白の世界
𠮷田 樹
白の世界
寒かった。薄暗いコンクリートの一室に申し訳程度に設置されたベッドの上で私は目を覚ました。
薄暗い部屋に一つしかない窓のカーテンは閉まっていた。外の様子をうかがうこともできず、まるで外界から切り離されたかのような感覚だった。
カーテンを開ける。外は曇り空。日の光はなく陰った空は雲の居城と化していた。
カーテンを閉める。外界の重い空気が窓を通って入ってきそうな気がした。私の体の中まで、心の中まで入ってくるような気がした。
ベッドの上で膝を抱える。世界が凍り付いたような感覚の中、私は言葉を探した。でも、秒針の音さえ聞こえてはこなかった。
一人部屋を出た。扉の向こうに広がっていたのは、簡素な白だった。
コンクリートというわけではなさそうだ。木製でも、レンガでもないだろう。いや、それ以前にそこに壁があるのかさえ分からなかった。
途方もなく広い。先が見えない白の世界。振り返ってもそこには何もなかった。今まで自分がどこにいたのかさえも曖昧だった。
前なのか後ろなのかもわからない。上と下がわかるだけましだろうか。
真っ白な世界に私は立ち尽くした。
次第に分からないことは増えていく。私は誰なのだろうか。どうしてここにいるのだろうか。何をしなければならないのだろうか。何をしたいのだろうか。
ふいに頬へ冷たい何かが触れた。見上げると結晶が降り注いでいた。私に触れては解けていくそれは、私という存在を否定しているかのようだった。
空はまた、曇り空になっていた。どんよりとした今朝の空とは少しばかり違うようで、でも、きっと何も違わない空だった。
私の足元には道路が敷かれていた。今が朝なのか昼なのかはわからない。夜ではないと思う。それにしては何の音もしない住宅街だった。見渡してもそこに見知った景色はない。いや、そもそも知っている場所などというものが存在するのかもわからなかった。
行先もなく、あてもなく、私は歩を進めた。道は白く冷たく見えなくなっていく。ただ単調な一色の景色は変わることがなかった。
そんな中ふと一軒の建物に目が留まる。初めて見たはずなのにもかかわらず、気づけばインターホンを押していた。でも、無音。簡素な電子音すら私の耳には届かない。まるで、私という存在がこの世界にとっての異物であるかのようだった。
私はなぜここにいるのだろうか。
私という存在は何なのだろうか。
締め付けられるような心の痛みに耐えかねて、私はゆっくりと瞳を閉じた。
寒かった。薄暗いコンクリートの一室に申し訳程度に設置されたベッドの上で私
は目を覚ました。
白の世界 𠮷田 樹 @fateibuki
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