第9話

真依さんが連れてきたのは巨大なショッピングモール。

平日だと言うのに大勢の人で溢れているその場所は、数十年前に来た気はするが、今の僕には別世界のように思う。

 ショッピングモールの入り口に立った僕は、中にいる人々に次々と視線を移していた。そこにいる人々はみんな楽しそうに服を選び、笑い、食事をしている――平和な世界。

 自分を鍛えるためにと、制限された食事、汚い胴着を来て過ごしていた僕に、この場所は眩しすぎる。


「おお!」


 しかし、それでも、ここ数年目に出来なかった〈普通の光景〉を目にした僕は、思わず声をあげてしまった。


「何大きな声だしてるのよ」


「あ、えーと、生きててよかったと」


 本当は久しぶりにみた景色に感動していたのだけど、それは僕が〈新撰組〉に入っているから。普通の人はだから、こんな風に久しぶりなんて思わないし――思えないだろう。

 〈新撰組〉に入ってると、真衣さんにも、あんまり知られたくないから、生きてアスファルトの地面に立てたことを喜んでいることにした。


「それは私の運転が危ないって言ってるの?」


「まあ、その通りですね……」


「そんな危なくなかったと、思うんだけど」


「なら、もう一度教習所行った方がいいですね」


「君……。以外に失礼だよ」


 失礼も何もあんな運転するほうが悪いだろうに、何故僕が攻められなければ行けないのか。その理由を小一時間ほど問いただしたいけど、機嫌の悪い真依さんに出来るわけもなく、僕は「すいません」と、謝ったのだった。


「ふん、分かれば宜しい」


 腕を組んで首を縦に振る。

 機嫌が悪いと云えど、態度がね……。

まあ、僕は別に気にはしないからいいけどさ。


「……で、何でこの場所にきたんですか?」


 機嫌が悪くなるのなら、家でゆっくり休んだ方がいい。

 僕は嫌なことがあったりすると、一人部屋に籠って物思いに耽る。

沈んで沈んで、自分の中に潜っていくあの感じが好きなのだ。

 だから、


「調子が悪いときは思いっきり遊ぶに限る」


 そんな真依さんの考えが理解できない。

 真依さんも普段は出掛けず家にいることが多いそうなのだが、極まれに起こるこの症状は、何度か経験する内に思いっきり遊んだ方が調子がいいことに気付いたそうだ。

 そんな、風邪引いたら外で遊べ、みたいなとんでも理論を実践しているらしい。

 病は気から。

 僕からしてみれば死人に鞭打つ真似できないね。


「とりあえず……お昼食べよう」


 このショッピングモールには何回も来ているのだろう。

 慣れた足取りで目的地へと歩いていく。

 当たり前ではあるけど、真依さんは回りにいる若者と違和感がない。果たして僕は、周囲に溶け込めているのか。

 真依さんに聞いてみたくはあるが、どうせ「何言ってるの?」の一言で終わってしまう。

 二階、三階とエスカレーターに乗っていく。


「……」


 エスカレータに乗るのも久しぶりだった。

 僕がいた<新撰組>の屯所では移動にはエレベーターを使用していた。<新撰組>なんて言うから、古くさい日本の屋敷や城をイメージしていたが、実際は普通のビルだった。

 地方に行けば和風の屯所もあるんだけど、時代と共に<新撰組>も変わったのか。果たして、現代にも名を次がれている元祖の<新撰組>が見たら何て言うのか。

 なんて、さすがの<新撰組>の技術力を持っても、死人を生き返らせることはできない。治癒能力を高める回復ポッドなら僕も何回かお世話になったことはある。

 即死でなければ、時間をかければ直ると称される(作成者談)。それがあっても、何人もの隊士が死亡してしまっていると言えば<SISI>の強さが分かると言うものだ。

 <新撰組>の技術力を思いながらエスカレータに乗っていると、4階で真依さんが降りた。

 4階は何店もの飲食店が軒並み連ねるレストランフロアに成っているようだ。歩きながら通りすぎる店舗は本格的なイタリアンもあれば、お寿司やもあり、女子たちが好きそうなケーキバイキングもあった。

 そんな店舗には見向きもせずに足を進める真依さん。


「何かお腹減ってきたかも」


 店の前に並べられている美味しそうな料理が写った看板に、食欲をそそる香り。それを見ているだけで、なんかお腹が減ってきた僕だった。


「もうすぐ付くから……」


 真依さんの言葉通り、すぐに目的地に着いた。横に広いこのショッピングモールの端に位置する店の前で足を止めた。


「ここ……は?」


「CELL MEN」


「せ……るメン?」


 今、僕の目の前にあるのはラーメンやだった。

 ここに来るまでにも中華を出す店はあったが、真依さんがこのラーメンが食べたかったのか。ラーメンやとは思えない小洒落た店構え。喫茶店とか雑貨屋に近い雰囲気。

 恐らく<新撰組>にいる者なら絶対近づかない。


「良かった。平日だから空いてるみたい」


「まぁ、学生は夏休みでも社会人は働いてるからね」


 僕と真依さんは店名が書かれた暖簾を潜って店の中へと入る。


「おお……」


 案の上ーー店の中も洒落ていた。

 もしかしたら、外観だけで中は普通のラーメン屋さん。そんな期待を僕は捨てられなかった。暖簾の隙間から見えた何か僕にはよく分からないオブジェクトが見えても、しかし、そこだけだと、ワンポイントに強調されているのだと信じたかった。

 だが、その可能性は砕かれ、僕の目に飛び込んでくるのは、畳に置かれた西洋の騎手が来ていそうな甲冑。

 その後ろには和を感じる屏風。

 まさに、この中には和洋中が存在している。 

 そんなバラバラな店内ではあるが、どことなく落ち着ける。真依さんは店員と話て、一番奥の席へと腰をつけた。


「凄いお店ですね、ここ。ラーメン屋じゃないみたい」


「うん。私も始めてきたときはそう思ったよ」


「ですよね、だって、普通ラーメン屋に甲冑置いてありますか?」


 <新撰組>は外食は禁じられているから、僕のイメージは子供の時の記憶と、隊長が連れていってくれたラーメン屋だけ。隊長だろうと外食は出来ないが、こっそりと連れてきてくれるいい隊長だった。


「甲冑は気にしないで」


「気にしなくても目に入ってきちゃうんですが……」


「なら、目を閉じればいいんじゃない?」


「それだとメニューが見れないんですけど」


「そうね。なら、変わりに私が頼んであげる……」


「本当ですか?!」


 それはちょっと助かる。

 自分で注文するのも、久しぶりで何か緊張してしまう。それに、優柔不断な僕にとって、なにかを決めると言うのはかなりの苦行になるのだった。

 通いなれている真依さんが頼むメニューなら絶対美味しいだろうし、ここは任せておくのがベストだろう。


「じゃあ、お願いします」


 僕は目を閉じる。別に本当に閉じなくてもいいのだろうけど、正直ーー疲れた。

 僕は大好きな小説家の言葉を思い出していく。

 そうすることで、自分を励まし叱咤する。


「任せて」


 真依さんは僕のお願いを快く引き受けて、店員さんを呼んで注文を始めた。


「ミルクラーメン一つと……この人にはお冷やをお願いします」


「以上で宜しいでしょうか?」


 店員さんの本当にこれでいいのかと言う確認。

 それはそうだ。

 一人は注文したのにもう一人はお冷や。


「…………」


 僕は目を鋭く開いて真依さんをにらんだ。


「なによ」


「僕も確認したいんだけど、まさか、僕の元に来るのが水だけってことはないよね」


「ええ、来るのはレモン水よ」


「それって……お冷やじゃねえか!」


 来るもなにもテーブルに常備されてるから、お冷やは!

中央の容器には氷と一緒に輪切りにされたレモンが浮いているのが見える。

 席に着いたときに、容器もお洒落だなーとさりげなく確認していたのが好をそうした。騙されないぞ!


「え……食べるの!?」


「そこ驚くところですか?」


「冗談よ。すいません、ミルク麺二つでお願いします」


「か、かしこまりました」


 店員さんが無表情で戻っていった。

 変な男女が来たと思われてるんだろうな、仕事終わったら話のネタにされるんだろうな。


「ごめん、まさか本当に目を瞑るとは思わなくて……」


「僕も色々と思うところがあるんですよ」


「へぇ……」


 真依さんはそこで口を閉ざす。

厨房で料理をする音が僕たちの耳に流れてくる。油の弾ける音や、麺を切る音、店員さんたちの声。しばらくその音に耳を澄ましていると、


「おまたせしました」


 僕たちのテーブルに注文したラーメンが運ばれてきた。

 白いスープの上に彩りを添えるネギ、メンマ、チャーシュー。白に反する黒い海苔が湯気に揺られていた。


「白い……ラーメン?」


 僕は今までに見たこともない食べ物を前に首をかしげ、湯気を仰いで匂いを嗅いだ。ミルク麺と注文していたから……白いのか。だが、匂いは至って普通のラーメンの香りだ。


「まずはスープだ……」


 そう言えば隊長が、


「ラーメンでスープから飲むのは失礼だ」


 とか熱く語っていた気がする。

 スープから飲むことで冷めたラーメンを提供しているとなるかららしいが、僕からしてみればそんな小さな礼儀なんてどうでもいいと思う。逆に、こだわった食べ方でしか提供できない店だと、評価を下げるだけだから。

 好きに食べて美味しければそれでいい。

 真依さんもそんな礼儀は知らないのか、気にしないのか分からないけど、レンゲで白い液体を救う。息を吹き掛け少し冷ましたところで、口に入れた。


「うーん、美味しい」


 今までにない恍惚の表情。

 本当にこのラーメンが好きなのが分かる。冷静な真依さんをこんな表情にするラーメンの味を確かめるべく、僕も同じようにしてスープを飲んだ。


「美味しい」


 素直にそう思えた。

 料理はエネルギーを補充するためだけのもの。不必要な物を口にできなかった僕にとって、この味は衝撃だった。


「でしょ、まだあまり有名な店じゃないけど、絶対すぐ人気になるから」


「そうなんですか」


 なるほど。綺麗な店内は毎日丁寧に掃除されているのは勿論のこと、できたばかりだからと言うのもあるのだろう。

 机に引かれているテーブルクロスは水を含みにくい素材でできている。そして、運ばれてきたラーメンはお盆に乗せられていた。

 ラーメン屋らしさをなくして、プラス汚れ対策にも成っている、良いアイデアだ。


「それじゃあ、麺を」


 僕は割り箸を割り、白いスープの中にある麺へと手を伸ばす。持上げることで見える麺の全貌。

 ラーメンにしては太めの麺。通常の二倍……いや三倍はあるやも知れぬ麺は、こうして上げるとずっしりとした重さを感じる。


「これが、ラーメン?」


 細い麺しか知らない僕にとってこの衝撃はデカイ。

技術力を〈新撰組〉が管理しようと――人の思考はそうはいかないんだな。

 無いものは変えられないけど、有るものならば変化させていく。

 僕もそこは見習うべきだ。

 流されるのではなく流れを読む。

 動かないのではなく動かしていく。

 そんな人間に成りたいものだ。

しかし、ラーメン一つに感動を覚えるとは……。


「美味しいなぁ」


「いい顔するね、連れてきて良かった」


「どうも」


 真依さんも少し機嫌が良くなったみたいで、箸を止めることなく麺を啜っていく。


「……」


 なんか……エロい。

 いや、深い意味はなくそう感じただけで、ラーメンを食べる女子に興奮してるとか、麺に成りたいとか思っているわけではない。

 髪を耳にかけたりとかして、狙ってるとしか思えない。

 でも、それは女性耐性が低い僕だからであって、世の男性はなんとも思わないのだろうけどさ。

 やましい気持ちを消し去るべく、勢いよく麺を啜る。


「ご、ゴホっ。ッ、あ」


 むせた。


「慌てて食べなくてもいいのに」


「すいません」


 僕はお絞りで机を拭く。真依さんも自分のお絞りでテーブルを吹いてくれる。


「君、面白いね」


「…………」


「この後はカラオケに行く予定だから、しっかり食べてエネルギーを付けないとね」


「ここで終わりじゃないんですね」


「当たり前! 思いっきり遊び尽くすって言ったでしょ?」


「そうですけど……」


 そもそも真依さんに遊ぶって単語が似合わない。休日でも家で勉強してそうな感じである。

 僕の勝手なイメージではあるけども。

 思いっきり遊ぶと宣誓されて付いてきたんだから、当然と言いたいのだろうけど、連れてこられたのが正しいのだ。

 と、そこまで考えたところで僕は、重大な事実に気がついた。


「僕、財布もってなかった」


 僕の前に置かれているラーメンは半分はもう僕の胃袋にある。食べた以上はお金は払わなければ……。

 だけど、持っていないものは出せない。

 最悪だ。

 〈新撰組〉の隊士(逃走中)とはいえ、日本を守っている者が無銭飲食。

 財布さえ持っていれば、そこそこのお金はあるのに。

給料はほとんど家に入れているが、〈新撰組〉に入ればお金はほとんど掛からない。

衣食住すべてを準備してくれているので、基本生活にお金は掛からない。

 それ故に、トップアイドルでもある〈七代目 沖田 総司〉。彼はアイドル活動で得た収入はすべて〈新撰組〉に寄付してるとか。

 本当すごい人である。


「ああ、付き合わせてるんだから、私が出すよ?」


「え!?」


 てっきり自分の分は自分で出す――それどころか、私の分も出してと言いかねないと思っていたのに、意外だった。


「そんな、真依さんが?」


「今、絶対失礼なこと考えてたよね」


「まさか」


「そうね。例えば私が君に奢らせるつもりだったとか」


「……何でバレたんですか」


「声にでてたから……。まさか、自分で気づいてなかったの?」


「はい」


 独り言のつもりだったのだけど、声に出ていたらしい。

 全くわからなかった。


「また聞こえてるよ、独り言でも人には聞こえてるんだからね」


「すいません」


 真依さんは僕に忠告して席を立つ。食事を終え、少し休んだので次の行動に移すようだ。

 僕は残っていた麺を急いで平らげて、真依さんの後ろにぴったりと付く。執事のように姿勢正しく静かにだ。最大限の礼儀を示そうとそうしたのだけど、真依さんは反応してくれなかった。


「なんか、自分キャラじゃないな……」


 僕はもっとクールで冷静だったのに。

 久しぶりに出た普通の日常と、<新撰組>以外の人間と一緒にいることに楽しくなっているのか。

 そう――自分が諦めた生活が、こんなにも楽しいとは思わなかった。

普通に遊び、美味しいいご飯を食べる。


「はぁ」


 真依さんは二人分のお金を払って外に出た。


「ごちそうさまでした……その、色々とありがとうございます」


 外に出て僕は真っ先にお礼を述べる。これくらいは常識ない僕でもお礼を言いたくなる。

 傷だらけの僕を拾って匿ってもらってるのに、ご飯までご馳走になって……。いろんな人との触れ合える旅をしていたからといって、こんなことをできるのだろうか?

 きっと、僕なんかとは人間が違うんだ。


「お礼はまだいいよ。じゃあ次はカラオケ、行こう」


「カラ……オケ」


 はっきり言おう僕は歌が下手だ。そしてそれに加えて最近の歌なんてしらない。こればっかりは辞退をしよう。


「あのー」


「まさか、来ないなんて言わないよね」


「うっ」


「お礼したのにこないなんて、上っ面だけのお礼なんだね」


「いや、そういう」


「いいよ、来なくても。ただ、その時は覚悟しといてね」


「何を!?」


「さぁ。私に言えるのはそれだけ」


 悲しそうな目。

 どんな宿命を背負っているのだろう。たぶん何も背負ってはいないけど。


「それより、気分は良くなったんですか?」


「大分。でも……まだ少し。カラオケ行けば直るかも」


 どれだけカラオケに行きたいんだ。そしてカラオケで気分がよくなるのは、それは違う気分がよくなるだけじゃないのかな?


「奢って貰ったので、今日一日は付き合います」


「ラーメン一杯で尻尾降るなんて、安い男だね」


「真依さん、クールそうだけど口は悪いんですね」


「そう? 私は普通だけど……」


「いや、なんかあの人思い出しました」


「あの人?」


「こっちの話です」


 一時期僕を世話してくれていた異常な男。

 思い出したくもない。

 僕が初めて下に付いた隊長で、口が悪かった。だからといって性格が悪かった訳ではないけど、あの腹黒さを知ってしまえば誰も近づきたくはない。


「じゃあ、カラオケは二階だから」


 真衣さんは楽しそうに言うのだった。

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