#07 咲良

 たっぷり有給休暇を取って、休み明け。咲良は後始末に乗り出した。

 理事長の話で終わりにしておきたかったが、井中が消えた今、できるのは自分しかいない。咲良は二年二組に赴き、矢田と寺原を生徒指導室に呼び出した。

「例のバーでの件……今回は不問にする」

 二人の顔は、意外さと歓喜に包まれた。

「マジすか?」

「矢田、話し方をどうにかしろ。せめて『本当ですか』にしろ」

 まったく、小学生でもあるまいし……いや、矢田の精神年齢は、そのくらいかもしれない。

「やっぱり……井中先生が止められたのって、あのことが原因ですか?」

 寺原が訊ていくる。急に止めたのだから、至極当然だろう。

「そうだ……その話も含めて、条件がある」

「なんですか?」

「あのことは、周りには黙っておくこと。それと、二度とああいうことをするな……教師を煽っても、良い事は無いからな」

「は~い」

 矢田が、馬鹿みたいに間延びした口調で言った。井中のような教師が体罰を振るいたくなる理由が、分かった気がする。

「もう既に、他人に言ってたりしてないな?」

「はい……テストだったんで、他の人と話す時間も、ありませんでした」

 いけしゃあしゃあと寺原が言った。皮肉やいやみを聞き慣れている咲良でも、これには苦笑いするしかない。

「煙草を吸うな、酒も飲むな、言いふらすな、いいな?」

 再度、分かりやすく要約して確認すると、二人は「はい」と大仰に頷いた。問題が解決して、さぞスッキリしているのだろう。はっきり言って不安だった。やはり今後も、廃通りと生徒に関係する情報は、集める必要がありそうだ。

「じゃあ、この話は終わりだ。解散」

 言いながら立ち上がり、二人の背中を押して指導室から追い出す。今から咲良は、生徒指導室の鍵をかけて、職員室の鍵置き場に戻しに行かなくてはいけないからだ。

 扉を閉めると、矢田は軽快な足取りで、さっさと教室に戻っていく。不安が募った。

 鍵をかけると、寺原がおずおずと訊いてきた。

「大丈夫でしたか?」

 悪いことをするくせに、人並みに他人を気遣うことは出来るらしい。矢田に誘われたときも、あまりノリ気ではなさそうだったし、元々は、そういうタイプではないのかもしれない。

 いっそ大袈裟に叱っていれば、矢田のような人間から縁が切れたのかもしれないな……などと考えて、自嘲した。なんて偉そうな考えだろうか。

「大丈夫だったよ、そんなに酷い怪我じゃなかったからな」

 あれから数日経ったが、目元の青痣もほとんど消えていた。

「そうですか……良かったです。じゃあ、これで……」

「ああ」

 最後に「すみませんでした」と、お辞儀をして、寺原は立ち去っていった。

 理事長とした話を思い出す。二羽の兎を仕留めた咲良だが、我ながら別に問題が発生していることに、気付いていないわけではなかった。

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