第4話 6.

 「3:本当のことを話して勉強してくるように頼む」の選択肢は外れだった。ということは、残る「1:真実をごまかしながら勉強してくるように頼む」「2:情けなく泣き落として勉強してくるように頼む」のどちらかが正解ということだ(或いはどちらでもいいのかもしれないが、渚紗の性格を考えるとその期待は楽観的すぎる気がする)。

「仮に2番を選んだとすると……ゲームの中の上津くんは、高山さんに、『理由は言えないけれどとにかく明日の現社に備えて勉強してきてください』って情けなく泣きながら訴えることになるよね」

「それも怖いな……」

 なんか凄い裏事情を想像されてしまいそうだ。いや実際意味不明な裏事情があるんだけども。

「やっぱり無難なのは1番しかないと思う」

 そう言って、廻谷さんは「1:真実をごまかしながら勉強してくるように頼む」の選択肢を選んだ。

【上津:「突然電話でこんなこと頼んで悪いんだけどさ。明日の現社で、多分高山さん当てられちゃうと思うから、答えられるようにちゃんと復習しといてくれないか?」

 高山:「別にいいけど……っていうか、え、あたしそんなに勉強してないイメージある? 授業で立たされたこととか今までなかったと思うけどなぁ」

 上津:「あ、い、いや……大丈夫だとは思ったけど、一応念のためにさ」

 高山:「ふーん。でも、なんで急に?」

 上津:「それは、えっと……やっぱ授業は真面目に受けた方がいいかなって思って。ほら、桑原先生の授業ってすぐ立たされるからみんなあんまり好きじゃないみたいだけど……正直俺もあんま好きじゃないけど、でも桑原先生だってそれはわかってると思うんだ。生徒に嫌われるってわかった上で厳しくするのって、結構大変なことなんじゃないかな」

 高山:「んー、それはそうかも」

 上津:「それでもあのやり方を貫いてるのは、それが生徒のためになるって桑原先生なりに信じてるからだろ。だったら少しくらい応えてあげるべきかなって思ったんだよ。まあそれは俺の個人的な考えなんだけど、せっかくクラス委員なんだからこの立場を利用してクラスのみんなにも付き合ってもらおう……的な? ……あー、ごめん、意味わかんないかな」

 高山:「大丈夫。わかったよ。……そっかー、やっぱクラス委員だけあって真面目だね上津くん」

 上津:「いやー、その。こういうのって余計なお節介かな、はは……」

 高山:「そう思う人もいるかもね。でも、……あたしは嫌いじゃないから」

 上津:「そっか。ありがとう」】

 お、おお……。なんかそれっぽいこと言ってうまく誤魔化しやがったぞ。流石ゲーム内の俺。

「ああ……なんか、わかる。上津くんこういうこと言いそう」

 廻谷さんが実に微妙な顔で俺を見て言った。

「え、そ、そうかなぁ?」

「うん。この一見いいこと言ったっぽいようでよく咀嚼してみると大したことを言っていない感じがなんとなく似てる」

「どういう意味だそれ!?」

 廻谷さんは「フッ」と鼻で笑って、ゲームの操作に戻った。ち、畜生……いやまぁ自分でも「名言・名台詞吐きたい症候群」だって自覚はあるけど、他人に指摘されると凄く恥ずかしいじゃねーかよ。

【高山:「ね、良かったらあたしも協力する? 仲良い子にそれとなく言っておこうか?」

 上津:「マジで! そうしてもらえるんだったらスゲー助かるよ!」】

「お、なんかいい感じだぞ!」

「そうね。こんな風に、選択肢によってはキャラの好感度が上がって協力を申し出てくれることもあるわ。こうやってNPCの協力を取り付けることで、より多くの生徒の説得が可能になるのよ」

 なるほど。じゃあやっぱりこの選択肢は1番が正解だったわけか。騙してるようでちょっと心苦しいけど……「より多くの生徒に桑原先生の問題に答えられるように勉強してきてもらうこと」という目的が果たせれば、過程は大した問題じゃないか。

【高山:「なら、あたしからも明日当てられそうな何人かに連絡しておくね。じゃあおやすみ~」

 上津:「ありがとう高山さん。じゃ、明日学校でな」】

 というやり取りを最後に「上津は電話を切った」というメッセージが表示され、続いて軽快な――某有名RPGのレベルアップ時によく似た効果音が鳴る。テレレレッテッテッテー!

【上津のコミュ力が2上がった!

 上津の信頼度が2上がった!

 上津は「変態タラシ口先ペテン野郎」の称号を手に入れた!】

「メチャクチャ罵倒された――っ!?」

 称号じゃなくて単なる悪口だろコレ!

「おい渚紗ぁ! なんか余計なモン手に入れちゃったんだけど!?」

「ああ、大丈夫。称号はゲーム内容には何の影響も与えないオマケ的お楽しみ要素だから」

「ゲームを飛び越してプレイヤー本体に直接ダメージが来てるんですけど!? どこがお楽しみだよ!」

「私は今凄く楽しいわ」

「お前が楽しむ用なの!?」

 まぁ、高山さんを騙して丸め込んだのは確かだが……しかし、「口先ペテン野郎」と「タラシ」はまだわかるとしても、「変態」の要素はどっから来たんだ。明らかに現実の俺を指してるだろ。

「ゲーム自体に関係ないなら、いいじゃん、別に。このまま進めるよ」

 くすくすと笑いながら言って、廻谷さんはゲームを続けた。

 その後、出席番号二十六番、三十六番、六番のクラスメイトにそれぞれ電話を掛け、同じように誤魔化しながら勉強してくるよう説得したところで、「精神力が尽きた。今日はこれ以上他人と話せない」というなんとなく悲しくなるメッセージが出て電話ができなくなり、仕方ないので勉強してから就寝した(電話する度に「テポドン」だの「上津サラマンダー怜助」だのピンポイントに俺の心を抉る称号を与えられて、しかもその都度渚紗がその由来を廻谷さんに説明しやがるもんだから、俺本体の精神力も結構限界だった)。

 そして翌日――いよいよ現社の授業本番。

【十六日(金) 一時限目】

 チャイムの音と共に、授業はごく普通に始まった。

【桑原:「えー、では……教科書六十八ページから。今日は十六日だから、十六番、高山。〔国民が政治に参加する場合、国民自身が直接的に意思決定に参加する制度を何というか答えろ〕(レベル1)」】

「ん? なんか(レベル1)とかでたぞ?」

「ええ、ここで問題レベルと学力レベルについて説明しておくわ。桑原先生の出す問題には、難易度別に1~5までのレベルがあるの。そして、生徒にもそれぞれの学力に応じて1~5のレベルが設定されていて、生徒は自分の学力レベル以下の問題にしか正答できない。初めのうちは、桑原先生もレベルの低い問題しか出さないけれど、連鎖が続いていくとだんだん高レベルの問題も出してくるようになるから、注意しておいてね」

「なるほど。えーと、高山さんのステータスは……『学力レベル3+1』か。ん? +1ってなんだ?」

「昨日電話を掛けて勉強してくるように頼んだことによる補正よ。つまり今のカナは実質的にはレベル4以下までの問題になら正答することができるわ」

 そうか。説得によって学力レベルを上げることで正答できる問題が増えるってのは、具体的にこういうことだったのか。

「初期学力レベルや、説得による補正の掛かり方にはキャラクターごとに差があるわ。あと、補正による上昇率には上津くんの『信頼度』が影響するの。信頼度が高ければ説得の効果がより高まると思ってくれていいわよ」

「ふむふむ。今はまだ上津の信頼度が低かったから、補正も+1だけだったってことか」

 しかし、今回高山さんに出された問題はレベル1。これなら余裕で――仮に補正がなかったとしても答えられる問題だ。むしろちょっと勿体なかったかもな。

「それから、ついでに『スキル』についても話しておくわね。各キャラクターにはそれぞれ、スキルと呼ばれる固有の特殊能力が設定されているの。スキルの発動には『スキルポイント』が必要なのだけれど、スキルポイントは授業において正答の連鎖が続いた回数分だけ蓄積されていくわ。4連鎖続けば4ポイント、といった具合よ」

 クラスメイトのステータスを確認してみると、確かにスキルという項目があり、そこにはスキルの具体的な内容と発動に必要なスキルポイントが書いてあった。試しに出席番号7番の、江波のスキルを見てみると――

「なになに……スキル『内職:他の科目の授業中に内職をして学力レベルを上げることができる。二時限につき+1。消費スキルポイント0』。ああ……確かに江波のヤツよく内職してるなぁ……」

 うまく個性を反映している……って言っていいのかこれ? スキル自体は何気に使えそうだけど、でも現社が一限の今日は意味ないな。

「どれ、荒上のスキルは……『問題児:現社の授業中、7連鎖未満のときに発動可能。先生を怒らせて強制的に髪の毛にされる。消費スキルポイント2』。いや意味あんのかこのスキル? 自爆してポイント無駄にするだけじゃねえか」

 他のキャラのスキルは結構使えるのが多かったのに一人だけ群を抜いて酷い。渚紗は荒上のこと嫌いなのかな?

 ついでに俺(上津)にはどんなスキルが設定されているかなと思って見てみると、

「えーとなになに? 『カンニング:近くの生徒のノートをカンニングすることで、一時的に学力を被カンニング対象の生徒ど同レベルまで上げる。この卑怯者。消費スキルポイント10』……おい渚紗ァ! やめろよこれ! 俺と似せたキャラにこんなスキル設定したら、なんか俺自身が常習的にカンニングしてるみたいじゃねーか!」

「え……ばれてないと思っていたの?」

「いややってないからね!?」

「とにかく、連鎖を続けることは経験値だけじゃなくてスキルを使うためにも必須なのよ。あと、上津くんの説得によって新たにスキルを覚えるキャラもいるから、スキルが『?』になっているキャラには積極的に電話した方がいいかもね」

「ああ、わかった……」

【高山:「『直接民主制』です」

 桑原:「うむ、正解だ。この政治制度は公開性や民意の反映性の高さから最も民主主義的な政治制度と言えるが、国家規模での運用は非常に困難なため、現在ほとんどの民主主義国家では選挙によって代表者に権力行使を信託する『間接民主制』が敷かれている――」】

 よし、まず一問目は危なげなくクリア。続いて二問目、三問目も軽く突破、四問目は初期学力レベルが2だった出席番号六番・粳田うるちださんにレベル3の問題が来てちょっと危なかったけど、補正が掛かっていたお陰でなんとか正答できた。

「ここからだね」

 と、廻谷さんの目つきが鋭くなる。

 そうだ。ここまでは予定通り、というか前提に過ぎない。最初の「日付サイクル」が終わった後、この先の桑原先生の指名法則を知ることがとりあえずの目的なのだ。

【桑原:「じゃあ次は……今日は一時限目だから、一番、青木!」】

「! 『一時限目だから』、ってことは……!」

「うん。どうやら二周目のサイクルは、その日授業が行われた時限を反映するみたい」

「ああ……そうだそうだ、思い出した! 確かに現実でも桑原先生、日付の次は時限で指名決めてたっけ! くそ、もっと早く思いだせばよかったぜ!」

 その後、一番の青木さんは初期学力レベルだけで正解してみせたものの、続く十一番の久野は初期学力レベル1で、レベル2の問題を答えられずにここで失敗。

 するとそれまで普通だった桑原先生が途端に例のトチ狂った表情になり、ワカメ怪人を出現させて久野を髪の毛にしてしまった。

【藤峰:「……ッ! 今日はここまでのようね。時間を戻すわよ!」】

 と、明らかに自分のキャラのイラストだからって渚紗が気合い入れて描いたに違いないクオリティの藤峰さんの全身カットインと共にゲーム画面の色が反転し、再び同じように時計の針が左回りになる演出が入って上津の部屋が映し出された。

「これでまた授業前日の夜からになるのか。よしよし、大体パターンがわかってきたな、廻谷さん」

 新しい日付は――六日。つまり授業のある翌日は七日ということだ。ならば今回は出席番号七番代のクラスメイトに電話を入れるべきだろう。

「明日の時間割、現社は三限だ。ってことは、七番代の次は三番代の人達が当てられる。上津のパラメータが上がってるから前回より電話掛けられる人数も多くなってるみたいだし、七番代の人と三番代の人に電話掛けとけば、今回は八連鎖いけるんじゃないか?」

「……うん……」

「廻谷さん?」

 廻谷さんの反応が鈍い――というか、何か別のことを考えているようだ。しばらく待っていると、廻谷さんはふと俺を見て「現社の時間割ってどうなってたっけ?」と尋ねてきた。

「へ? だから次は三限だって、メニューの『予定』ってとこに載って……」

「違う。ゲームじゃなくて、現実のこと。ほら、何曜日の何時間目はどの科目って、時間割決まってるでしょ」

「ああ、それなら確か……」

 俺は鞄から時間割表を取り出して確認する。

「現社は週二回、水曜三限と金曜一限だな。って、これ、まさか……!」

「……やっぱり」

 俺の言いたいことを読み取って、廻谷さんが頷いた。

「このゲームのオープニングのとき、最初に当てられたのは出席番号二番の荒上くん。つまり日付は二日だった。それに、登校直後の授業が現社だったから、あの授業は一時限目。そして二回目の授業は十六日で、確か授業が始まる前のメッセージウインドウに(金)って表示されていた。加えて、その現社の授業は一限だった」

「金曜の一限……!」

 十六日が金曜日なら、その十四日前――つまり二週間前の二日も金曜に決まってる。

「そして、十六日が金曜日ということは、逆算して七日は水曜日。このゲーム内でも、水曜日の現社は三限に設定されている」

「現実の現社の時間割と同じに設定されてるってことか!」

「まだ断定はできないけれど。……でも、作った人が『現実に即してる』って主張してたから、多分当たってると思う」

 少しだけ得意気な視線をゲームの制作者に送る廻谷さん。「よく気がついたわね」とまるで探偵モノの犯人のような口ぶりで悪い笑顔を見せる渚紗。

「でも、気づいただけでは意味はないのよ? その情報を、あなた達がどうやって攻略に活かせるか……楽しみに観察させてもらうわ」

「……なんか趣旨変わってね?」

 そういう目的じゃなかったろコレ。いやでも、廻谷さんちょっと楽しそうだし、今のところ順調と言えば順調……なんだろうか?

「しかし、渚紗の言う通り、気づいたところでなんなんだって気はちょっとするな……。別にこれがわかったところで三サイクル目以降の指名パターンが予測できるわけでもないし。あーでも、二サイクル目に当てられるのは一番代か三番代のどっちかしかないってわかったのは、一応収穫だったのかな……?」

 いや、そうでもないか。翌日の現社が何限目かって情報は、夜の内に最初から公開されてるもんな。

「それについて、自分で予想しておいてなんなんだけど、どこか……違和感がある」

 廻谷さんが難しそうな顔で言う。

「違和感?」

「このゲーム内での『今月』……つまり日付がランダムに変動しうる可能性のある範囲内で、現社の授業がある水曜・金曜に該当するのは、二日、七日、九日、十四日、十六日、二十一日、二十三日、二十八日、三十日の九日。この日付の一桁代の数字を見ると、見事に『五』以外の全部が揃ってる。五番代には二十五番の藤峰さん、つまり唯一の『ゲームオーバー』になり得る可能性が入っていることを考えると、この日付の並びは、偶然と考えるには不自然なくらい『公平』な状態になっている」

「な、なるほど……。五番代を除いたどの出席番号も、一サイクル目になる確率が同じに調整されてるってことか」

 ……す、すげえ。これを調整した渚紗もすげーし、もうそこに気づいちゃった廻谷さんもすげーよ。俺一人だったら、多分いつまで経っても気づかなかったんじゃないだろうか。

「こんな手の込んだお膳立てをするような制作者が、二サイクル目は一番代か三番代に当てられる人を固定するっていうのは……なんだか、アンバランスな気がしない?」

「確かに……。そう言われて見ればそうかもしれない。じゃあ、アレか? 現実に即して水曜三限、金曜一限に現社って考えるのは、やっぱ危険ってことか?」

「……まだわからない。一つ、試してみたいことがあるんだけど、やってみていい?」

 そう尋ねられ、俺は当然頷いた。廻谷さんの方が絶対俺よりうまくプレイできるはずだ。

「ありがと」

 廻谷さんは短くお礼を言うと、七番の江波を飛ばして十七番から三十七番の三人に電話を掛けた。

「なんで江波には電話掛けないんだ? 明日七日だから最初に当てられるぞ、こいつ」

 江波の初期学力レベルは1。説得によって補正を掛けておかないと、最初の問題がレベル2以上だったら正答ゼロで終わってしまう。

「江波くんには、内職のスキルがあるから。明日の現社が三限だとすれば、学力レベルは+1されて2に上がる。前回の授業の様子から考えて、一問目からレベル3以上は多分ない。だから説得は他の人に回した方が得だと思う」

「あ、そっか。スキル忘れてた」

 確か「二時間の内職で学力レベル+1」だっけ。なるほど、現社が三限なら十分使えるスキルってわけだ。

 前回の授業や電話によるパラメータアップで、上津の電話回数が「最大五回まで」に増えている。今は三人に掛けて残り二人。

 その二人を、俺は当然、二サイクル目に指名されるであろう三番と十三番の人にするつもりでいたが――しかし、廻谷さんが選んだ二人は。

 五番と、十五番だった。

「め、廻谷さん。説得は三番代にしないのか?」

「うん。……多分これで、わかることがある」

「へぇ。面白いことをするわね、廻谷さん」

 相変わらず不敵な笑みを浮かべ続ける渚紗を一瞥して、廻谷さんは「就寝」にカーソルを合わせてエンターキーを押した。

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