第10話
「疲れた……」
カラオケとはこんなに疲れるものだったのか。
封鎖された空間で歌を歌い、歌を聞く。
たったそれだけの行為。
二時間程度いて、僕が歌ったのは3曲。
流行りの歌は歌えないけど――腹黒隊長こと〈7代目 沖田 総司〉の曲を歌った。
彼こそが僕が初めて、下に付いた隊長であり、それから異動があって、いまの隊に落ち着いた。
それでも、新曲を出す旅にCDを貰っていたので、なんとか歌うことができた。
「君、いい歌声してるね……」
「あの曲は歌いなれてますからね」
沖田隊長の下に付くと、むりやり自分の曲を歌わせられる。自分大好き人間な、腹黒沖田さん。
まさかあの特訓がこんなところが役に立つとは……。
歌い疲れた僕は、真依さんに頼んで近くにあったカフェへと腰を下ろした。
日本でも有名なチェーン店。
コーヒーの豆を日本でも作っているのかと、世間の人間は気に成ったりはしないのだろうか。百年前は輸入に頼っていたけど。現に今の時代も、表向きには危険な輸入を行っていると公表されている。
が、実際は〈新撰組〉が栽培していた。
植物の育成に適した環境を作り上げる技術。その技術がバレれたら、農家たちの争いが起こる。だから隠している。
生産者は消費者の顔が見えないというが、こんなお洒落なカフェに配られているとは感慨深い。あの無駄な労力も報われるというものだ。
「人の役に立つねぇ」
この二日間、〈新撰組〉から離れて分かった。
世間は〈新撰組〉なんて、あってもなくても変わらないと――そう思っていることを。
殆どの人は〈SISI〉に会っても気付かない。仮に襲われても、擬態されればその人物は存在することになる。
それはつまり、周囲から見れば――『存在している』と認識される。人の記憶をも奪い食らって本人へと擬態する〈SISI〉を見つけるのは、大変な作業だ。
「本当、君は独り言が多いんだね」
カップに入れられた、名前が何やら長いコーヒーを、ストローで飲んでいる真依さん。真依さんは、戸惑うことなく様々なトッピングを施していた。
チョコレートソースやら、クリームやら訳が分からないほどに記載されていたメニュー。
僕にとってコーヒはブラックかビトウかの2択であるので、僕は何も入れないで飲むことにした。ついでに、ストローで飲み物を飲むのも、抵抗があるので、蓋を外してそのまま口を付けて僕は飲んでいた。
「癖ですかね、すいません」
「謝らなくてもいいよ。ただ、直した方がいいね」
「そうは思ってるんですけど」
直そうと思って直せる癖ではない。
「あ、でも真依さんも歌上手いですよね! カラオケとはよく行くんですか?」
「普段は行かない。気分が悪くなって機嫌が悪くなると来る」
「そうなんですか」
「今はちょっと、ましになったけど……。病院に行っても理由は分からないんだって」
「人の体は良く分からないっていいますからね」
「それ、病院の先生も言ってた」
「光栄ですね」
僕は病気なんてそうそうならない健康体。
しかも、大抵の傷は〈新撰組〉の治癒ポッドで治るので、病院の先生なんて長らくお目にかかっていない。
やっぱ真依さんと話していると世界が違うよね。
受け入れてた筈なのに――自分から逃げ出したのに、なんで僕はこんなにも後悔をしているのだろう。
そんな気分にブラックコーヒは最適だ。
「染みるね……」
「なにが?」
悲しいかな、僕の渾身のハードボイルドは流されに流された。ブラックのコーヒーを飲んで、低い声で呟けばハードボイルドだと思っている程度なので別にいいんだけど。
「ただ、何かまた、気分が悪くなってきたかも……」
「歌いすぎですか?」
「うーん、いつもはこれで収まっているんだけど、ちょっとやばいかも」
机に体を倒す真依さん。
机にべったりと体をつけている姿勢は、周囲の人からしたら、だらしないのか、冷たい視線を送られていた。
「と、とりあえず……車戻りましょう!」
「そうしたいけど、動くのも辛い」
「そこまで酷いんですか……」
こういう場合はどうすればいい……。
負傷者が出た場合は、誰かが屯所へと連れていくが、まさか一般人の真依さんを屯所に入れるわけには行かない。
ならばと、僕は記憶を探る。
「救急車を呼べばいいのか?」
常識から離れてしまったが故に、常識が分からない。
たった数年で人はこんなにも変われるのかと、自分自身の変化を噛み締める。
「って、そんな場合じゃないって」
連絡するには携帯が必要になるのだろうけど、もちろん〈新撰組〉に携帯なんて与えられないし、持つのも禁止されている。
「近くの人に聞こうにも……」
人見知りである僕には難易度が高い。
「そんなこといってる場合じゃないのは理解できるけどさ」
真依さんの顔が青白くなっていく。目も虚ろで、僕の独り言が聞こえないほどに衰弱していた。
「ああ、もう!」
僕は迷った末に真依さんを背負った。
「な、なに……」
「今は、なにも言わずに僕にまかせて」
真依さんがなにも聞かずに僕を拾ってくれたのなら、僕だって自分のできる最大限の協力をする。それくらい僕にだってできるはずだ!
だから、病院でも原因が分からないと言われた真依さんのこの症状。
しかし、一歩先を進んでいる〈新撰組〉の技術ならば、何か分かるかもしれない。
正直、今日は楽しかった。
楽しかったからこそ後悔をしたんだ――自分達が守っていた世界がこんなに楽しいのだと。それを守るために地獄を味わっていたのだと、知ることができた。
本当は〈新撰組〉に戻りたくない。
しかし、真依さんからもらったこの楽しみを――僕は返したい。
「じゃあ、行きます!」
真依さんを背負った僕は駆け足で出口を目指す。何度か通行人にぶつかりったりしたが、一刻も早く真依さんを直したい。
「すいません、すいません」
すいているとは行っても、誰も居ないわけではない。謝りながらひたすら駆ける。
走りながら、背負っている真依さんの顔を見る。
僕の肩に力なく持たれかけた顔は先程よりも酷い。
背負うことで僕の両手は真依さんの太ももの裏へと添えられている。女性の素肌を触るなんて破廉恥だと、いつもなら思うが、体温が下がっている真依さんの肌は到底人とは思えない。滑らかな陶器だ。
「……大丈夫ですか?」
答える気力はないと分かっていても、声をかけてあげるだけで支えになる。
〈SISい〉との戦闘で傷ついたときは、隊士間での声の掛け合いは基本。いかなる状況にも対応できるように訓練されている。
今、真依さんに声にかけているのは訓練されたからじゃない。
助けたいから。
「……う、……うん」
力ない答え。
「…………」
僕は黙って足を早くしたときだった。
とん。
と、真依さんの足が一人の男に触れた。
たったそれだけのこと。
軽く足が触れた程度。力ない真衣さんの足に触れたところで、そんな大袈裟に呻くなんて考えられないが、
「ぐぎゃあ。、あああ、ああああああああああ」
男は本当に苦しそうに呻く。
体格のいい、柔道でもやってそうな屈強な男。そんな彼が、何を大げさにしているのか……。急いでるのに。
「……っ」
が、ぶつかったのは事実。
放っておくわけにも行かないので、「大丈夫ですか」と頭を下げた。
だけど、その男は、なにも言わずにじろりと僕を睨んだ――否。
正確には、睨んでいた先にいたのは真依さんだ。
「なんだ……その女は」
低い声。
巨大な動物の唸り声とも思える声で、男は言った。
「は?」
「く、ぎ、擬態が……なぜだ!」
真依さんの足が触れた部分。
その場所がゲル上の透明な物体へと変化している。
どう考えても人の体が透明になることはあり得ないし、ゲル上にもならない。
だけど、僕はこの状態になった人間を何人も見てきた。
〈新撰組〉ならば、一度は目にする光景――。
「〈SISI〉!?」
こんなときに!
〈SISI〉の擬態が人間にばれないのは、完璧な擬態と同時に、あまり人に危害を加えない。
動物に擬態した〈SISI〉は野生の本能をも引き継ぐからこそ好戦的だが、人間に擬態することで、人の知識を手にする。
知性は〈SISI〉を厄介にすると――山南さんが言っていた。
「何だ……そいつは」
ゆっくりと立ち上がる男。
人の形は擬態であって、〈SISI〉の本当の姿でない。
しかし、体を形成しているゲルの体は、ある程度までなら自由に変化させられる。
その特性を利用して、どんどんと体を巨大化させる。
特殊メイクかCGでも使ってるんじゃないかと思うほどに、姿を変えた。
「戦う気満々かよ」
僕は腰についているナイフを握る。
しかし――ここでは人が多すぎる。
「誠儀(ドーム)が……ない」
誠儀。
一定の空間を隔離できる〈新撰組〉専用兵器。
普段は人の目に触れないよう、事前に場所や時間を指定して〈SISI〉を片付けるが、いざという場合には誠儀(ドーム)を使用している。
近くにいる一般人を巻き込まないようにし、外から中の状態を覗けなくするために張られる――簡単に言えばバリアみたいなものだ。
なかにいる〈新撰組〉には外の様子が分かるが、そとから見たら泥色の半球態。
よほどの衝撃じゃなければ壊れない。
「誠儀なしだと……」
ちらほらと人が集まって来る。
洋服を買ったのだろう。どこかのブランド名が乗った袋を片手に持った女性たちが、携帯をこちらに向けていた。
「こればれたら――僕、殺されちゃうんじゃ?」
「があ……あ」
太い腕を僕に向けて差し出す。
真依さんの胴体と同じ太さ。
女性の胴体と同等な腕に込められた腕力は、恐らく僕なんて簡単に砕かれてしまうだろう。
「ああ、もう!」
僕はナイフを取り出しながら、二歩後ろに距離を取る。背中にいる真衣さんを離れた場所に置くためだ。
できれば、もっと距離を取って逃げ出したいけど、一般人が居るからそれはできない。蛇を倒したように〈誠〉を使えばいいだけだが、巻き込む危険性も出てくる。
「でも、ここで真依さんを死なせたくない!」
真依さんを床に寝かせ、ナイフを構える。
その時――機械的な携帯の短いバイブ音と共に、透明な膜が僕と男を包んだ。
「誠儀?」
この現象は誠儀の内部と全く同じ。
だけど、僕はもっていない。〈新撰組〉が来るにしたって早すぎる。
「でも、今は助かる……」
新撰組しか〈誠儀〉を持っていない。
ならば、これを張った相手が〈新選組〉であることは、間違いないのだ。
どうせ真衣さんを助ける為に、〈新選組〉に戻るつもりだったんだ。
向こうから来てくれるのならば好都合だ。
僕はナイフを手のひらで、くるりと反転させる。刃の部分を自分に向けて、自分の腹部を目指して――切り付けた。
「痛ってぇ!」
何回やっても慣れない……自分の体を切り裂く感覚。
だらだらと、流れていく血液は、地面に流れる。僕は流れていく血液を見て、ナイフを強く握る。
〈誠〉の形はナイフだったり日本刀だったりと、使用者の望む形に作られる。形状は自分好みに変えられるが、ひとつ、決して変えられない〈能力〉があった。
〈SISI〉と戦うための能力――。
「僕の〈誠〉は血液を操る!」
このナイフで切り裂いた血液を自由に使うことができるのだ。
ナイフの刃に血液を纏わせれば、刀身や、刃の厚さを状況によって変えられる。
例えば、
「はぁ!」
掛け声と共に一降り。
鞭のようにしなやかに延びる血の刃はうねりを持って男へと走る。
刀身が自由だからこそできる技だ。
僕が短いナイフを選んで使っているのも、この〈誠〉には間合いが関係ないから。
男の手を貫いた血液は、僕のナイフへと戻ってくる。
鍔の上で赤い球体が美しく回る。
「さて、このまま倒すのもやぶさかではないけど……。真依さんに何を感じたのか話してもらおうか」
男は真依さんを狙っていた。
それは恐らく、真依さんとぶつかり、擬態が解かれたことに関係があると僕は予想した。
「うぐぅ。お、俺だってわからん。だが、あの女に触れられた部分が――勝手に崩れ始めたんだよ」
確かに、筋肉の鎧と言っても差し支えない男の体。しかし、真衣さんが触れた部分だけ――柔らかそうだ。
触れられた時よりは形を保っているが、それでも他の場所よりも脆いのは一目瞭然。
「真依さん……」
〈SISI〉である男ですら知らない現象。
〈新撰組〉でもそんな情報は記されていない。
〈SISI〉を見極める道具を、〈新選組〉でも何個も開発を試みているが、擬態を見破れる確率はさほど上昇はしていない。
謝って人間を殺せば――昔みたいになる。
人斬り新撰組と……。
〈幕末の新撰組〉はそう記憶されていたりもする。
初代もそんな風に呼ばれていたのを見ると、現代で呼ばれても、あながち間違いではないのかもしれないが、僕としてはそんな呼び名をされる組織にいたくない。
「あ、あんな化け物がいたんじゃ、俺たちは……」
ドームの外で横になっている真依さんを、男は恨めしそうに見る。苦しそうに息荒く倒れている真依さん。
普通の少女だけど――何故、そんな力を持っているんだろうか。
しかし、
「化け物って、それはお前だろ」
僕は、ひゅん。
と、手首だけでナイフを振るう。細い刃は真っ直ぐに男へと延び、顔の皮をわずかに這いで停止する。
その鋭い刃に男は大きく目を開眼させ、僕を睨みつける。
「なんてね。正直殺したり殺されたりするのに疲れたんだよ、僕は……」
例えそれが〈SISI〉だろうと。
もう、関わりたくない。
刃の能力を解除する僕。
元の液体へと戻った血液は、重力に逆らうことなく飛沫をあげて床に落ちた。
ナイフで切り裂いた自分の傷は、能力発動時にすでに止めているので、問題はない。
血液を血液で塞ぐことで、大きな傷にはならない。
だけど、傷口はかさぶたにはなっているし、服も当然斬れたままで直らない。
「じゃ、じゃあ!」
男は巨大化させていた体を元の大きさに戻す。戦う気はないと、僕に意思表示しているのだろうか。
「見逃してあげるけど、もう、誰も襲わないと誓ってくれ」
〈SISI〉がそんな約束守るとは思わないけど……その時はその時だ。
僕は周囲を見回す。
この〈誠儀〉を誰が使ったのか探さないと、逃げている身で更に、〈SISI〉を見逃したら……僕の罪は重くなる。
僕が死んでしまうかも知れない。
……。僕は何回死ねば許される?
「なら、この場所から俺を……だ――」
と、男が僕に解放するよう求めた。
だが、その瞬間――一本の日本刀が男の首を跳ねる。
バスケットボールのように跳ねた顔は、ころころと転がって、僕の足元で止まった。
「ダメだよ――局長」
統制をとる頭部がなくなったことで、体を支えられなくなった男。
いや――男だったものは、透明なジェルへと代わりながら地面に倒れた。
男の背後にいたのは、日本刀を肩に駆けた隊士。
整った、いかにも女性受けしそうな甘いマスクは、青を基準とした軍服のような格好が似合っている。
僕は彼を――よく知っている。
ついさっき、僕は彼の歌をカラオケで歌ったばかりで、そして――僕の初めての上司になった男。
「ちゃんと殺さなきゃ」
とても爽やかな笑みを浮かべていた。
彼は、最も最年少で隊長を襲名し、最も長く〈沖田 総司〉の椅子に座っている男で――僕の最初の上司。
〈七代目 沖田 総司〉だった。
誠に集うもの 誇高悠登 @kokou_yuto
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