さよなら、ロボット(試し読み)

淡波亮作

第1話 シード

「オカエリ ナサイ、マサル サン」

 今時珍しい木製の重々しい扉がキイッと音を立て、顔も全身もくまなく角張ったロボットがサイコロのような顔を覗かせた。

「あぁ、何だシードか、ただいま」

「ソノ表現ハ適切デハ アリマセン。家族ニハ 愛情ヲ持ッテ 接スル モノ デショ」

「家族、ねえ……。ま、そうではあるけどさ、お前みたいな普及型はどこでも見かけるからさ。どうも、家族に迎えられたって感じはしないんだよな……さっきも同じのがコンビニにいたし」

「違イマス。私タチ 普及型ロボットダッテ、一体一体個性ガ アリマス。家族ナンダカラ 見分ケテ 下サイニャ……」

「はは、無理言うなよ。シリアルナンバー以外に見分ける手段はないんだから。喋り方くらいしか差は出ないぜ。でもさ、『ニャ』はやめろ、語尾だけ流行りのお笑いを真似したって、それは個性ともユーモアとも言わん」

「ニャニャ?」

「はいはい、分かりましたよ。で、父さんは?」

「ケンイチ サン ハ 川ヘ シバカリ ニ」

「ははは、お前も間違えるんだな。芝刈りに行くのは山だ、山。川は洗濯」

「ソウ デシタカ。昔話ハ非論理的ナノデ、ドウニモ オボエラレ マセン ニャー。デモ、マサル サン ガ ワラッタ ノデ、ギャグ ハ 成功デスネ」

「成功ねえ。で、何、俺に褒めて欲しいのかな。ニャー公」

「ニャー公デハ ナク、シード デス。私達ロボット ハ、賞賛サレテモ ヨロコビヲ カンジル ヨウニ構成サレテハ イマセン。マサル サン ガ破顔シタ コトニ ハ 満足デス ガネ」

「ふん、満足なら良し。で、父さんは?」

「ケンイチ サン ハ 山へ シバカリ ニ」

「面白くない。リハビリかい?」

「エエ、ソウデス。リハビリテーション ノ タメニ 散歩 ニ オデカケ デス。本日ハ マサル サン ガ カエッテ クル予定デシタ ノデ、コンビニエンスストア ニ 缶詰ヲ カイニ イキ マシタ」

「そう、一人でコンビニにね。数日の間に随分と快復したもんだ。意外に早くお前さんの出番もなくなるかもな」

「私ハ ケンイチ サン ノ パートナー デス。配偶者ナド別ノ パートナー ガ ミツカル マデ、私ハ必要ナ存在デ アリ ツヅケル デショウ。買物ナラ私ガシテ、イクラ デモ シテ サシアゲル シ、リハビリテーション ナラ、ギムナジウム ニ イク ベキダ、ト イッタ ノ デスガネ」

「父さんはね、それが楽しいんだよ。何んでもかんでもコネクトで買ってたら、コンビニも要らないだろ」

「ソウデス。コンビニエンスストア ハ、今ノ時代には必要ノ ナイ仕組デス。ノスタルジー ニ ヒタル タメノ道具トシテ以外ニ存在意義ハ アリマセン」

「いいか、シード、文化ってのはな、無駄と無理と暇が作ってるんだぜ。合理性と論理的帰結だけを追求すると、地球は中国だらけになっちまう。それじゃあ遠からず人類は破滅だろう」

「合理性ト論理的帰結ノ追求ダケガ中華人民共和国凋落ノ原因デハ アリマセン。原因ハ、政治腐敗ト貧富格差ノ拡大過多、ソシテ人権蹂躙ト各種ノ政治的抑圧ニヨル第三次人民革命ト……」

「あぁあ、分かった分かった。中国の現代史は決してまだ過去のものになってなんかいないよ。第三次人民革命が起きた時、俺は大学生だったんだぜ。それもあってジャーナリストなんて仕事に就いてるんだからさ」

 その時、ふとシードが笑ったように見えた。だがそれはあり得ない。笑うロボットもいるにはいるが、そんな気味の悪いロボットをペットにしたくはない。感情のない機械が、状況を的確に判断して笑い顔を形作るのだ。そんなものに癒やされる人間がいたら会ってみたいものだ。よく出来たシチュエーションコメディーを目の前で再現されたら、俺は笑うのだろうか。絶妙に計算し尽くされた間で演じられたら、たとえそれが感情を持たぬ四角い顔のロボットの一人芝居だとしても、きっと笑ってしまうんだろうな。笑いに笑って腹がよじれ、疲れた頬を撫でながら無表情のロボットと眼があったら、その笑いをロボットの優しさだと勘違いして、俺も癒やされてしまうんだろうか。どうにも気味の悪い空想だ。まあ、少なくともこのシードにはそんな気の利いたことは出来まいが。

 シードは介護機能を持ったペットロボットだ。父さんの介護のために、俺が十五の時にやって来た。母さんが亡くなって、眠る父さんの世話をする誰かが必要だった。それは俺でも良かったのかも知れない。でも母さんは死ぬ前にエージェントとシードの介護リース契約を結んでいた。シードはデイサービスのように毎日決まった時間に我が家を訪れ、三十分だけ、ひたすら眠り続ける父さんを動かした。俺は最初、シードが嫌いだった。百八十五センチもある父さんに軽々と寝返りをうたせる百四十センチそこそこのシードを見ていると、自分の無力さを指摘されているようで辛抱がならなかったのだ。無表情に仕事をこなすシードの様子に、何某かの恐怖に似た感情を呼び起こされてもいた。

 実際、現代のロボットには危険など全くない。先進各国の連係で作られた非営利組織、国際ロボット管理機構によってあらゆるロボットは例外なくコネクト管理されていた。各個体には三十二桁のUUIDユニーク・アイディーが振られ、人類に対して発せられた言葉は全てログを取られ、コネクト・クラウドによって自動分析されているのだ。言動パターンが隅から隅までプログラムされたロボット達が、機構の想定しない事件なりを起こす可能性は皆無であると考えられていたし、実際、この五十年間でロボットの起こした人身に関わる重大事故は十件に満たない。その大半は、コネクトの予期しなかった個体独自要因の故障による突然の電源停止が引き起こした偶然の連なりによる災難だ。我がワールド・ディスパッチャーズ紙のデータベースによると、被介護者を抱き上げて階段を昇降中に電源停止が起こり、被介護者を取り落としたことによる落下事故が三件、幼児とのボール遊び中に電源が停止、倒れたロボットが幼児に覆い被さって圧死に至らしめた事故が一件、同様の圧死事故が他に二件、食事介護中にフォークを口に差し入れ、そのまま頭蓋を貫通させてしまった事故が一件、これは俺も覚えている。イギリスでの事故だったが、凄惨な事故現場のイメージは、今でもベスト・アクセスト・イメージズの一万位近辺に現れるらしい。誰がそんなイメージを見たがるのか、俺には理解不能だが。それから、その他原因不明の事故が二件だ。

 勿論、昔からの所謂ロボット三原則も未だに有効だったから、あいつらがどんな表情をしていようが、自動的に人類の利益を最優先にして行動しているのは間違いのないことだ。加えて言えば、確か今世紀の半ば頃、三原則に幾つかの新項目が加えられてロボット憲法と呼ばれるようになっていた。人を傷付けない、人を危険から護る、人を傷付けない範囲で自分の身を護るってアレだ。加わったのは、確か、常に良き友であれ、それから、人に癒しを与えよ、だったか、いや、笑いをだったかな。


 窒素と酸素、そして得体の知れない気体で満たされた四℃の透明プラスチックドーム型ベッド。介護者の手を差し入れるために開けられた二つの丸い穴から、シードはスッと手を差し入れ、いとも簡単に寝返りを打たせ、温度と気体組成の確認までやってのけるのだ。

 母さんにもしものことがあったら父さんの面倒を見るのは自分だと決めていたのに、実際に母さんが逝ってしまったら、俺も一緒に父さんの介護からお払い箱同然になってしまったようなものだった。

 大方のロボットが、そう、飼い主──いや持ち主か──に脅威や恐怖心を与えないよう、平均的な成人女性より小柄に作られていることは十五の俺にだって分かっていた。それでも俺はどうしようもなく悔しかった、ピクリと動くこともなく、永遠とも思われるような冷たく長い時間を眠り続ける弱々しい父さん。一緒に駆け回った五歳の頃の記憶は遠い過去に薄れていたけれど、いつか父さんの病気を直してあげるんだと、六、七歳の頃はいつも誓っていたのだから。

 俺はソファにどかりと腰を落ち着け、壁に向かってふうッと息を吹き掛けた。俺の息と温度、それから息に含まれる物質の微妙な組成を瞬時に分析し、今の森池マサルの精神状態に相応しいイメージが映し出された。静かな湖水、緩やかに波紋が広がり、つがいのマガモがゆったりと湖水に筋を作っていた。そしてイメージは次第に半調に薄まり、不在にしていた俺へのメッセージの数々が映し出された。ディスプレイを映し出した俺の姿を目に留め、シードは音を立てないようにして階段を上って行った。 


 元々あまりコネクトを好まない俺には、仕事以外のメッセージは少なかった。大抵のメッセージは取材の結果を早く送れだの、写真を早くセレクトしろだのといった、編集部からの急かしだ。

 普通、記者は取材現場から身近なコネクトポイントを見つけて全データを編集部に送る。それがどんな片田舎でも、誰でも必ず数分以内にペタ広帯域のコネクトポイントをキャッチすることが可能だ。かつての携帯電話ネットワークを遥かに凌駕する世界的な通信網が全地球を包み込んでいるのだから、リアルな物質以外は全てコネクトでやり取りされるのが常識なのだ。編集部にとって大事なのは新鮮な生データで、記者個人のコメントは参考程度だ。だが俺のやり方は正反対だ。タップリ撮った取材写真と録音、リアルなサンプル、それから熟考してテクストを練り上げる。取材者の主観が入らない記事など何の意味があるのだ。ただの現場写真なら、スパイ衛星に任せておけばいい。数百万の読者が世界についてじっくり考えるきっかけを作るマテリアルを提供する、それこそが俺の存在意義なのだから。今回も俺はタップリ二週間掛けて、脳に染み込んだデータがフツフツと発酵するのを待ち、写真と動画と音声と思想が完全に融合した記事を上梓アップするのだ。編集長だって分かっている、こんな記者が今の世にも必要だってことがね。

〈お帰り、マサル。スミカ・フロム・ローマよ。スーダンはどうだった? 日本酒が懐かしくなったらいつでも言って。日本に帰ったら付き合ってあげるからね!〉

 スミカからのテクストはいつもシンプルで、余計な感情の押し付けがない。高校時代からもう十五年の付き合いになるが、友達以上、恋人未満の微妙な距離感は変わらなかった。俺の表情から懐かしさを読み取ったのか、お節介なコネクト・システムはスミカのイメージを映し出した。今時珍しい二次元上に静止したままのその写真は、システムに勝手に撮影させたものではなく、昔のスナップ写真のようにカメラに正対して嬉しげに笑う姿だった。ポータブル・ネットワーク・グラフィックス形式に永遠に固定された数百万個のピクセル。像の周囲は自動的にマスキングされ、静謐な湖水のイメージがスミカを囲んでいた。ゆったりとうねる波紋は、却ってスミカの快活さを際立たせていた。


「ただいま! シード、マサルのやつ、今日はもう帰って来ないかな」

 父さんの声だ。鴨居まで届きそうな父さんの細長いシルエットが、玄関扉を開け放った空間にクッキリと影を作っていた。俺は手を横にはらうジェスチャーでディスプレイを消すと、柔らかなソファから腰を上げた。俺の尻で創られた凹みが、視界の隅で徐々に膨らんでいった。

「父さん、ただいま」

 俺の目の前に、事情を知らなければ俺の弟にも見えるほど若い父さんが、虚を突かれた顔で立っていた。次の瞬間、父さんはニッコリと笑顔を作ると、一歩前に踏み出した。俺を抱きしめようと両の手を差し出した父さんは、そのまま俺にもたれかかった。三十を過ぎて、結局父さんの身長を追い抜くことは出来なかったけれど、二十五年間人工冷凍睡眠装置フリッジの中で眠り続けた父さんは、恐ろしいほど軽量で弱々しかった。

「父さん、大丈夫かい。コンビニまで一人で行くなんて、まだ無理しちゃいけないじゃないか」

「エドガー先生がね、許可をくれたんだよ。暖かい時間だったら外出しても構わないってね。それにさ、父さんがどこを歩いてるかとか、ちゃんと動いてるかってことは全部シードがマッピングしてるんだろう。何かあったら直ぐ先生にコネクトしてくれるんだから、心配はないさ」

 父さんは友達に話すように言う。無理もない、父さんの記憶の中では、俺はまだ五歳の幼稚園児であって、見守り、愛おしみ、導く対象でしかなかったんだから。こんな髭面で日に焼けて浅黒く荒れた肌の、小汚ないおっさんが最愛の息子の成れの果てだと知った瞬間のショックは、どれほどのものだったろう。そんな思いについ囚われてしまう俺をよそ目に、無邪気な笑顔で父さんは言う。

「ホラ、これ買って来たんだ。ブレインオイル。シードにプレゼントしてやれるものっていったら、これくらいしかないだろう。電気は庭に出れば勝手に充電出来ちゃうし、服も着ないし音楽も聴かない。なあ、マサル」

「まあ、そうかもね。オープン情報は何でもただで手に入るから、もしシードが音楽を聴きたければコネクトして聴き放題だもんな。でも、ロボットも音楽を聴いて喜ぶって話、アレは作りっぽいけどな」

「そうか、父さんとしては、そういう話は信じたい気もするけどな。そろそろロボットにもそのくらいの知性が備わってもいい頃だってね。あ、そうそう、マサルにはこれだ。日本の味付けが恋しかったろう」

 父さんは人懐っこいような笑顔を崩さず、コンビニのカサカサ袋からコンソメ味のポテチを取り出して俺に手渡すと、続いて掌に載る大きさの青い缶詰を取り出した。いびつな多角形のマークに続いて懐かしいシカゴ・フォントでBrain Oilと書かれたその缶を顔の前に掲げ、父さんは愛おしいような、それでいて憎しみの混じったような表情で見つめて言った。

「父さんが若い頃、脳オイルって言ってた物があったけど、あれとどう違うのかね。人間様用の脳オイルとロボット用のブレインオイル。似て非なる物か、同じ物だったりしてな。マサルは知ってるんじゃあないか? 職業柄さ」

どう見ても三十代前半にしか見えない、そろそろ六十一になろうかという父さんが言った。

「そう、昔のことは知らないな。脳オイルなんてものがあったの。思うに、ブレインオイルって名前は単なるレトリックじゃないかな、ロボットにあるのは脳じゃなくてCPUなんだからさ、自転車に差す機械油みたいなもんじゃない?」

「そうか、機械油ね。何だかつまんないな、『あなたの大事なロボットの精神を健やかに保つ』ってキャッチが泣くぞ」

「はは、ロボットに精神はないだろう。単に途轍もなく複雑な計算器、ただそれだけだよ。今世紀前半から半ばに掛けて、確かに人工知性の研究は一定の成果を見せたように思えたし、ロボットは人類のパートナーに一歩近づいたようにも見える。でもね、それは膨大なDBデータベースからの単なる検査結果だったり、学習の反復で獲得された反射に過ぎないんだ。あいつらの頭の中は0と1で埋め尽くされてる。古今東西の文学作品をテクストデータでたんまり蓄積していても、それは単なるカンニングペーパーだよ。CPUは決して理解するということはないんだ。知っているっていうだけで、人を愛したり、その死を悲しんだりすることは永遠にないんだから」

「お前が言うんだから、まあ、そうなんだろう。知らない間に賢くなったな、マサル」

 父さんはそう言うと青い缶詰をテーブルに置き、シードを呼んだ。

「おーい、シード、もう出て来ていいぞ、息子との再会の儀式は済んだから」

 階上に引っ込んでいる筈のシードから、返事はなかった。本当に遠慮して出て来ないのだろうか、たった六日間の不在で? 父さんの気持ちを分かっているとでも? それとも電池切れで寝てしまったか。ペットロボットにはそんなところがある。自分で充電出来ると分かっていても、飼い主がもっと愛情を注ぎたくなるように、故意に充電を怠り電池切れを起こす。そう、プログラムされているのだ。父さんが自ら外出するようになると、シードの介護能力の発揮機会が減る。そうすると、ペットとしての必要性を再確認させるために、太陽電池切れを起こしたということも考えられるのだから。

 降りて来ないシードを待ちかねて、父さんはまだきちんと脳の命令を理解し切れていない四肢を引っ張るような動きで、階段へ向かった。

「待って、父さん。まだ階段は無理だろう。手摺の設置業者が週明けには来るからさ、俺が見て来るよ」

 父さんはカサカサ袋を俺の眼前に掲げ、言うなよ、と言うように人差し指を薄白い唇に当てた。


 何の前兆もなく、それは始まった。前兆どころか、今目の前で起こっている事実にすら、大半の人間は気づくことが出来なかったのだ。極めてプライベートな事件の様相で、世界は雪崩を打って変化し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

さよなら、ロボット(試し読み) 淡波亮作 @awaryo

★で称える ヘルプ

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ