澆薄絶佳のパルティノ
@aotori
第1話
茂みに潜んでからどれほど経過しただろうか。
ガチャリ、とガントレットを鳴らしながら額を伝う邪魔者を拭う。
革製のグローブに特殊な金属でコーティングされたその武具は、見た目以上に頑丈で見た目以上に軽くお気に入りの一品なのだが、さすがに汗を拭くといった日常的な動きはやりづらく、結局苛立ちが募るだけだった。
「暑い……猛暑日だなこりゃ」うまく拭えないことを嘲笑うかのように勢いを増す汗にうんざりしながら、その元凶を見上げる。
生い茂った木々の間から燦々と降り注いでいる光の先には紅い太陽があった。
「おいリーダーしっかりしろよ。まさか、眠くなったとか言うんじゃないだろうな」
ぼんやりと見上げていたら“実質的なリーダー”から激励の言葉が飛んできた。
「いやいや、こんなクソ暑いのに眠くなるわけないって」
「そうか、まぁ無理するなよ。いざとなったら俺が守ってやるからさ」
「……それは男じゃなくて女に向けて言うセリフだろ」
「なんでだ? ハルカも俺の大切な仲間だ」
よくもまあそんなセリフを噛まずにスラスラと言えるよな。
「本当に、優男でイケメン等々どっからどうみても主人公だよなぁ……」
「ハルカ、俺は優男でイケメンで主人公なんかじゃないぞ」
「今更何言ってんだハルカ。アキラに嫉妬でもしてんの?」
「おい……。隙あらば俺を貶そうとするんじゃない」
当人であるアキラは否定し、後ろでスタッフを抱えて話を聞いていた銀髪美女はハルカを蔑んだ瞳で睨んできた。
しかしさらに抗議を述べようとしたハルカの声は、三度の顔を使い切った仏様だって丸くなりそうなふわふわ声に遮られた。
「ねえねえ、そんなことよりハルちゃんハルちゃん。わたし、おなかすいちゃった」
「え、いやさっき昼ご飯食べたばっかり……ていうかその呼び方はやめて」
「えー? なんで? わたしはね、可愛いと思うよ?」
「うん、確かに可愛いよなハルちゃん。シャルはあだ名つける才能あるな」
「そうだな、よかったじゃないかハルちゃん。……ふっ、ハルちゃん……」
心の底から同意、と言わんばかりに首肯くアキラ。顔を伏せてどうにか笑い声を堪えてる銀髪。
「そ、そんなことないよ? わたし才能なんて全然ないし…………で、でもアキラくんに言ってもらえると嬉しいなあ」
「ごめんシャル。最後聞き取れなかったんだけど、なんて言った?」
「な、なんでもないよ。本当になんでも!」
のんびり癒し系の頬が今は林檎色に染まっていた。シャルは本当に表情にでるタイプでわかりやすい。
そしてこのアキラの主人公っぷり、さすがである。とりあえずその形だけの耳を引きちぎってやりたい。
「おいハルカ、なにシャルに見惚れてるんだ」
「……クレア、冤罪はよくないぞ」
「そう? あたしにはハルカがシャルのことを視姦しているようにみえたんだけど」
「更に犯罪臭が増した……」
「傷つけてごめん、でもあたし、嘘はつけないから」
既にその言葉が嘘じゃないかというか確信犯だろ、という反論は耳元にかかった艶めかしい銀ーーもといクレアの吐息で呆気なく霧散した。
振り返るとクレアが銀髪を耳にかき上げながら、Sっ気たっぷりの笑みを浮かべていた。なんと憎たらしい貌だろうか。あぁでもさっきのはゾクッとして気持ちいいこともなかった……。
美女に弄ばれる冴えない男の姿が、そこにはあった。
「ところでハルちゃん」
「おいアキラ、本当にその呼び方で固定するつもりじゃないだろうな」
「もう心の準備はできたか?」
「……っ」
その口ぶりからして、ハルカが緊張しているのを察していたのか。だからこうして雑談をしていた。
「本っ当……アキラには敵わないな……」誰にも聞こえないようにそっと呟いてから、アキラに頷き返す。正直恐怖は全然あるが、やるしかない。「よし、それじゃ行くか」
「おう!」
「さっさと終わらせる」
「わたし、頑張る……!」
三者三様の返事を聞きながら、ハルカは一番に茂みから飛び出した。
向かう先には体長140cmほど、二本の腕に二本の足。腰にボロボロの布を巻き付け古びた剣や棍棒を持ち、尖った耳に鼻の潰れた人間に似た生物、ゴブリン。
今日を生きるための命をかけたやり取りが、今日も始まる。
澆薄絶佳のパルティノ @aotori
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