第7話
郎音さんの後ろで這いに這って、地を這いつくばって動いている生き物。
地を這う生物の代表者がそこにいた。
生い茂る草木の中でも巨大な体がはっきりと見える。
滑らかな動きで無数にある木から、僕たちの近くにある一本へと渦を描くように上っていった。
「へ、蛇!?」
下をチロチロと出し入れしている蛇。
普通のサイズなら、郎音さんもここまで驚きはしないだろう。
そんな中でもカメラに手をかけて、こちらを見つめている蛇を写しているのは凄いプロ根性だけども。
「こんな巨大な蛇、日本にいるのかよ! いいねぇ」
根性が良くても、その行為は余計に危険だ。
「いや……良いから逃げましょうよ」
僕は郎音さんの服を掴んで、木に登っている蛇から離れようとする。
「ねぇ、郎音さん……」
「ああ、わかってるよ」
僕の言おうとしたことが――伝わったらしい。
成る程、郎音さんは〈新撰組〉を追っているだけあって、〈SISI〉に擬態された生物の特徴も知っているようだ。
「だけど……、こんなチャンス始めてでだしさ」
〈新撰組〉から一般市民に出されている指令があった。人を守るのが役目である以上、顔やその組織の実態は隠されているが、警告は――出されている。
少しでも異常だと思ったら〈SISI〉だと思え。
横暴にも思える警告を一方的に出している〈新撰組〉。
しかし、それは人間に擬態した〈SISI〉に効果はないが、今、目の前にいる蛇のような生物には非常に効果的だった。
「たぶん、あれ……〈SISI〉じゃないですかね……」
蛇らしい動きではあるが、その目には、決して蛇にはない、好奇心を浮かばせていた。
蛙でも見るように僕たちを睨む。
「ああ。人間以外の〈SISI〉は、目を見れば分かるって言うけど、こんな分かりやすいとはね……。ちゃんと記録しないと」
カメラを離さない朗音さん。
「記録しても死んだら意味無いですけどね」
「そ。だから〈SISI〉の画像も少ないんだけどね。俺の他にも〈SISI〉や〈新撰組〉の正体を、暴こうとした先輩もいた。今じゃ殆ど残ってないがな」
〈SISI〉に殺された。
情報は隠されているが、俺には分かると郎音さんは言う。
「ちょ、このタイミングで怖いこと言わないでくださいよ」
それじゃあ、僕たちがこの場から生き残れる可能性が低いって意味に取れるんだけど……。それにその情報を持っているなら、なおさら早く逃げた方がいいだろう。
しかし、一向に動く気配が郎音さんにはない。
「あー、もう早く逃げましょう!」
僕は半ば引きずるようにして、郎音さんと共に逃げる。
そんな姿勢にもなっても、カメラのシャッターを切り続ける根性は流石だ。やはりいい根性をしていると、素直に感服を受けるが……。
けど、今の現状は感服を受けている場合じゃない。
幸いなことに〈SISI〉であろう蛇は、僕たちを追ってこなかった。
いや――正確にはおう必要なんて無かったんだ。
その事実に気付いたときにはもう手遅れで……。
「うおおぉおおおっおおっ!」
長い胴体をバネのように利用して、木ノ上から飛びかかってきた。
郎音さんがとっさに僕を押さなければ、避けきれないところだった。
動物に背中を見せるな、という意味を僕は今まさに経験していた。
一瞬で命を奪われる恐怖。
これだけ離れても、まだ、蛇の射程距離だったのか。
「あ、ありがとうございます」
僕は尻餅をついた姿勢のままお礼を言う。
カメラを構えて蛇を見ていた。
蛇のわずかな動きも、ズーム機能が付いたカメラを使えば、はっきりと見えていたのだろう。視線を反らさずにカメラを構えていたからこそ、回避できたのか。
「例は良いって。良い写真取れたし」
するりと着地した蛇。
「それはよかったですけど、次どうします? まさか、正面から戦うなんてバカな真似しないですよね?」
今度は木に登ること明く、長い胴体を起こして僕と郎音さんを睨んでいる。
「当然だ。俺はかなり弱い」
「僕も同じく」
カメラを首に掛け直す。流石に、カメラを撮っている場合じゃないと判断したんだろう。
そして、蛇に両手を挙げることで、自分の弱さをアピールする。
僕もそれにならって両手を挙げるが、蛇は僕たちのその挙動などどうでも良いのだろう。
「シャーッ」
と、威嚇と共に明らかな敵意を向けてくる。
「俺、蛇苦手なんだよね」
僕の方を見てお道化た表情で言う郎音さん。
「その情報――今、いりますかね?」
少し考えた後、
「それもそうだな」
と、首を竦めた。
考えなくても分かるだろうに……。
「で、どうします?」
僕はこの状況をどうするか聞いた。
僕一人ならば、この状況を打破することは容易いが、しかし、その方法をとってしまうと、郎音さんが面倒くさそうだ。
しかし、郎音さんと別れられれば――可能。
問題はどうやって、その提案を受け入れさせるのか。
僕は、何とかその提案の方向へと話を持っていこうとする。
しかし、そんな僕の駆け引きは必要なく――、
「……ここは二手に別れる作戦でいくか」
郎音さんが、僕が考えていた提案を、何食わぬ顔で提案してきた。
「ま、いいですけど……」
僕が提案したのは、〈誠〉を持っているから。
けど、郎音さんは力を持っていない。
それなのに……。
「どっちに来ても恨みっこなしだ」
郎音さんの出した答え――それは至ってシンプルで、互いに逃げる。
追われた方は自力で何とかする。
恨みっこなしの運任せな逃亡劇、か。
「ええ、じゃあ行きますよ!」
理由はどうであれ、理想通りに事が運んだんだ。
ならば、迷っていても仕方ない。
僕は左に、郎音さんは右に駆け出した。正反対に逃げることで、確実に一人は逃げられる。一番良いのは蛇がこのまま動かないことが良いが……そればかりは〈SISI〉の気分次第。
後ろを振り返らずに体力が続く限り動き続けるしかない。
郎音さんは、だ。
「ここまでくれば……平気でしょう」
後ろで這って動く気配がずっとあった。滑り動く肢体が地面を擦っていた。
このまま走っても〈SISI〉である蛇からは、逃げられないだろうが、僕が逃げたかったのはこいつじゃない。郎音さんだ。
さりげなく、動きを遅くして、なるべく〈SISI〉が僕を追ってくるように仕向けた。そうすれば、郎音さんも助かるし――僕が〈誠〉を使うのも見られない。
「しかし……まさか、この時代にまだ、〈新撰組〉を追っている人がいたとは……」
驚かざるを得ない。
日本の進化が百年前からあまり進歩していない変わりに、〈新撰組〉は進化を遂げていた。
「なんて、百年前の〈新撰組〉を僕は知らないんだけどね……」
僕はベルトに隠すようにして持っていた、小さなナイフを取り出す。
小さな刃が付いた、至って普通の形状ではあるが――これも立派な〈誠〉だ。
〈新撰組〉にのみ所持が許可されている対SISI兵器――〈誠〉。
「誰も成ってないなんて言ってないからね、郎音さん……」
新撰組は目指していた。
そしてなった。
ただ――それだけの事だ。
「乗り気じゃないけど……泰平の時間です」
小さなナイフを〈SISI〉へと僕は構える。
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