第5話
「いやー、楽しかったな。一人で新撰組について語るのは最高に楽しかった。誰も聞いてなくてもこんな楽しいなんて流石、〈新撰組〉だな~」
キャンピングカーの前に置かれた、4人用の簡易テーブルで両手、両足をみっともなく投げ出していた郎音さん。テーブルの上に寝そべっているが、身長の高い郎音さんでは収まりきっていなかった。
そんな状態で、力ない瞳を僕と真依さんに向けていた。
真依さんのお兄さんなら、結構いい年なはずだ。
二十代後半から三十代前半といった所だろうか。
だとすれば――この態度は大人のやる仕草ではない。
「いやー、本当凄いんだよー。〈三代目 山南 敬助〉は」
「あー、はいはい」
真依さんは郎音さんの大人げない態度には慣れているのか、右から左に聞き流して、さっさと車の中に消えていった。
僕も真依さんの後に続こうと思ったのだが、
「これ、俺の車なんだよな~」
寝ている郎音さんがわざとらしく、僕に聞こえるか聞こえないかの絶妙な音量で呟いた。それを言われてしまっては、僕は中に入れないではないか。
「あれ、将太くん……中に入らないの?」
むくりと、上半身を起こして胡坐をする。
寝ているよりはいいだろうけど、机の上なので、どっちにしても行儀は悪い。
「……よく言いますね」
僕は目を細め郎音さんと目を合わせる。
「何が?」
視線を反らさずにまっすぐ僕の目を見つめ返す。
「別になんでもないですけど」
僕は根負けして目を反らした。
この男……フリーライターだからか知らないが、いい神経をしている。僕もこれほどの図太さを持っていれば、逃げ出さなくてすんだのかも知れない。
その図太さを勉強できると思えば、郎音さんと話すのは悪くない。
悪くないと思いたい。
いや、悪くないと信じよう。
〈新撰組〉の話を上手く反らせれば問題はないし。
「いきなりだけど将太くんは、〈新撰組〉では誰が好きかな? 元祖から現代の中から選んでいいよ」
「選んで良いと言われましても……」
話題を反らすまもなく直撃した。
なんで僕は話題を反らせると思ってしまったのだろうか。
「……〈七代目 沖田 総司〉ですかね」
最近はとある一人の隊士のお陰でアイドル的に隊士を見るものが増え始めてきた。
その男こそ、〈七代目 沖田 総司〉であり、隊士として異例の存在として、注目を集めていた。
アイドル的なのではなく、アイドルそのもとして活躍している〈新撰組〉で一番の天才。
唯一〈新選組〉内でCDデビューを果たしている。
そもそも〈新撰組〉はアイドルじゃないから、CDは出さない。
CDどころか顔も普通の隊士は出さないのだけど、それだけ彼が異例であって、変わり者である証拠になるが……。
「へぇ。見た目に寄らずミーハーなんだね。可愛い顔してるから、ひょっとして……そっち系?」
郎音さんが言いたいのは、オネエと言う意味だろう。
「そっち系って、僕はそんな風に見えます!?」
『微少女』と称されているので、かなり気になっているのだが、郎音さんはバッサリと、
「見える」
僕を切り捨てるのだった。
「見えませんよ」
反論をする僕。
「いや、見える。むしろそっちにしか見えない」
遊び人な癖に意外にも頑固な郎音さん。
どうやって誤解を解こうかと思案していると、
「まあ、でも、歴代沖田の中でも群を抜いての天才と称されるだけあって、その実力は半端じゃないらしいな」
話を変えられてしまった。
誤解は解けなくとも、話が変わったから、自分で蒸し返さなくてもいいだろう。
僕は郎音さんと話を続ける。
「ま、その情報も当てに出来ないんですけどね」
実際に〈新撰組〉が戦っている場面をみた人は、果たしてどれほどいるのだろうか。どの様にして〈SISI〉を退治しているのかも公表されていない。
謎が謎を呼ぶとはまさにこの事で、〈SISI〉という謎が〈新撰組〉という謎を呼んでいるのである。
「だけど……そんな謎に振り回される僕たちの身にも成ってほしいですよね」
僕は思わず一人で言葉を小さく吐き出した。
僕のそんな言葉は、郎音さんには届かなかったようで、
「何か言った?」
と、聞き返してくる。
「何も言ってませんよ。独り言です、独り言。この世界に置いて自分を証明できるのは独り言しかないと思ってますから」
自分に自分を言い聞かせる行為こそ――僕という意思を証明できる。
「いや……いきなりなに言ってるの、君」
そんなことは郎音さんの知る余地ではないだろうけど。
「さあ、なんでしょうね」
僕だって本当はこんな性格じゃなかったのに……。
昔の自分は優秀だったと思い返す。
過去とは美化されるのが世の常だろうが、しかし、分かっていてもそう思ってしまうのも、また事実。
「あ、そういえばお兄ちゃん」
車の中で休んでいた真依さんが、顔だけひょっこりと出す。
ひょっとしてお風呂にでも入っていたのだろうか、濡れた髪が魅惑的に滴る。
一滴の水ですら、僕の目に鮮明に写し出される。
「そ、そんなことよりも、人が要るのにそんなハシタナイまねするなよ! ほら、いくら将太くんがそっちでも、ダメなものはだめだぞ!」
おい。
真衣さんが勘違いするから、そっちとか言うな。
「別に髪乾かしてないだけじゃない」
幸いにも真衣さんは気にしなかったようで、
「服着てない訳じゃないんだから」
と、車から降りてきた真依さん。
「あ、ちょっと……」
確かに真依さんは服を着てはいたけど、夏だからか、タンクトップにホットパンツ。
白い肌を堪能できる程に手と足を晒していた。
「別にこれくらい普通だって。ねえ」
「いや、僕に同意を求められましても……」
正直言えばドキドキしてる。
男に囲まれて生きてきたのだから、当然女性への耐性は僕にはないのだ。
女性耐性マイナス(大)。
昔やっていたゲーム風に表現するなら、そうなる。
いや、昔といっても小学生の話で、なぜ今さらそんなことを思い出しているのか、自分でもよくわからないが、それくらい、心臓がパニクっているのだった。
「ほら、みろ! 顔真っ赤にしてるぞ、将太くん」
「え、嘘でしょ……」
真依さんが僕の顔を除くけど、残念ながら嘘じゃありません。
僕だって、できれば嘘であって欲しいけど、自分の顔が熱を帯びてるのを感じているのだ。きっと二人からみたら、もう真っ赤に見えるだろう。
「そ、それより、お兄さんに、い、言いたいことが、あったんじゃないんで、すか?」
僕は自分の顔から、二人の視線を変えようとしたけど、上手く口が回らなかった。
「ああ、そうね」
真依さんは、そんな僕には触れずに、お兄さんに伝えようとした内容を話し始めた。
「この森の奥で、刑事さんかな? あのよくある黄色いテープで封鎖してたんだけど……」
ついさっき、散歩をしている中で見た光景。
ああ、そういえば郎音さんに教えるとか言っていたな……。
「なに!?」
郎音さんは胡坐のまま、器用に机の上から跳ねる。
そして、綺麗に地面に両足を着けて着地した。
……。
何気に凄いな。
郎音さんは車の入り口にいる真依さんへ近づく。
「やっぱ、噂は本当だったのか」
「噂?」
「ああ。この近くに〈新撰組〉がいるって噂だよ」
郎音さんは車の中に入ってしまう。
「そうなの? でも、私たちが見たのは普通の刑事だよ。あんな派手な着物は着てなかったよ?」
「あのね。普通に考えてね真依。そんな派手な格好してたら、すぐ周囲にバレちゃうでしょ」
真衣も派手な格好してないで、上を羽織りなさいと、薄い上着を真衣さんに手渡した。
「じゃあ、お兄ちゃんが持ってるような着物は着てないんだ」
真衣さんはその上着に袖を通す。
「あれは、幕末の〈新撰組〉のだから」
幕末の〈新撰組〉は青と白の法被のような着物を着ていたとされているが、現代の〈新撰組〉では、決められたユニフォームや制服はない。
自由な格好で行動して良いとされているらしい。
「しかし……。こりゃあ、生で〈新撰組〉を見れるチャンスじゃねえか。よし、真依! 俺をそこに案内するんだ!」
真衣さんの両肩をつかむ郎音さん。
「私、今シャワー浴びたばっかなんだけど」
真衣さんは冷ややかな目で、自分の肩を掴む郎音さんを見る。
「……」
「……」
二人が同時に僕へと視線を移す。
流石は兄妹というべきか、僕を見るタイミングも、表情もそっくりで、お前が案内しろと、言葉を使わずに、二人して同じ内容を僕に顔だけで告げていた。
「……分かりましたよ」
お世話になっている身だ。
多少面倒くさくてもこれくらいはしなければ、罰が当たるだろう。元より、真依さんに拾ってもらわなければ、死んでいたかも知れないのだ。
「ただ、僕は案内するだけですからね」
「それでいい。じゃあ、今すぐ向かおう。ちょっと取材道具を取りに行くから待っていてくれ」
郎音さんは嬉しそうに真依さんから手を放して、車へと道具を取りに戻る。
「あの人たちはじゃあ、〈新撰組〉だったのかな?」
真依さんが僕に聞いた。
「さあ、どうでしょう?」
僕は普通の人達に見えたんだけど。
むしろ、一般的な刑事で合ってほしいけど、あれは高確率で〈新選組〉。
郎音さんはどう考えているのか知らないけど、〈新選組〉がいるとなれば、〈SISI〉が要る。その危険性も考えているのだろうか?
擬態を使って世界に溶け込んでいる生命体が近くにいる。
もしかしたら、地面を這うミミズになっているかもしれない。空を飛ぶ鳥に化けているかもしれない。
ミミズ程度なら構わないが、鳥だったら最悪だ。
空や海にいる〈SISI〉は、狂暴さ、強さが増しているというデータがある。
姿形は鳥や魚でも、体は鋼よりも固く、動物が持っている筋力を何倍にも上昇させている〈SISI〉。
〈SISI〉は空にいる奴が一番強く、次に海。最弱が陸にいる奴等だと、どこかで聞いた気がする。
それが果たしてどこだったのかは覚えていない。
まあ、覚えていないなら、きっとたいした場所じゃなかったんだろう。
「お兄ちゃん、割りと目的の為なら無茶するから……」
気を付けて。
真依さんはポケットに手をいれながら、僕に忠告してくれた。
「……。心配してくれるなら、着いてきてくださいよ」
僕は郎音さんのみたいな性格の人は――苦手かもしれない。
自分が〈新撰組〉を目指していたから、郎音さんが興味を持ってくれているのが、原因だろうけど、しかし、自分の好きなことにこうしてすべてを注ぎ込めるというのは、僕には到底真似できない。
「よしよし、お待たせ将太くん!」
車の中から飛び出してきた郎音さん。
先程と服が変わっていた。
後ろ向きに鍔を向けた赤いキャップ。首には言い値がするであろうカメラ。
背中には、はち切れんばかりに詰め込まれたリュックを背負っていた。
「き、気合い入ってますね」
「当然。〈新撰組〉を写すにはこれくらいしないと」
「そうなんですか?」
「ああ、俺も出版社に勤めていたんだけど、〈新撰組〉と〈SISI〉を追うことだけは、禁止されていた。その決まりを破ったやつらは首になるか――自らやめるかだ」
「禁止?」
それは僕も知らなかった。
「ああ、理由は知らないけど、国のトップからの命令らしい。うちのようなちっちゃい会社にも目を光らすってどんだけだよ」
「それがいやだから、お兄ちゃんは自分で辞めたのよね」
「ああ。そんな紛い物を知らせるなんて――なにも面白くねえ。大体さ。……って、こんなこと、お前らにいってもしかたねえか……」
案内しろと僕の前を歩く郎音さん。
だけど、案内してと自分で言っているのだから、先に行かなければいいのに。このまま、放っておけば僕は行かなくて済むのでは……。
試しにその場から動かないでいた僕。
しかし、そんな甘い考えを一睨みで破壊された。
「早く行きな」
真衣さんが僕の後ろに立った。
「でも……」
振り向いて真衣さんの方を向く。
「行け」
語尾にハートでも付けたいくらいに、可愛い声と笑顔だったけど、僕は騙されない。
これは脅しだった。
こんな可愛い脅しなら、男は簡単に降伏するだろうな。怖さと可愛さのギャップってやつか。
それは僕も例外ではないらしい。
「分かりましたよ。はぁ……郎音さん! ちょっと待ってくださいよ!」
僕は郎音さんと共に、森の奥、封鎖された場所へと向かって行った。
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