第4話 7.

 翌日。暗転し、場面が切り替わった後の最初の表示は、俺の予想を裏切るものだった。

【七日(水) 五時限目】

「な……五時限目ってどういうことだよ? 水曜なら現社は三限のはずだろ!?」

 慌てて廻谷さんを見るが、彼女は驚いてはいなかった。むしろどこか得心がいったような表情でゲーム画面を見つめている。

【上津:「な……五時限目ってどういうことだよ? 水曜なら現社は三限のはずだろ!?」】

 うわっ。ゲーム内の上津と俺のセリフが被った。なんか恥ずかしい。渚紗は俺の反応を完璧にお見通しってことかよ。

【藤峰:「これは……まさか……!」】

 藤峰さんがうろたえた様子を見せた直後、

【???「ほっほっほ……」】

 と笑い声を発する黒いシルエットが画面に浮かび上がる。

【???「なにやらこそこそと授業の妨害をしてくれたようですが……気づかれていないとでも思っていたのでしょうか?」】

 そう言いながら教室に現れた人物。それは、男性でありながら小柄で甲高い声、かつその独特のしゃべり方から、最近復活し金色になったことで話題の某宇宙の帝王であるF様に似ていると、桑原先生とは別の意味で生徒達のネタにされている、朱礼舞高校第一学年の学年主任――仲尾先生だった。

 ……無論、渚紗の遊び心から、ゲーム内での仲尾先生のイラストは著作権法に触れかねないレベルでF様そっくりにデフォルメされている。


【仲尾:「私の月給は五十三万です」】


「急に何言ってんだコイツ!?」

 それ言わせちゃうのかよ! しかしこれ、戦闘力ならインパクトある数字だけど「月給」にすると嫌なリアル感を醸し出すな……。学年主任だからって結構イイ額もらいやがって。

【藤峰:「本来、今日の現社の授業は三時限目のはず……でも、いつの間にか五時限目に変更されていた。これはあなたの仕業ね。仲尾先生」

 仲尾:「ほう、察しがいいですね藤峰さん。その通りですよ」

 桑原:「な、仲尾先生……?」】

 桑原先生が、やや焦った表情で教室に現れる。

【桑原:「これは一体? なぜ急に時間割を変更なさったのですか?」

 仲尾:「桑原先生。あなたは時間のループに閉じ込められているのですよ。そこの藤峰渚紗さんの戒禁象の力によってね」

 桑原:「なんですと!?」】

「お、おいおいなんか急展開だぞ……?」

 いきなり現れた仲尾先生によって、上津達が藤峰さんの力でループしていることが早速ばらされてしまった。まだ二回目だってのに。これってループ繰り返して地道にパラメータ上げてくゲームじゃなかったのか? 

【仲尾:「気づかないのも無理はないでしょう。戒禁象の中でも時間を操る力は最上位……同じタイプの能力者でなければ知覚することもできません」

 藤峰:「つまり、あなたも私同様『時を操る世界』への入門を果たした能力者というわけね」】

 仲尾先生はニヤリ、と口角を上げた。

【仲尾:「そう。私は時空の扉を開き、異なる二つの授業の時間軸を入れ替えることが可能なのです。これこそが学年主任にのみ許された圧倒的な呪業……! 『時間割調整テーブル・クロス』の力!」】

「いやただの時間割調整じゃねーか!!」

 なんか小難しいこと言ってるけど時間操る能力とかなくても普通にできるから! 現実でもちょくちょく行われてるからねそれ!

【桑原:「は、はぁ……。しかしなぜ急に時間割調整テーブル・クロスを使われたのですか、仲尾先生?」】

 若干困惑気味の桑原先生が尋ねるが、仲尾先生は自信たっぷりの表情だ。いや能力超ショボいのに何強キャラ感出してんだよ。

【仲尾:「先程も言ったでしょう。あなたはループしているんですよ。つまり、藤峰さん達はあなたの呪業『アイ・ウォント・トゥ・ラヴ・ユー・テンダー』の弱点……『指名法則』を暴こうとしているのです。おそらく、すでに二サイクル目までの法則は見破られてしまっていると考えていいでしょう」

 桑原:「そ、そんな! それでは私の攻撃は通用しないということですか?」

 仲尾:「ご安心なさい。そのために私が来たのです」】

 仲尾先生は不敵な笑みを浮かべて藤峰さん達の方を見た。

【仲尾:「今日は水曜日。だからあなた方は、の現代社会に備えて予習を積んできたのでしょう? ところが直前になって時間割が変更、三限と五限が入れ替わってしまった。ほほほ……残念でしたね、これで努力は水の泡というわけです」

 上津:「くっ……!」】

 なるほど。仲尾先生の能力は単体だと悲しいくらいショボいけど、桑原先生の力と組み合わせることでこちらの予習を無効化する手段になるわけか。

「……曲がりなりにも授業に備えて予習してきた生徒に対して『努力は水の泡』とか先生が言っちゃダメじゃね? こいつら何のために仕事してんだよ」

「そこは突っ込んだら負けよ」

 渚紗は完全に開き直っている。こいつ……。

【仲尾:「さあ桑原先生、やっておしまいなさい! あなたの呪業で生意気な生徒どもを髪の毛に変えてやるのです!」

 桑原:「は、はいっ!」】

 仲尾先生の号令によって桑原先生が教科書を開く。いよいよ現社の授業が始まるのだ。つーかいつまでいるんだ仲尾先生。自分の授業に戻らなくていいのかよ。

【桑原:(仲尾先生が見ている……! ここは失敗するわけにはいかん! 初手から高レベルの問題で確実に仕留める!)】

「え、なんか急に嫌な予感するモノローグが入ったんだけど?」

「そりゃあ桑原先生だって上司が見ている前では張り切るに決まってるじゃない」

【桑原:「いくぞ……! 教科書は五十六ページ! 今日は七日、したがって出席番号七番、江波! 〔日本国憲法に明確な権利保障の記述はないが、憲法上の人権として認められるべきだと主張される新しい権利のうち、判例によって認められたものを一つ挙げよ!〕(レベル3)」】

「いきなりレベル3だと!?」

 まずい……! 江波の初期学力はレベル1! スキル:内職で1上がったとしてもレベル3の問題は答えられない――!


【桑原:「はーっはっは! どうだ、答えられまい! これで貴様は――」


 江波:「プライバシーの権利」


 桑原:「……何?」】

 唖然とする桑原先生。江波のイラストは、眼鏡が光って目の部分が見えないっていう、メガネキャラがなんか企んだりするときとかによくある感じの描写になっている。

【江波:「聞こえなかったか? プライバシーの権利と言ったんだ」

 桑原:「正、解……。『宴のあと』裁判の第一審において、プライバシー権を憲法上基礎づけられた権利と認める判決が下された……。なぜだ!」】

 桑原先生は顔を歪めて叫ぶ。

【桑原:「なぜ答えられる!? 今の問題はお前の学力では解けないレベルだったはず!」

 江波:「確かに……普段の僕なら無理だっただろうね。だけど今日は違う。朝から今までの授業中で、現社の予習はもうバッチリだ」】

 あ、そうか! 江波のスキル:内職は、二時限分の内職によって学力レベルがプラス1されるという効果だ。今は五時限目――朝からこの授業が開始されるまで、江波は四時限分の内職をする時間があったということ。つまり、江波の学力は今、レベル3にまで上がっている!

 江波(のイラスト)が、くいっと中指で眼鏡を上げた。


【江波:「あなたの敗因――それは、僕に時間を与えすぎたことさ」】


「かっけぇええぇー!」

 いや、他の授業中ずっと内職してたわけだから全然褒められたことじゃないんだけども! むしろ怒られるべきなんだけれども! でもなんか無駄にカッコイイ! 

 これ、時間割の入替が起こってなくて、現社が三限のままだったら、内職の時間が足りてなくてアウトだったわけだからな。こういう敵の能力を逆手に取った感じの展開は実に燃えるぜ!

 ……現実の江波が本編に登場してないのにゲーム中の江波が活躍するってどういうことだよ。

 その後も、桑原先生の出す問題のレベルは明らかに前回よりも平均して上がっていたが、十七番から三十七番までの生徒は前日の説得効果もあって無事にクリア。そして二サイクル目の指名に入ったわけだが――

「時間割が変更されたことで、当然、二サイクル目の指名パターンも影響を受ける。現社は五限になったから、二サイクル目に指名されるのは出席番号五番台の生徒達だ。まさか廻谷さん、この展開を読んで、昨日の電話説得を三番台から五番台に変えたってのか……!?」

「後で説明する。今は続きを進めよう。多分、この先に重要なイベントがある」

 五番、十五番の生徒も説得効果でなんとか突破できた。だが俺はここで大変なことを思い出す。

 次に指名される出席番号二十五番。その生徒は。

 藤峰渚紗。

 このゲームで、今のところ唯一のゲームオーバー条件を満たす可能性のある指名だった。

「や、やべえぞ廻谷さん! 藤峰さんが当たっちまった! これ答えられなかったらゲームオーバーじゃねえか?」

 だが廻谷さんは無言のままゲームを進めている。やけに落ち着いているが、何か考えがあるということだろうか。

【仲尾:「何をやっているのですか桑原先生! こんなガキどもに手こずるとは!」

 桑原:「も、申し訳ありません! ですが、なぜか指名した生徒がことごとくキチンと予習をしてきておりまして……!」

 仲尾:「言い訳など聞きたくありませんね! 次の指名は藤峰渚紗なのですよ? ここで確実に仕留めるのです!」

 桑原:「は、はい!」

 桑原:(とは言ったものの、今日は最初から高レベルの問題を出しすぎてもうエネルギーが残っていない……。これ以上レベルの高い問題は出せん! くそーっ!)】

「おお? なんだこれ、よくわからんが桑原先生が弱ってるぞ?」

 問題を出すだけなのにエネルギーを消費するというのは意味不明だが、とにかく俺達にとってはありがたい展開だ。なんだよ渚紗のやつ、なんだかんだでちゃんと救済策を用意してるんじゃないか。

【桑原:「くっ……次は、出席番号二十五番、藤峰。〔日本の立法府であり、憲法において『国権の最高機関』『国の唯一の立法機関』と定められている機関はなにか?〕(レベル1)」】

 こんなの小学生でも答えられるサービス問題だ。これなら余裕だろ……と、思っていると。

【藤峰:「(゜∀。)?」】

「えぇー!?」

 ど、どうしたの藤峰さん!? 何その表情! ザ・バカみたいな顔で固まっちゃってますけど!?

【藤峰:「黒鍵……? 先生はなぜ急にピアノの話を始めたのかしら?」】

「いやおバカさんかっ!」

 そりゃ確かに最初の方で「能力発動中は勉強が全くできない」って言ってたけど、藤峰さんのキャラ的にこのバカさ加減はおかしいだろ! なんか今まで賢そうな雰囲気出してたじゃん! 

【桑原:「……お、おやぁ? どうした藤峰ぇ……まさか、答えられないのか?」

 藤峰:「くっ……!」

 桑原:「はーっはっは! どうやらここまでのようだな!」】

 笑う桑原先生。焦る藤峰さん。バカみたいな展開だがゲームオーバーのピンチなのだ。

 だが、廻谷さんの冷静さが、まだ打つ手があるのだと確信させる無言の説得力を放っていた。

「……ここ」

 短く呟いた廻谷さんが、メニューを開き、スキルの使用欄をクリックする。

 廻谷さんが選んだスキルは――荒上のスキル:問題児。

 スキルポイント2を消費して発動する、自ら強制的に桑原先生の髪の毛にされるという、俺が使えないゴミと切り捨てたスキルだ。

 なぜこのタイミングでこんなスキルを、と思う間もなく、廻谷さんは『問題児』を発動させる。シャキーン、という発動の効果音が鳴り、無駄に凝った荒上のカットインが入った。

【桑原:「私の髪の毛となるがいい、藤峰渚紗! 喰らえ我が呪業――」

 荒上:「あーあー、クソつまんねーなぁあー!」】

 荒上の大声に、桑原先生の動きが止まる。そして先生はゆっくりと荒上の方へ向き直った。

【桑原:「お前……今なんと言った?」

 荒上:「聞こえなかったんスか? あんたの授業がつまんねーって言ったんだよ」】

 人間離れして怖い桑原先生のグラフィックにもひるまず、荒上が言い放つ。

【荒上:「今日、今までにあんたが指したやつら、みんなちゃんと予習して来ててみんなバッチリ正解してるってのに、あんたはちっとも嬉しそうじゃねえ。あんたそれでも教師かよ?」

 桑原:「……」

 荒上:「そんな陰湿な性格だからよォー、髪の毛も薄くなっちまうんじゃねえのかなあぁぁあ!?」

 桑原:「貴様ああー! もう許さん! 我が髪の一部にしてくれる!」】

 鬼の形相の桑原先生が、例のワカメ怪人を出現させて荒上に襲い掛かる。荒上はなすすべもなくその触手に捕えられ、桑原先生の髪の毛に吸収されていく……。

【荒上:「ぐわぁああああ!」

 上津:「荒上っ!」】

 吸い込まれる直前で上津が手を伸ばし、荒上を掴んで踏み止まった。だがワカメ怪人のパワーには勝てず、徐々に上津ごと先生の方に引っ張られてしまっている。

【上津:「バカ野郎! お前、なんで桑原先生を挑発するようなこと……!」

 荒上:「へ、へへ……さぁな。でもよ、なんか藤峰さんは間違えちゃいけねえって、そんな気がしたんだ。なんとなく覚えてる。前にもこんなことがあった……」

 上津:「荒上、お前、ループ前の記憶が!?」

【藤峰:「たとえ時間をループしても、完全に記憶がなくなってしまうわけではないんだわ……。前の時間軸で、あなたが荒上くんを助けようとしたこと、その想いは、彼の魂に刻み込まれているのよ」

 上津:「荒上……!」】

 えっ……何コレ。

 なんで俺と荒上が深い絆で結ばれてる感じになってんの。なんかちょっと熱い展開っぽくしてるけど、キャラが俺と荒上だと思うとひたすら気持ち悪いんだけど。仮にもし荒上が桑原先生の髪の毛にされたら俺はただ爆笑するだけなんですけど。

【荒上:「そんな顔するなよ。俺がここでやられたとしても、お前と藤峰さんがまた助けてくれるんだろ? 信じてる、ぜ……」

 上津:「荒上ィーっ!」】

 ついにワカメ怪人のパワーに負け、荒上の体が宙に投げ出される。だがその瞬間、ゲーム画面はモノクロに変わっていた。藤峰さんが時間を止めたのだ。

【藤峰:「何とか戒禁象を発動させることができたわ。荒上くんが先生の隙を作ってくれたおかげね……」

 上津:「荒上……」】

 上津は決意を秘めた表情で拳を握る。

【上津:「待ってろよ。必ず俺がこの残酷なループを止めて助けてやるからな……。お前も、みんなも!」

 上津のコミュ力が1上がった!

 上津の信頼度が2上がった!

 上津はスキル『説教:電話による説得の成功率と効果が大幅に上昇する。消費スキルポイント1』を覚えた!】

「おお~!」

 やった! ステータスが上がってスキルまで覚えたぞ。しかもかなり強力そうなやつだ。

 その後、時間が前日の夜まで逆行し、とりあえず長いイベントは一段落した。廻谷さんはセーブをして、小さくため息をついた。

「お疲れ様。そしてお見事だったわ。よくあそこまで展開を読んだわね、廻谷さん」

「そうだぜ。江波や荒上のスキルの使い方……それに何より、前回の夜にあらかじめ五番と十五番に電話を掛けておいたってのは、こうなることを見越してたってことだろ?」

「まあ、大体はね」

「すげーなぁ……。あんなメチャクチャな展開を予想するなんて、一体どうやったんだ? 説明してくれないか?」

「……いいよ」

 廻谷さんは俺と渚紗の方へ向き直った。

「怪しいと思ったのは、荒上くんのスキル。『強制的に髪の毛にさせられる』ということは、今のところこのゲーム唯一のゲームオーバー条件である『藤峰さんが最初に髪の毛にされる』ことを阻止できるということ。つまりこれは、スキルポイント2と引き換えにゲームオーバーを回避するためのスキルだよね」

「なるほど……」

 言われてみれば確かにそうだ。さっき廻谷さんがやったみたいに、藤峰さんが指名されて間違えそうになったとき、荒上のスキルを使えば荒上が身代わりになってくれる。『強制的に髪の毛にさせられる』なんて不思議な日本語のせいでクソスキルだと思い込んでいたがとんでもない、防御の要とも言える強力なスキルじゃねえか。

「だけど、このスキルには『7連鎖未満のとき』という発動制限がかかっている。これはよく考えると妙じゃない?」

「え? 妙って、何が?」

 無制限にゲームオーバーを回避できるのは強すぎるから、という理由で制限付きにしたと考えれば、特におかしい点はないように思えるが……。

「さっき話したように、ゲーム内の『今月』中は、現社の授業がある水、金曜日に五番台の日付がないから、一サイクル目の指名では五番台は指名されない。そして二サイクル目でも、『現社のある時限数』が指名の条件だとしたら、一番台か三番台しか指名されないことになる」

 ここまで説明されて、そしてそこから更にしばらく考える時間を経て、俺はようやく廻谷さんの言わんとしていることに思い至った。

「そうか……! 桑原先生の指名がその法則通りだとすると、一サイクル目でも二サイクル目でも五番台が指名されることはない。つまり、……!」

 唯一のゲームオーバー条件を満たすためには、藤峰さんが指名されること、即ち五番台が指名サイクルに入ることが必要だ。しかし、今までの情報から得られたように、桑原先生の指名法則が「一サイクル目:その日の日付」「二サイクル目:現社の授業が行われる時限数」だとすると、どちらにも五番台が入ることはなく、したがって二サイクル目が終わるまでは放っておいてもゲームオーバーには絶対になり得ないはずなのだ。

「一サイクルは4連鎖。だから7連鎖は二サイクル目の途中。もし、二サイクル目の終わりまでゲームオーバーにならないとすると、荒上くんのスキルは完全に死にスキルになってしまう。……製作者である藤峰さんの性格からそれは考えにくい」

 廻谷さんが渚紗を見る。渚紗はどこか満足げな笑みを浮かべながら黙って聞いている。

「だから、二サイクル目に、荒上くんのスキルを使って切り抜ける何らかの強制イベントが発生すると思った。具体的には、急に五番台が指名されるとか。二サイクル目が五番から始まったとすると、ちょうど7連鎖目で二十五番――藤峰さんが指名されることになるからね」

「だから、あらかじめ五番と十五番に電話して学力レベルを上げておいたのか……。五番台が指名されたとき、藤峰さんの番までは連鎖が続くように」

 廻谷さんは頷いた。

「流石ね。ここは鵜飼さん(五番)と栗井くん(十五番)の初期学力では正解できない問題が出るようにしておいたのに、まさか一回目で突破されるとは思っていなかったわ」

 廻谷さんと渚紗は互いを見つめ、ニヤリと笑い合った。

 な、なんなんだこの二人……。なんで現社の先生が生徒を髪の毛にしようとするアホゲーでこんな頭脳戦を繰り広げてんだよ。

 しかし、頭脳「戦」とは言ったものの、俺にはこの戦いがお互いへの信頼から成り立っているように思えた。たとえば荒上のスキルの矛盾点、廻谷さんがあれを「製作者の単なるミス」ではなく「伏線」と捉えたのは、渚紗ならその矛盾に意味を持たせるはずだと信じていたからだろう。逆に渚紗も、廻谷さんならばそこに気づいてくれると信じてこの展開を作ったはずだ。

 このゲームを通じて、今や二人の間には、好敵手のような奇妙な絆が生まれ初めているように感じる。ひょっとしたらこれが、渚紗が廻谷さんを登校させるためにゲームを作った狙いだったのかもしれない。

 ……そうすると俺がここにいる必要性ってなんなんだ。さっきから全然ついていけてる気がしねーよ。

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