第24話 花壇

「こんなに距離あったかなぁ?」

「何、言ってんのよ。ただの運動不足よ」

「登りもこんなに急だったっけ?」

「ん~、確かに…言われてみると」

「ハハハ。お互いもう若くね~な」

「何よ、それ。レディーに対して失礼じゃない」

「ハハハ。ムキになる辺り、自覚があるって証拠だな」

「ま、確かに。数字は嘘をつかないものよね」

「おっ、出た。苗ちゃんの今日イチ名言」

「ただのドラマの台詞よ。昨日、一緒に見たじゃない」

「そういや、そうだったね。苗ちゃんの横顔に見とれてた」

「バ~カ」

 何気ない会話をしながら須藤健太と妻の早苗は秋桜園へ向かっていた。

今日は紺野由美の命日。

この日だけは毎年、2人で秋桜園へ行くのが通例となっていた。

『Yumi Konno』

 彼女の花壇を前に早苗は首を傾げた。

「どうした?」

「ね、健太。これってアプローズじゃない?」

「アプローズ?」

 恋し草の綺麗なピンク色の傍らで、凜とした青色のバラが一輪。

間違いなくアプローズだった。由美の花壇にそっと挿してあった。

 そこへ河合憲正が通りかかった。

「今日の午前、綺麗な女性がそのアプローズを…」

 ほぼ同時、健太と早苗は言葉を発した。

「女性?」

「あぁ。その女性、夢叶ったって言ってたよ」

 そう言って憲正は静かにその場を去った。

「夢叶った…」

 須藤健太と早苗はしばらくの間、そのアプローズを見つめていた。

 何ひとつ偽りのない青。それは紛れもなく由美が夢見た『青』だった。

 そして、健太がつぶやいた。

「由美だったのかな」

「えっ?」

 早苗が顔を上げると、健太は右の眉毛をクイっと上げてみせた。

「なっ」

「うん」

 再び、アプローズに視線を戻す2人。

 静かに時間が流れた。

 気付くと真っ赤な夕陽が西の空を染め始めていた。


「また来るよ、由美」

「またね、由美さん」


 このアプローズの花びらに雨の如く落ちた涙。

 その訳を知るのはここに咲く『恋し草』だけ、なのかもしれない。


※須藤健太と椿(旧姓) 早苗は前章の主人公です。



ユメサガシ 続章 儚雪【終熄】

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ユメサガシ 続章「儚雪」 Sepia Factory @sepifa

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