われているのだろう。

 服は、着れればそれでオッケー、オシャレは金持ちの道楽なのだろう。

 仕方ない、私はそう考えて固まった体を動かす。

 じっくり十分、私は服を選んだ。

 結局、旅用のシャツとズボンを二着ずつと、現代女の子のせめてものオシャレとして裾のあたりに少しだけ飾りのついたチュニックに似た服を買った。

 さぁ、これでこの世界の服の基準はあらかた分かった。

 今度は鬼門の下着選びである。

 意を決して、箱を覗いて見る。ドロワーズとブラジャーがあった。

 手にとって見れば、ドロワは股に穴は開いていない、ブラは紐でくくって締めるようだ。目の前の文明的に股に穴が開いているのも覚悟していたが、そんなことはなかったようだ。少し安心して、私は胸をなでおろす気分だった。

 ザイズ表記なんて無いので、目測で図りながら選ぶ。下着を見せる予定はないので飾り気のない物を選んでおく。歩くのにそこまで拘る必要はないだろう。

 行商さんになんとかこれでオッケーのジェスチャーをして、代金を言ってもらう。

 足元のアレスの方を向くと、荷物から財布である巾着を出して、器用に前足でコインを選別してくれる。

 しゃがんでそれを受け取って、行商さんに渡す。

 本日の買い物は、これにて終了だ。




 行商さんから少し離れて、アレスに話しかける。


「料理、どうするの?」


「調理器具だろう? 塩と胡椒、あとフライパンがある。生肉は危ないと廃墟にあった本に書いてあったからな」


 ああ、寄生虫とかのことだろうか?

 一瞬、アレスなら大丈夫なんじゃないかと言いそうになったが、尻尾が楽しそうに揺れているのを見て言えなくなってしまった。

 まぁ、無理に言うこともないだろう。そのおかげで私は料理できるのだし。


「火は?」


「任せておけ。私は火を吐ける」


 おお、実験動物の本領を此処で発揮しようということか。頼もしい。


 宿の部屋に付き、早速やろうと思って、私達二人共が自分の穴に気がついた。


「ここ、木造だよね?」


「そうだな」


 簡単な穴に何故気が付かなかったのかと私は自分を叱りたい気分だった。

 私達の間に気まずい空気が流れる。私の方から口を開く。


「厨房借りる? いや、そもそも借りられる?」


「薪代を払えば、かまどは貸してくれるだろう」


 聞いてみなければわからないと、二人ですごすご下へ降りて、受付さんのところへ行ってみる。

 フライパンと野菜を見せたら話さずともなんとなく察してくれたようで、いくらかお金を払ったら好きに使っていいと言ってくれた。ありがたい。


 厨房は煙が出るからか屋根がある以外はほぼ外にあるようなものだった。かまどが二つに洗い用の水が入った瓶が一つ。まな板なんかを置く台が一つ。

 まずは、包丁を手にとってアレスと野菜の下準備をする。

 アレスの尻尾が二股に分かれて猿手と、何かの爪になって、器用に野菜をさばいていくのを見るのは随分と不思議な光景だった。

 全部の野菜を薄切りにし終わったところで、私はかまどに薪を並べた。

 並べ終わったかまどにアレスが口を向ける。口から吹き出すように火を吐いた。

 火力十分、薪にはすぐに火がついた。野菜の準備から火付けまで、アレス万歳とはこういうことだろう。

 最期の行程だ。加熱されたフライパンの前に、私は斬られた野菜片手に立った。

 料理は人並みにしかしたことがない。でも、火を通すくらいならできるだろう。


「行きます」


 人参から順に野菜を入れていく。炒めるだけの簡単な料理。

 調味料を適当に入れて、アレスの持っていた金属のお皿に盛りつけて完成。

 三つの野菜の野菜炒め、料理できる野菜が少なかったのもあるが、随分簡単で手抜きに見える。

 まぁ文句は言うまい。材料があったとしても、私では結局同じようなものしか作れなかっただろうし。


 冷めない内に火を消して、片付けをして上に持って上がる。

 机なんて無いので床に並んで座る。

 アレスが持ってきたというスプーンを持って、お皿を並べた。


「いただきます」


 私はいつもの習慣でそう言う。アレスは一瞬不思議そうにしたが、すぐにどういうことか思い当たったようで、私に習って同じことを唱えた。

 二人同時に、気になる料理に手を付けて見る。

 

「うーん」


「なんとも言えないな」


 私達二人は唸った。食えないほどまずいとは言わないが、美味しいとも言えない味だったのだ。

 それに、酷く言うなら野菜が日本のに比べて明らかにおいしくない。ちゃんと火を通したのに少々硬い。

 だが、日本と比べても仕方ない。食べられるだけでもいいだろうと納得して、最後の一口まで口に入れる。


『ごちそうさま』


 二人で一緒に唱えて、お皿を片付ける。

 しばらくて、お腹が膨れたせいか、少し眠たくなってきた。


「あーいい気分」


 ベッドに横になりながら、床にまるまるアレスの揺れる尻尾を見ながら呟いた。

 しばらくその揺れを見ていると、揺れに釣られるように私の意識は沈んでいって、気分が良かった私はその眠りに抗うこと無く昼寝を享受することにした。

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