第3話
『四枚歯』
それはローウェルの頂点に位置する"大貴族"。"時計の国"ローウェルにて、唯一空に何も阻む物の無い
"
"
"
"
イディオと黒騎士がシループの店で死闘を繰り広げているのと凡そ同時刻。現代におけるその四家の代表のうち、二人がとある一部屋にて一堂に会していた。
部屋全体がモノクロトーンの高級な装丁で整えられた拡張高い空間の中に、テーブルを挟んで向かい合うようにソファに座った男女が会話していた。
一人は"
そしてもう一人は"
古来より魔技師と素材屋という関係も相まって、縁深く仲の良い関係であったが、今日の二人の間に流れている空気は少々険悪といっても差し支えないものであった。
「人程の思考能力を持つ
白いソファの上で足を組みながらそう話したのは、サラリとした短い銀髪が特徴的な十代後半と思しき少女――イスカル・エクスディアだった。顔立ちは端正で、スタイルも最上のものと言って差し支え無いような見事なものであるが、口調の雰囲気だけが絶望的に外見と合っていない。イスカルは何処からか取り出した歯車を片手で弄びながら目の前の男に話を続けた。
「"機巧所"たる吾輩が造る
吐き捨てるように言ったその言葉に、イライラした様子を隠そうともしない男は怒鳴りつけるように言った。
「あ~ッ、やっぱさぁ、んな事は分かってんだよなぁ! 一応確認はとったがよ!」
テーブル越しに少女と反対側のソファに座っていた男――ジェルララ・ラスパーダは、頭を掻きむしりながら新聞をテーブルに叩き突けた。
それは
「じゃあさ、やっぱコレ
その言葉に、少し作ったような意外そうな顔を浮かべるイスカル。
「ん? 何だ若輩よ。吾輩なんかの心配をしておるのか?」
明らかに目の前の男より若い少女だというのに、彼女はどういうことか目の前の男のことを"若輩"と呼んだ。しかし、その点に関して男は何も違和感を覚えていない。むしろ彼は彼女の何気なく放った返答自体に動揺、赤面して言葉を詰まらせていた。
「ッ……! クソッ! ああ、そうだよ。悪いかよ! 俺はアンタにはそれなりに恩義は感じてんだ。アンタには弟が世話になってたからな……。つーか、敢えて今まで何も言わなかったがな、何だその……ふざけた身体はよ!
イスカルはようやくそこに突っ込んだか、とばかりにくつくつと笑いながら答えた。
「まあ許せ。若輩が目のやり場に困るのも解るが、吾輩も年でな。とうとう足が駄目になってしもうた。外出すらもう叶わん身だ。ま、本来これこそが
ジェルララは思わず面食らう。
ただの老人の悪ふざけの一種と思っていたのに、少女の口から語られた予想外に重い事実に、ここに呼び出した張本人であるジェルララはばつの悪いような顔を浮かべた。
「……! あ、あぁ……そいつは呼び出してすまなかったな……俺がそっちに行きゃあ良かった……。いや、でも何で敢えてその身体をチョイスしたんだよ!? 男の身体にでもしとけよ!」
「ふん、仕方なかろう、これしか無かったのだ……。何せ吾輩、
むにむに頬を引っ張って見せるイスカル。確かにその質感を見て
「と……年考えやがれジジィ!」
「ハン。若輩め。覚えておくが良い、この世で最も有効な長生きの秘訣とは性欲を忘れぬことだ。まぁ、三十路にもなって女に囲まれて赤面しているような
想像だにしなかった少女の口から発せられる切り返しに、ジェルララは虚を衝かれたようにソファから跳ね上がってたじろいだ。彼は家では十人を超える騎士を従えており、その全てが見目麗しい女性であるという隠していた事実があったからだ。もっともこれは彼が望んだ環境では無く、さっさと跡継ぎを欲しがった彼の父親の犯行である。まあ三十にもなって恋人の一人も作る様子の無い彼の責任でもあるのだが。
「な、何でアンタがそのこと知ってやがる!」
「機巧処と鉄鋼宮は古来よりの付き合い、ということだ……」
「オ、オヤジーッ! 帰ったら"鉄鋼宮"の歴史と誇りが詰まった魔剣で叩っ切ってやる!」
羞恥と怒りで赤い顔をますます赤くしながら、拳を握って怒りを露わにするジェルララを見ながら笑っていたイスカルだったが、やがて彼をからかうのも飽きたようで、一呼吸置いて自信がズラした話題を本題に戻す。
「うむ……ああ、要は吾輩が無責任にバラ撒いた技術のせいで、下の方に被害が出るかもしれんという話であったな。それならば話は実に簡単だ。何かが起きる前に、吾輩が責任を取ればいいだけの話であろう?」
イスカルがそう言うと、彼女は先ほどまで手の中で弄んでいた歯車を指で弾いて顔の前でキャッチする。そして首に切りこまれていたスリットに素早くそれを差し込んだ。
どうやら、それが何らかのスイッチのようだった。イスカルの身体からカチカチと何かが動き始める音がする。その音が鳴り始めたと同時に、イスカルはソファからすっと立ち上がった。
「若輩共の造った吾輩の劣化
イスカルはその言葉を二人の会談の締めくくりとして、尋常ならざる跳躍を以て大窓から青空の下へと去って行った。
「あぁっ……行っちまった」
何か言う暇を与えられることもなく、一方的に打ち切られたその会談。
しかしあの老人との話はだいたいこのようなものだと知っていたジェルララは、呆れた顔でその背中を見送りながらイスカルの飛び出していった窓を静かに閉めた。
部屋の中に残されたのは今はジェルララただ一人。
ジェルララはかつて"三人"でこの部屋に集まっていた時のことを思い出した。
自分と、老人のイスカル、そして――弟。
『兄貴には感謝してるんだよ。四枚歯なんて面倒なのを引き受けてくれてさ。おかげでオレは
『イスカルさんの造る
ジェルララの脳裏に弟との会話の数々の記憶が浮かぶ。そして、弟の記憶を思い浮かべると、最後に必ず再生される記憶が一つ。
それはたった半年前の光景。弟の作業場に転がった、手足も胴もバラバラになった弟の死体。その死体からは首だけが持ち去られており、
歴史上初めてとなる
その時からジェルララの心を蝕む喪失感は、今も尚彼の身体から去っていない。
「イスカルさん……あんたも居なくなっちまうのか?」
言い知れぬ不安を覚え、俺も下に行くべきかな……などと考えていると、突如として後ろから声がかかった。
「下界に行くつもりならやめておくがいい。今は嫌な予感がする」
「ほあァ!?」
全く気配を感じることの出来なかった来訪者の襲来に、ジェルララは心臓を跳ねさせながら思い切り振り返った。
振り返った先には、豪奢なローブに身を包み、白い髭を蓄えた精悍な中年――"
「な、何だアンタ……居たのかよ」
「うむ……しかし悲しいかな、少し遅かったようだな」
「ああ……もうイスカルのジジィは窓からすっ飛んで行っちまったよ」
イスカルに話でもあったのだろうか、と判断したジェルララだったが、そのイスカルの常識外の行動について説明すると、セルディオは目をつぶって首を振った。
「いいや、そうではない」
「あん?」
「件の
そしてセルディオは、机の上に広げられた新聞を指さした。
「その写真に写っている
ハグルマギア 鳫金謳華 @in_dex
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