後日談 川澄透花

#01 透花

 売人殺しの件が解決した次の日、川澄かわすみ透花とうか吉野よしの綾子あやこを呼び出した。

 場所は地学講義室。過去に三人の女子高生が危ない粉を燃やしていた場所で、透花は、あるものを渡した。

「これ、返すわ」

 以前まで危ないクスリや道具が入っていたポーチを渡した。

「……どうも」

「それと知ってると思うけど……廃通りの外での売人殺しは解決したけど、あの後から色々いさかいが起こってるわ。廃通りで遊ぶのは、ちょっと時間を置いた方が良いかもね」

 ふぅん、と吉野は興味なさそうだった。

「私があげた煙草、どうだった?」

「マズい」

 吉野が即答した。

「そう……」

 透花は少々、残念に思った。あの煙草は、透花が好きな銘柄だったからだ。

 味覚が違うのだろうと、透花は分析した。なんで彼女たちは、ああも甘口なものが好きなのだろう。殺伐とした退廃的な辛さの、刺激の後の安堵は、何物にも変えがたいというのに。

 悪徳教師の赤坂咲良が、勧めた煙草を吸ったように、あるいはこちらに踏み込んだ中内宗一であれば分かるのかもしれない。

「アンタ、あれ吸ったことあるの?」

「まぁね……結構好きだけど」

「どうかしてる」

 吐き気を催したかのように、吉野は舌を出した。

「クスリの依存症の方は?」

「元々たいしたこと無かったけどね……まぁ、無くても大丈夫かな」

 目の下のクマを見る限り、とてもそうは見えない。別のクスリに手を出すのは必至だろう。注意を払っておいた方が良さそうだ。

「それで、用ってこれだけ? 戻っていい?」

「ええ。巻き込んで悪かったわね」

「どの口が言うのよ、人のこと脅しておいて」

 気丈に言い残して、吉野は出て行った。


 地学講義室から出ると、外には別の女子生徒がいた。

「松さん」

 吉野綾子の子分的立場にいるまつ愛利あいりは、一応のことを考えて、教室の外に見張り役として立たせていた。

 だが吉野が外に出た時点で、一緒に帰ったと思っていた透花は、松が待っているとは予想していなかった。

「その……ありがとう……」

 松は、ワケの分からないことを言ってお辞儀した。

「は? なんのこと?」

「みんなのこと……クスリ、やめるように言ってくれて、ありがとう」

 随分、頭がお花畑だなと透花は思った。まぁ、あの時にも外にいたし、事情を知らないのは仕方の無いことだろう。しかし……あの三人も、それを友人に話していないのか――いや、口止めしたのは自分だったなと、透花は自嘲した。

「勘違いしないで。別に私は、あの三人を更正させようと思ったわけじゃないの」

「そう……けど、止めてくれたのは本当でしょう?」

「ただの結果論だから」

 松は眉を寄せていた。怒りなどではなく、純粋に困っているようだった。

「あー……」

 面倒くさくなったので、透花はあえて認めてやることにした。

「まぁ、感謝されるくらいなら、されてあげるわ。どうも。じゃあ私はこれで」

 なぜかそう言って振り返ると、胸に何かが突き刺さるような感覚がした。

 後ろめたさしかなかった。そして、まだそんな感傷に浸れる甘ったれた自分に、嫌気が差した。

 その反動で、透花は思い焦がれる。こんな気持ちとは無縁でいられる、あの退廃とした街に。

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廃通り 指猿キササゲ @yubizarukisasage

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