第6話
血の匂い。
禍々しい匂いだった。
僕と真依さんが来た場所に、既に刑事らしい存在は誰一人いなかった。
その男達の取り残しであろうか、黄色いテープの切れ端と、処理しきれなかった血の匂いが、森の中に残されていた。
「遅かったか……」
切れたテープを握りしめ、他に何か残っていないか、僅かな痕跡も見逃すまいと、郎音さんは周囲を見る。
「だけど、ここに居たのは刑事じゃないのは確かだね」
郎音さんの鋭い指摘。
「ふへ?」
「変な声出さないでよ。普通に考えれば、刑事がこんな血まみれにはならないでしょ」
「それは……分かりませんよ?」
「まあ、確かに〈新選組〉が、こんな痕跡を残すとは思えないんだよね……」
〈新撰組〉が、毎回こんなにも争いの後を残していたら、もっと多くの人が目撃できている筈だ。
つまり――この現場が異常。
それは、〈新撰組〉を追ってきた郎音さんが、一番よく理解しているのだろう。
「証拠を完全に消せないくらいに、焦っていたのか? それとも……」
「そんな気力も残らないくらい〈SISI〉に苦戦したか、ですよね」
僕は郎音さんの言葉を引き継いだ。
「だよな。どっちにしてもスクープになるなぁ」
どこか嬉しそうに、首にかけていたカメラで、争われたであろう現場を記録していく。僕はその邪魔にならないように、少し離れた位置で、その仕事ぶりを見守った。
「〈新撰組〉が苦戦するってどれだけ強いんだよ」
唯一の〈SISI〉に対抗できる武器――〈誠〉。
普通の隊士に与えられているのは、日本刀か六連式小型拳銃。よくよく見てみれば、鋭い刃物で切り裂かれた細い枝。巧妙に治癒しているが――知っている人間が見れば直ぐに分かる。
「本当良くできた技術だよ」
〈新撰組〉の技術力を特化させるために、日本の成長は止まっている。そうテレビに出てた評論家が言っていたのを思い出す。
〈新撰組SISI評論家〉。
それを見たときは、何も分かってないのに何を論じてんだよ。
明確な証拠を全国民に見せてみろと、兄弟みんなでブーイング。
その光景を思い出しただけで、自然と頬が緩む。
あの時は良かったと。
あいつら、元気にしてるかな……。
「しばらく、会ってないな……」
でも、今の僕を見たらビックリするだろうな。
もはや、只の無職だもんな。
〈新撰組〉になるとか偉そうにしたけど……。
「いやー、こんな現場は貴重だね、将太くん」
一通り調べ終わった郎音さんが、ほくほくとした表情で僕に話しかける。
「これを使って記事を書けば、人気爆発!」
「でも、それを書ける会社がないんですよね?」
「うっ」
フリーライターとは書いた記事や、その文章力を買われることで成り立つ職業。
だが、それは買い手がいる場合に、成り立つ契約であって、〈新撰組〉なんてだれも取り扱わない記事を書いて、誰が買ってくれるのだろう。
その記事を載せたら会社が潰れるかもしれないのに……。
「そ、そこは俺の営業力で」
「営業力だけじゃ無理ですよ」
「じゃあ、ネットで!」
「余程のことがないと誰も注目してくれないと思いますけど」
「じゃあ、どうしよう」
早くも手切れの郎音さんは頭を抱える。
「考えた方がいいですよね。この現場の証拠も、使い方では切り札になるんですから」
その画像がデータとして納められているであろうカメラを、僕は見る。
「そうだ……。この画像を使って、〈新撰組〉の基地内に入れないだろうか?」
「基地、ですか」
新撰組の基地は日本のほぼ中心に位置する。
日本一高い山として全国にその名を知らしめている富士山。
その麓にあるとか。
幕末は京都だっけ?
現代は静岡にあるんだよね……。
「そこには、一番偉い局長――〈近藤 勇〉がいるはず。直に交渉できればその姿を見れるかもしれない」
要するに、この写真をダシにして、さらなる情報を手にしようと。
注目されないなら、注目されるほどに貴重な情報を手にすればいい。
「…………。その位じゃ出てこないと思います」
けど、〈近藤 勇〉も暇じゃないから、引っ張り出せないと思うけど……。
「駄目かー。せめて中に入って写真が撮れれば、それだけでもスクープなんだけどなー」
関係者以外立ち入り禁止。
それどころか、選ばれた隊士しか中には入れない。
下っぱは地方に置かれている屯所で腕を磨くのだ。
「それができればそうなんでしょうけど」
「たった一枚のこの写真で……」
「っ。郎音さん!」
そんな時だった。
郎音さんの後ろに、今まで見たこともないような〈生物〉がそこにいた。
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