第8話

「ただいま、帰りました……」

 

僕は何とか〈SISI〉を撃退した僕は、なんとか真衣さんが待つキャンピングカーへと戻ってきた。。


「お帰り……って、また君怪我してるの」


「ええ……。ちょっと色々ありまして」


 僕は真依さんに拾われたときと同じように、無数の切り傷が身体中に残されていた。隊長クラスになれば、下級〈SISI〉――動物に擬態した陸に住む蛇程度なら無傷で倒せるのだろうけど。

 だから、僕は――弱い。

 〈SISI〉の相手をするのは問題ないが――しかし、傷は負う。


「まあ、何でもいいけど――あれ、お兄ちゃんは?」


 一緒に言ったはずの郎音さんがいないことを不思議に思っている真衣さん。


「え、まだ来てないんですか?」


 僕が〈SISI〉の相手をしていたのだから、その間に森の入り口に止めてあった、キャンピングカーへ戻ってくる時間は十分に合っただろう。

 しかし、そこにいたのは真依さん一人。

 自分専用の椅子だろうか。

 折り畳み式の椅子へと腰を掛けて、女性用の雑誌に目を通していた。

 そんな真依さんは、僕をみるなり、呆れたように対応してくれた。昨日の今日で、怪我ばっかりしていれば、その反応も正しいか。


「お兄ちゃんより、自分の心配しなさい」


「ああ。そうですね」


 傷口は既に乾いているが、乾いていようと血は血であるので、気持ち悪さは拭えない。

 僕は真依さんに「タオル貸してもらっていいですか」と、聞くと、何も答えずにタオルを差し出してくれた。


「君のことだから、あんまり口出さないけど、自分の体は大事にしなよ」


「あれ、ひょっとして心配してくれてます?」


「はぁ。君ね、出会った二日間のうち、二日も怪我してればね……それに今いった場所は事件現場でしょ? 心配になるよ」


 冷たい目。

 どうやら、彼女は心配すると視線が冷たくなるらしい。

いわゆるツンデレだろうか、萌えに詳しくないからわかんないけど。

萌えについて考えていると、


「お、おお! 無事だったか将太くん」


 郎音さんが無駄に明るい声で戻ってきた。


「ちょっと遅かったんじゃないですか?」


「はは、悪い悪い。ちょっと仲間と情報の交換してたら、時間が掛かっちまったんだ。でも、こうして二人無事でよかったじゃないかよ」


 情報交換か……。

 早速あの写真を使ったのだろう。

 それと引き換えにして手にした情報は、茶色いA4の封筒に納められていた。

 郎音さんは、封筒の中身を取り出して、資料を机にばら撒く。


「中でも、これ。この情報ね。凄いよー。〈新撰組〉の局長、〈近藤 勇〉が殺されたらしいぜ」


 そのうちの一枚を手に取り、パシンとか叩く。


「局長が?」

 

 朗音さんはその人に交渉にしに行ったのでは?


「流石に局長と交渉は出来なかったけどさ、でも、この情報も〈新選組〉がくれた」


「え……?」


 〈新選組〉自ら情報を開示したのか?

 例えフリーライターだろうと、情報の扱いは慎重だったはず。それなのになんで?


「ま、一人のフリーライター程度じゃ何も出来ないってさ」


「なるほど……」


 頷いては見たが、その程度の考えだったら、百年もの間、情報を隠し切れない。直に交渉に来た郎音さんを見て、対したことないと判断したのか? 


「しかもさ、まだ、俺たちは生まれてなかったけど、30年前に起こった〈金門の戦〉。あれと同等までに〈SISI〉の動きが活発になっているらしいよ」


 今度こそ――なるほどだ。

 一人のフリーライターの相手をするのも出来ない訳か。

そりゃあ、僕に追手がこない訳だ。

 僕が一人、繋がったと気持ちを落ち着かせていると、


「いや、生まれてないなら知らない」


 真衣さんがどうでもよさそうに言う。

 真依さんが〈新撰組〉に然程、興味はないのは分かっているが、せめてもう少し反応してあげればいいと思う。

 郎音さんとの温度差が酷すぎる。


「兎に角、いま、〈新撰組〉では犠牲者が多く、局長までもが殺された」


「そう……だったんですか」


 近藤 勇。

 〈新撰組〉で名前が世間へと知れ渡っている存在。

 ほとんどの隊士の名前は知られていないが、この4人だけは別格だ。

 近藤 勇。

 土方 歳三。

 沖田 総司。

 斎藤 一。


 この4人は、顔を知られていないが、名前は全国へと広がっている。

 また、全国のニュースでも代が変われば報道されてはいたが、何代目に変わった報道なんて無いに等しい。

 興味のない芸能人のスキャンダルと同じ扱いになっている。

人の関心なんてそんなものだ。

 一時の感情に流されて、一説の情報を垂らし混む。そうすれば――情報は曖昧になり、さらなる混乱へと変化する。

 だから、多分、局長の死なんて重要な情報を、〈新選組〉が教えるとは考えられない。


「他にもいい情報もらったから、早速記事にしないとねぇ」


 腕がなると、グッグと、指を伸ばしていく郎音さん。

 他の情報にも情報を貰っているのか……。なら、局長の死は嘘かもね。

 情報を隠すなら情報へ。

 嘘と真実はごちゃ混ぜの方がリアルになる。

 嘘だけの世界は存在しないし、真実だけの世界もまた、存在しないのだから。曖昧で適当でなければ世界じゃないしね。


「頑張ってー」


 真衣さんは、雑誌から目も挙げないで、お兄さんである郎音さんを応援する。

 いや、絶対何も思ってないだろう。僕は、真依さんを見ると、ふと、なにか気になることがあったのか、郎音さんに向かって


「あのさ、何で〈新撰組〉は、実在した組織の名前なんて名乗ってるの?」


 先代とかいてややこしいじゃん。

 と、興味は相変わらずになさそうだが聞いた。

 その疑問は、わりと誰でも持つのだが、明確な答えを知る物はそういないだろう。

 僕も昔はそう思っていたので、一回隊長に聞いたことがある。

その答えを聞いたとき、僕は非常にがっかりしたものだった。


「ああ、初代である近藤と山南が好きだったんだよ〈新撰組〉を」


 と、笑いながら言われた。

 聞いた相手が山南さんだったので、きっと本当に理由はそうなんだろう。

 それだけの理由で作られたこの組織が、百年たった今――政府と協力して国を守るほどまでに成長していたのだった。


「言われてみれば……。でも、一時期は死戦組なんて呼ばれてたらしいしな」


 流石に郎音さんも、ふざけだ理由でつけられた名前を知らないようだ。


「死戦組……」


 真依さんはその言葉に首を傾ける。

 こう聞くと、〈死戦組〉よりも〈新撰組〉の方がしっくり来る。

だてに百年も続いてない。

 しかし、僕は〈死戦組〉と言うその名を初めて聞いた。

 死戦組。

 字面をみると禍々しさが伝わってくる。


「し『ん』せんぐみの『ん』を抜かれてるんだよ。『ん』とは終わり。終わりがない。死ぬまで終わらない組織。そう嫌みを言われてたのさ」


 郎音さんお説明を受けて、


「利に叶ってますね」


 僕はまさしくその通りだと感心してしまう。

 一度入隊すれば抜けられない。

 死ぬまで戦い続ける。

 一方通行の片道切符。

 成長する〈誠〉と〈SISI〉に挑み続ける宿命を持った、男達の末路は悲惨な死が大半を占める。


「へー」


 自分が聞いたことの答えが帰ってこなかったのが不満なのか、むすっとして、勢いよく本を閉じる。

 バン。

 雑誌はハードカバーと違いよくしなる。反動のついた分だけ威力が上がっているのか、思わず体が跳ねてしまう。

 僕はネズミと一緒で心臓が小さいのだ。


「な、なにかなー真依ちゃん」


「別に」


 真衣さんが聞いたのは〈新選組〉の由来。別に〈死戦組〉で呼ばれていたなんて、豆知識聞きたくもなかったのだ。

 まさか、その程度で怒りのツボを押してしまった訳じゃないだろうけど、郎音さんは、明らかに真衣さんに気を使いながら、


「そ、そっかー。じゃあ、俺もうちょっと取材してくるね」


 背を丸めて猫のように、静かに森の中に入ろうとする。


「いや、ちょっと、待てい」


 あまりにも自然に消えるもんだから見逃すところだった。

僕は自分でもビックリするくらいの制止の仕方だった。

 待ていって……。

 僕は動きを止めた郎音さんの元へと近づき、真依さんに聞こえないように顔を寄せる。

 しかし、それでも心配だったので、小声で忠告する。


「あんな目にあったんですから、森の中に入るのは危険だと思います」


 〈新撰組〉が取り逃がした〈SISI〉がそう何体もいるとは思えない。一体だって殺し損ねるなんてあり得ない。

 しかし、局長――〈近藤 勇〉がいない現状なら、恐らくこの地域をしきっているのは土方さんだろう。

 山南さんかもしれないけど、あの人は人を仕切るタイプじゃない。

 それならばやはり――〈三代目 土方 歳三〉か。

 二十代後半の鋭い目付きをした副局長。

 頭も切れて戦闘もできる。

 自分に厳しく他人に厳しいを素で実行しているブレない人。彼が仕切っている となれば、現場に痕跡を残す確率は更に減少する。。

 しかし、それでも残っていた事実は変わらない。だとすれば――。

 〈金門の戦〉と同等の発生率。

 局長の死。

 人手不足の状態で指導者がいなくなったことで、隊士達に余裕がなくなっている。鬼の局長の元でもミスをする程に。

 もしも、このまま〈SISI〉の動きが活発になれば、恐ら〈新撰組〉は負ける。

 そんな危険な状態で、まだ〈SISI〉がいるかもしれないこの森に郎音さんを入れるなんて……できない。


「なーに怖い顔してるんだよ。〈SISI〉に一度に何回も遭遇するわけないだろ」


「ですけど……」


 海や空にいるなら未だしもさ。と付け加える郎音さん。

言いたいことはわかるが、〈新撰組〉が取り逃がすことも普通はない。僕が〈新撰組〉だから贔屓するわけではなく本当にそうなのだ。

じゃなければあんな地獄みたいな特訓を毎日繰り返したりはしない。


「それに真依がイライラすると大変なんだ、あれ」


 首を最小限動かし、視界の隅ギリギリで、真依さんを見る郎音さん。そんな微妙な角度じゃなくても正面から見ればいいのに。


「さっきまでは、普通だったんですけどね」


「あいつも気まぐれだから、本当急なんだよ。機嫌が悪くなるの」


「確かにちょっと怖いですね」


 こっちを睨んでいる真衣さん。

 うん、直視できない。

 だから僕も郎音さんと同じ首の角度で、視界ギリギリで、真依さんを見てるのであった。

 これならあの蛇に擬態した〈SISI〉の目の方が、全然可愛い。爬虫類である蛇と真依さんを比べるのは失礼だけども。


「だから、俺は出掛けるから留守番たのんだ」


「それはつまり逃げるって捉えていいのですね……」


「さーね。でも、〈新撰組〉が機能していない今、かなりガードが薄くなっている。このチャンスを逃がすわけにはいかない」


 拳を握り熱く語ってはいるけど、どんなにかっこいい、主人公のような台詞を吐いたところで、機嫌の悪い妹から逃げる事実には変わりない。

 この兄妹、本当は仲が悪いんじゃないか?

 二人で旅に出てるからそれはないとは思いたい。


「百年間ベールに包まれた人類の謎を解明できるチャンスなんだ」


「人類の謎って」


 言い過ぎだ。

 ただ単に秘密組織が巨大になっただけで――〈SISI〉が増えただけ。

秘密にしてるのは人々を混乱から守るためで、いたずらに世界を変えないためだ。

 人にも擬態できる化け物がいると分かれば、安心して外も歩けない。

 見分ける方法もあるにはあるが――その方法を〈SISI〉に知られてしまえば それこそ手の打ちようがない。何より、見破る成功率は数パーセントで、あまり意味はない。


「徹底された管理は――一度崩れれば全体が脆くなる」


「それを壊そうってことですか?」


「ああ」


 郎音さんの思いは強い。

 力強く頷いた。


「じゃあ、俺は行くから……真依を頼んだ」


「分かりました」


 当たり前のように僕を受け入れてくれた。

 まだ会って二日なのにも関わらずに……。

 僕は周囲に馴染めないタイプの人間だけど、明るい郎音さんや、サバサバとしている真依さんと一緒にいるのが、ちょっと楽しい。

 どうせ別れる他人だからかもしれないし、ずっと〈新撰組〉に閉じ籠っていたから新鮮に感じるのかもしれない。

 新撰組だけに……。

 いや、それはないね。

 自分で言ったんだけど、あまりの寒さに身震いをしてしまう。


「どうした?」


 郎音さんが不思議そうにしていたので、


「何でもないです」


 と、応じた。


「あ、でももし良かったら、何か情報分かれば、僕にも教えてもらえませんか?」


 逃走している身としては、果たして追っ手が来ているのかも気になるところ。忙しい時期に脱走者を探す余裕はないはず。

 その気になれば直ぐ処分されるだろうに、僕が今生きている。

 屯所から自由に外へは出れないし、見回り中に逃げたとしても責任者である隊長がいる。

隊長権限は色々とあるが、その内のひとつとして部下である隊士がどこに要るのかを知ることができる。

 〈新撰組〉に入るとき、体に小さな機器を埋め込まれる。そうすることで万が一逃走しても直ぐ捕まるようになっている。

 僕が捕まっていないのは、やはり今起こっている争いに集中しているから。


「その現状を知りたい……」


 呟いた僕の声は誰に聞こえることもなく、森のざわめきに消えいていった。

 そんな僕の肩に手を置き


「期待しててくれ」


 そう言って何処かに歩いていった。 


「さて」


 真依さんと一緒にいるのはいいけど、長年一緒にいる郎音さんが嫌がる状態である。果たして昨日であったばかりの僕に何ができるのか。

 正直、郎音さんの仕事ぶりでも見ていた方がマシではないかと思えるけど……。

 僕は頭を掻きながら簡易テーブルに足を乗せている真依さん。

マナー的は良くないけど、綺麗な足が堂々とみえるのは悪いことではない。


「あのー、真依さん?」


 恐る恐る声をかける。

 反応はなく目をつむっていたが、どうやら寝ている訳ではないみたいだ。頭痛を耐えるかのように眉間にシワを寄せている真依さん。険しい表情は怖さよりも辛そうだった。


「調子、悪いのですか?」


「うん、決めた」


「へ?」


「ちょっと、君付き合ってよ」


 真依さんは、慣れた手付きで外に出されていた簡易テーブルや椅子を締まっていく。どうやら、この場所から離れようとしているのだろうけど……。


「まさかとは思うんですけど、ひょっとしてこの車で出掛けようとしてます?」


「勿論」


「……」


「心配しないで、免許は持ってるから」


「僕が心配したのはそこじゃないんですけど……」


 郎音さんはどうするのだろうか?

 まさか、置いて行くわけじゃないよね。そもそもに車の持ち主である郎音さんが歩いて移動してるのに……。

 僕はそんな違和感に抱かれながら立っていると「乗って」と、真依さんが助手席のドアを開けた。


「本当にいいんですか?」


「多分」


「多分!?」


「うん、前乗ったとき事故して怒られただけだから」


「二重で不安になるんですけど!?」


 勝手に乗っていいのか心配していたのに、そこに事故まで加わってしまった。


「大丈夫、今度は免許持ってるから」

「え、事故したときは――免許もってなかったんですか?」

「ふふふふ」


 口に手を当て上品に笑う。


「何故ここで笑う!」


 何気に真依さんが楽しそうに笑うのを見たのは、初めてかも知れないが、このタイミングで笑われても困る。

 完全におかしいでしょと抗議をしようとするが、


「いいから乗って……」 


「あ、あああ」


 僕はグイグイと押され、強引に車へと乗せられてしまった。


「レッツゴー」


 そんな真依さんには似合わない掛け声と共に、車を急発進させた。その乱暴な出発に、僕は震えるしかできなかった。


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