第4話 8.

【上津:「諦めんなよ……諦めんなよお前! どうしてそこで諦めるんだそこで! ダメダメダメダメ諦めたら! もっと熱くなれよ!」】

【上津:「明日からがんばるんじゃない……今日だけがんばるんだっ…! 今日をがんばった者……今日をがんばり始めた者にのみ……明日が来るんだよ……!」】

【上津:「荒上は犠牲になったのだ……。桑原先生のストレス……その犠牲にな」】

【上津:「てめえらずっと待ってたんだろ!? 現社の授業で立たされなくても済む、桑原先生の毛根にダメージを与えなくても済む、そんな誰もが笑って誰もが望む最っ高に最っ高なハッピーエンドってヤツを! だったらそれは全然終わってねえ!! 始まってすらいねえ!! ちっとぐらい長い予習で絶望してんじゃねえよ!! いい加減始めようぜ、高校生!」】

「いやうるせえなコイツ!」

 スキル:説教を手に入れてから、上津の電話がやたら暑苦しくなった。これ渚紗が言わせたかっただけだろ。

 しかし、ネタ度の上昇に比例して説得効果も上がっているらしく、電話をすればほどんどのクラスメイトがちゃんと予習をしてきてくれるようになり、しかも学力レベルもプラス2されるようになっていた。

 二サイクル目の指名は、基本的には「現社の授業がある時限」ということで、水曜なら三番台、金曜なら一番台になるが、たまに仲尾先生が時間割を変更させてきて、その場合は一~五番台のどれかがランダムに指名されることになる。ただし、あのイベントより後の登場以降は、藤峰さんが「仲尾先生の能力に慣れた」とかいうよくわからない理由で、前夜のうちに翌日の時間割の変更を教えてくれるようになったから、急な変更で前夜の予習が無駄になるということはなくなった(仮に五番台が指名されても、そのときは荒上の犠牲でなんとかなるし)。上津のレベルも上がり、説得可能人数もどんどん増えている。というわけで、二サイクル目まではコンスタントに突破できるようになってきたのだが……。

「問題は三サイクル目だな……」

 一サイクル目と二サイクル目の指名法則については、ゲームを進めることで自動的に答えが明かされていた。だが三サイクル目については、二サイクル目を突破してもなんら情報が得られず、未だ法則がわからないままなのだ。法則を見つけなければ、予習させる生徒を選ぶことができない。

「くそー。渚紗、なんで三サイクル目の法則教えてくれないんだよ。バグじゃねえのか?」

「失礼ね。これは仕様よ。この先は自力で法則を見つけてもらうわ」

「つまり、ゲーム内で提示された情報から推理できるということ?」

「そうね」

「…………」

「廻谷さん? なんかわかったのか?」

「まだわからない。ただ、授業で指名する生徒を選ぶための法則ならば、『授業ごとに変動する何か』の関数でなければならないはず」

「……? えーと、もうちょっとわかりやすく言ってもらえると助かる」

「例えば、一サイクル目は『その日の日付』によって最初の数が選ばれた。これは、授業が行われる日が変われば指名される人も変わるでしょ。二サイクル目も、現社の授業が行われる時限数が変われば指名される人が変わった」

「ああ、なるほど。つまり三サイクル目も同じように、毎回の授業ごとに変わる『何か』によって法則が決まってるはずだってことだな」

「うん。問題は、その『何か』が何なのかってことだけど、そこがまだわからない」

「授業の度に変わるもの……」

 なんだろう。日付以外となると……曜日とか? いや、でもそれは二サイクル目の法則と被っちまう。

 考えてもわからないので、俺達はとりあえずゲームを進めることにした。三サイクル目を突破できないとしても、経験値とスキルポイントは稼げるし、ゲーム中に手掛かりが表示される可能性も高いからだ。

 今回は【二十三日(金) 一時限目】。

【桑原:「教科書は七十六ページから。今日は二十三日なので、出席番号二十三番、浜田。」〔非核三原則の内容について答えよ〕(レベル2)

 浜田:「日本の核兵器に対する基本方針のことで、持たず、作らず、持ち込ませずの三つの原則のことを示しています」

 桑原:「うむ、正解だ。もっとも、『持ち込ませず』の部分については本当に守られているのか疑問の声も上がっていた。というのも――」】

 無論、今回も二サイクル目までは事前に説得を済ませてあるので、危なげなく突破できた。そして問題の三サイクル目。

【桑原:「では……出席番号八番、大野。〔衆議院または参議院が国政に関する調査を行い、これに関しての証人の出頭・証言・記録の提出を要求することが認められている権利を何というか答えよ〕(レベル4)」】

「八番か……。くそ、外したな」

 当てずっぽうで電話しておいたのは四番台の生徒だったが、指名されたのは八番の大野。レベル4の問題を初期学力で答えることはできず、結局今回もここで躓いてしまった。

「今までの、三サイクル目に指名された出席番号のデータをまとめるとこうなる」

 そう言って、廻谷さんが簡単なメモを見せてくれた。

「  九日(金) 一時限目 → 二番

  十四日(水) 三時限目 → 六番

 二十一日(水) 二時限目 → 四番

 二十三日(金) 一時限目 → 八番 」

 うーん……。法則性がありそうでわからない。

「とりあえず、三サイクル目は全部偶数だってのはわかるな。あと、全部一桁の数から始まってる」

 だがそれだけではとても法則を見破ったとは言えない。偶然かもしれないし。

「一応偶数に的絞って当てずっぽうで電話して、何度も繰り返してればそのうち当たるんじゃないのか? 確率は五分の一なわけだし」

「それは嫌」

 と、廻谷さんは即答した。

「製作者が、ゲーム内の情報から法則を推理できるって言ってるんだから、見破らないと本当のクリアとは言えない」

 ……やはり負けず嫌いな子である。それだけこのゲームに真剣になっている証拠でもあるが。

 廻谷さんはじっとメモを見つめたまま、黙って考え込んでしまった。俺も真似して考えてみるが、何も思いつかない。しばらく沈黙が続いたのち、やがて廻谷さんが、

「上津くん」

「ん? なんだ?」

「何か喋って」

「……へっ?」

「雑談でもなんでもいいから。ヒントになるかもしれない」

 ……そう言われても。いざ何か喋れと言われるとかえって話しにくいのが人情というものである。

「あ、あー。その……このゲームは現社の勉強になるな!」

 苦し紛れの結果がこれだ。廻谷さんは俺に「喋って」と促したくせに、無反応。渚紗は黙って笑いを堪えている。ひでぇ。この空気どうしてくれんの。

 俺は半ばやけになって一人で話を続ける。

「クリアしようと思ったら結構な数の現社の問題を解くことになるし。まぁゲーム内のキャラクターがだけど。それに、なんか聞き覚えのある問題が多い気がすんだよな。ちょうどつい最近現実の授業でやった辺りがゲーム中でも問題にされてるみたいだ。ひょっとしたら渚紗も自分の復習のつもりでこれ作ってたりして――」

「……そうか」

 唐突に廻谷さんが顔を上げる。明らかに何か閃いた表情だ。そしておもむろに立ち上がると、部屋の隅にあった学習机の引き出しをあさり、現社の教科書を引っ張り出して、床に広げて見せた。

「やっぱり」

「廻谷さん? どうしたんだ、急に現社の教科書なんか? 何かわかったなら教えてくれよ」

「一つ、あった。毎回の授業で必ず変わるものが。そして、ゲーム中でもそのことが明言されてるものが」

「え? それって……」

 言われてハッとした。そうだ。これは授業だ。授業なんだから教科書が使われるのは当たり前で、毎回ページ数が進むのも当たり前のことだった。何より、毎回授業の開始時に、桑原先生が「今日は教科書○○ページから」って言ってたし!

「だ……だけどよ。教科書のページ数が関係あるとしても、肝心の法則ってのはどうなってるかがわからなきゃ意味が……」

「上津くん、このゲームのオープニングイベント……『二日』のとき、教科書は何ページから始まったか覚えてる?」

「え? い、いや覚えてねえ」

 覚えてるわけがねえ。つーかそんなセリフ読み飛ばしてたわ。

「最初は『五十二ページ』からだった。そして次の『七日』は、『五十六ページ』から。『九日』は『六十ページ』から。『十四日』は『六十四ページ』から……。これを見ると、一回の授業で教科書は四ページ進むことがわかる」

「……!」

 授業の日付と教科書のページ数の対応、一度見ただけで全部覚えてたってのかよ。なんという観察力と記憶力だ。

「そしてこれをさっきのメモに当てはめると……こうなる」

 廻谷さんが、三サイクル目の指名データをまとめたメモに、教科書のページ数の情報を新たに書き加えていく。

「  九日(金) 一時限目 教科書六十ページから  → 二番

  十四日(水) 三時限目 教科書六十四ページから → 六番

 二十一日(水) 二時限目 教科書七十二ページから → 四番

 二十三日(金) 一時限目 教科書七十六ページから → 八番 」

「あれ……? これを見ると、別に教科書のページ数が三サイクル目の指名になってるとか、そういうことはないみたいだぞ?」

「そう。だからなかなか気づけなかった。でも考えてみて。この教科書のページ数は、『その授業が始まったとき』のもの……授業中にも現在進行形でページ数は進んでいるはず」

「な、なるほど!」

 例えば九日、開始時に教科書が六十ページだったからと言って、三サイクル目の指名のときに同じページとは限らないということか! いや、むしろ進んでいなきゃおかしいんだ。

「一回の授業で教科書は四ページ進む。そして、一回の授業で指名されるのは十六人――四サイクル分。つまり、教科書は一サイクルにつき一ページのペースで進められると考えられる。その証拠に、ほら、見て」

 廻谷さんが教科書を指差す。

「例えばこの七十六ページ。ここは『日本の安全保障体制について』の単元で、さっき桑原先生が問題に出した非核三原則についての記述がある。そして、その二ページ後、七十八ページは……」

「単元が変わって、ここから『政治の仕組み』についてだ。ここには衆議院・参議院のこと、国政調査権についても書いてある!」

 これは、桑原先生が二十三日の三サイクル目に出した問題の単元と一致する。

「七十八ページ……だから、あのとき三サイクル目に指名されたのは、『八番』だったのか!」

 確認するとやはり、一サイクル目の問題は全て七十六ページから、二サイクル目の問題は全て七十七ページから出題されていることが分かった。もう間違いない。

「つまり、授業開始時に桑原先生が言ったページ数に、その日の授業で進んだ二ページを足した数の一の位が、三サイクル目の初めに指名されるってわけだな!」

「今までの情報から、三サイクル目の指名法則は、『4n+50(nは今月に入ってからの授業の回数)で示される数の一の位の数』から始まるということになる。明日は二十八日、今月に入って八回目の授業だから、n=8をこの式に当てはめると……三サイクル目に該当するのは、二番台の人」

 廻谷さんの推理は見事に的中し、二十八日の三サイクル目は二番台が指名された。事前に電話説得を行って学力を高めておいた二番台の四人は全て正解し、ついに俺達は三サイクル目を突破することができたのだった。

「よっしゃあ、やったぜ! さすが廻谷さん!」

「……喜ぶのはまだ早いよ。まだ最後のサイクルが残ってる」

「そうだけどさ。廻谷さんならきっと次も突破できるって!」

「…………」

 廻谷さんは黙ってゲームを進めた。ちょっと照れているみたいだ。

【上津:「やっとここまで来たな、藤峰さん。あと四問で、この長いループにも決着が着く」

 藤峰:「ええ……そうね」】

 最終局面が近いからか、四サイクル目に突入する前にイベントが入った。だが画面上の藤峰さんの表情は曇っており、どこか不穏な気配を感じさせる。

【上津:「藤峰さん? どうかしたのか?」

 藤峰:「なにか嫌な予感がするの。このままでは終われないような、そんな嫌な予感が……」

 桑原:「ククク……見事だ藤峰。お前がこの私をここまで追い詰めるとは、思ってもみなかったよ」

 上津:「何ッ!?」】

 突然会話に参加してくる桑原先生。驚く上津。えーっと、一応桑原先生は、(仲尾先生に教えてもらわない限り)藤峰さんの能力で時間がループしてることには気づいていない設定のはずなんだっけか。ややこしい。

【桑原:「お前達も言っていただろうが。ループしたところで完全に記憶が消えるわけではないと。お前達はやりすぎたのだ……私はもう気づいてしまったぞ。お前達の狙いにな」

 藤峰:「気づいたところで何ができるというの? あなたの呪業には、定められた法則のとおりに指名しなければ能力を発動できないという弱点がある。四サイクル目の法則が何なのか、すぐに解き明かして、全問正解してみせるわ。あなたにはそれを止めることはできない!」

 桑原:「フ……わかっていない。わかっていないなぁ藤峰」】

 桑原先生は怪しげな笑みを浮かべて言う。つーかこの人だけやけに表情の差分が多いな……。渚紗は一体どんな気持ちでこのイラストを描いていたんだろうか。

【桑原:「どうやらお前達は、四サイクル目の指名法則について知りたくて仕方がないようだから、特別に教えてやろう。だよ。勿論天体の方じゃない、暦の方の月だ。……さて、今月は何月だったかな?」

 藤峰:「……!」】

 藤峰さんの顔が青ざめる。まさか、と思って廻谷さんを見ると、彼女も渋い顔になっていた。

「なあ廻谷さん、これって」

「うん。このゲーム、授業の進行度とか、日付の設定とかも現実に即して作られている。だから多分、ゲーム内での『今月』は、今現在の現実の『今月』と同じだと思う」

 つまり……。

【桑原:「だよ藤峰ぇ! これがどういうことか、わかるよなぁ!?」】

 どうしてまずいのかは、さすがに俺でもわかる。五月ということは、指名されるのは五番台。その中には藤峰さんが該当する。しかも、このゲームの時間は、『今月』中でしか変動しない。たとえ何回ループでやりなおしたところで、今月が五月である以上、四サイクル目には必ず五番台が指名されることになるのだ。

 だから、四サイクル目を突破するためには、藤峰さんの指名を絶対に避けて通れないということになる。その上四サイクル目になると、荒上のスキル:問題児は「7連鎖」という制限に引っかかってもう使えない。

 つまり確実なゲームオーバーだ。

「お、おいこれは卑怯だろ渚紗! 藤峰さんが指名されたらゲームオーバーなのに、クリアのためには藤峰さんの指名を避けられないなんて!」

「あら、『藤峰さんが指名されたらゲームオーバー』なんて言った覚えはないわよ? ゲームオーバーの条件は、『藤峰さんが最初に呪業でやられてしまうこと』だわ」

「そんなこと言ったって……」

 藤峰さんが指名される≒藤峰さんが最初に呪業でやられてしまうってことなんだから同じじゃねーかよ。

【桑原:「ふふふ……藤峰、お前は自分が問題に答えることなく、他の生徒に答えさせて私の呪業を乗り切ろうと考えていたようだが、甘かったな。お前がやらなければならないのは、人に頼らず、しっかりと勉強をして自分の力で問題に答えることだ」

 藤峰:「くっ……今更そんなまともな教師みたいなことを言うなんて、卑怯よ!」】

 いや別に卑怯ではないと思うけど。

【桑原:「藤峰。私はわかっているんだぞ。本当のお前の学力ならば、どんな問題だろうと容易く答えることができると」

 上津:「何! ほ、本当か藤峰さん!?」

 藤峰:「……ええ。だけど……」】

 藤峰さんは言いにくそうに目を伏せる。

【藤峰:「私の学力が落ちているのは戒禁象の副作用が原因よ。だから、戒禁象を使うのをやめれば、本来の超絶頭の良い私に戻ることができる】

 上津:「そうなのか? だったら問題を解く間だけ戒禁象を解除すれば……」

 藤峰:「私の戒禁象は、一度解除すると、その時点で未来が確定してしまうの。つまりもうループができなくなってしまう。だから……もし、戒禁象を解いて私が正解したとしても、私の次の生徒が間違えてしまったら、全てが終わりよ」

 上津:「……だけど、藤峰さんの次の人で、問題は最後だろ? だから、その三十五番の人さえちゃんと答えてくれれば、それで俺達の勝ちだ。だったら――」

 藤峰:「いないのよ」】

 と、藤峰さんはさびしげな表情で首を振った。

【藤峰:「出席番号三十五番は、今月に入ってから一度も学校に来ていない――さんなの」】

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藤峰渚紗の理想の教室 もっつぁれら @men-bow

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